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1.4 主たる勧告案
 当委員会は、同種海難の再発防止に寄与することを配慮して多くの勧告案を提示している。
 提示案の幾つかは、国際規則の改善の必要性を説くものである。EU(ヨーロッパ連合)規則は、海運当局が、一国の必要性のみで他国を規制する特別な規則を制定することを明白に禁じている。本勧告案は、海運当局に向けての要請文として示されたものであるから、これを読む際には、EUの規制のことを知識として認識しておく必要があろう。
 主たる勧告案は、次のとおりである。
・高速艇に対しての規定の範囲を拡大すべきである。
・船体の全般に及ぶ掻き傷のような損傷が発生した場合、損傷後における生存者のために、より厳格な規則を制定すべきである。
・緊急時用の発電機設備は、喫水線の上方に設けるべきである。
・乗客用耐寒性救命胴衣の導入についての配慮が、必要となっていないか、考慮すべきである。
・人命救助装置の試験手続きを更に改善させるべきである。
自動的に復原する機能を持つ救命筏の導入を要望すべきである。
・損傷状態にある本船から、水につからずに退船することを、十分可能にすべきであり、また、それが荒天時でも可能とするべきである。
・特に高速艇に設置する、レーダーや他の航海計器の機能向上についての要望を提言すべきである。
・最新航海計器の取扱いを容易にする機器配置順列の整理及び操舵室内での集約された状態での配置について積極的行動を求めるものである。
・高速艇に対しては、海図で実施されているような、精密電子機器を備えた航海計器(ECDIS)を早急に導入すべきである。当分の間、当委員会は、高速艇にあっては精密な電子海図ECS)を保有し、その海図上でGPSを用いて誤った針路を正すことが可能な範囲の低速力で航行することを推奨するものである。
・高速艇の乗組員に対しての訓練を実施することの要望は、実に切迫したものである。その訓練にはシミュレーション機器を用いることが望ましい。訓練課程には、操舵室内作業に関する教科が特に重要である。
・高速艇を所有する船社は、安全管理規定の中に、望ましくない海難の発生防止についての対策が示されているか再確認すべきである。操舵室内作業手順を確立することが急務である。また、同手順に従って作業が遂行されているか、定期的な確認作業を実施すべきである。
・当局による検査基準をもっと厳格にすべきである。特に、乗組員が、限定された状況の下で、また、その技量の範囲内での操作が可能であるように、救命筏の機能上の検査についてはもっと厳格にすべきである。
・航海用機器類の基盤整備を強化すべきである。電子海図の発行作業を近い将来に完成させることは、特に重要である。同じく、高速艇に向けた、狭水路での特殊航路標識の設置計画は、迅速に行われるべきである。
・救助ヘリコプターの出動時間が15分以内となるように、規則を導入すべきである。
・次の事項は、当委員会の勧告のうちでも、譲ることのできない限界部分である。
1. 海難発生防止のための事前行動。海難防止の中枢的要素は以下のとおりである。
・最新式の航海計器類を備えること。
・シミュレーターを活用した訓練を含め、航海機器類の取扱いについての高度な訓練を実施すること、そして操舵室における航海手順を適格に遂行すること。とりわけ航海士間の連携が大事である。
2. もしも、乗揚事件あるいは他の海難が、現実に発生してしまった際には、当該船舶は可能な限り、浮力を保持できるようにすべきである。
3. もしも、船体の安全を保つことの可能性が不十分となった場合、または、MSス号と同じような状況に立ち至った場合には、舟艇は、水濡れにならずに退船することができる救命設備を所有すべきである。乗組員は、退船作業や緊急事態に完全に対処できるよう、訓練を受けるべきである。
4. もしも、救命設備が役に立たないとき、あるいは、人員が落水してしまった場合には、十分な浮力と耐寒装置のついた、個人用救命設備を使用すべきである。
 
評価、原因及び責任の推定
11.1 序説
 この章では、当委員会は、高速艇海難に関連して、一般的に重要な意味合いを持つと考えられる、評価の底流にある推定について幾つかの説明を記すこととする。当委員会は、MSス号乗揚事件を評価するに際し、基準となった事実及び当委員会が行った評価作業の中で、その事実がどのような意味合いで採択されたかを特に詳しく記述する。それに次いで、いかにして、異なった過失や欠陥が様々に作用しあった後、原因として結びついた数例について記述する。最後に、当委員会は、責任に対する疑念について取り組む態度を説明する。
 
11.2 評価に対する推定
11.2.1 高速艇の海難に関連する概括的解説
 ノルウェー王国は、高速艇に関しては重要な立場をとる国家の一つである。ノルウェー王国の海岸線は、高速艇を必要とする地形であるし、迅速な海上交通手段としては、高速艇は最も適した乗り物であり、幹線交通路では最も重要な役割を担う舟艇である。
 デット スタビィアンゲルスク ダンプスキブッセルスカブ アンド サンデネァス ダンプスキッブス-アキチエッセルスカッブ社所有のMSビィングトール号は、最初の水中翼船であり1960年7月15日に運航を開始した。双胴船は、1971年に建造された。現在、一般航路では、単胴船が多くを占めているものの、最重要航路にあっては、双胴船が他種船舶を凌いで遥かに多数が就航し、救急船あるいは医師派遣船、通学用船等々で活動している。
 高速艇は、1960年の運航開始以来、相当多数の旅客や、膨大な量の物資を輸送してきた。この間にあって、死者が生じたものを含め海難の発生は、2件だけである。死者二人が生じた1991年11月4日にグレン、ソッグンのミョームナオッセンにおいて発生したシー キャット号の事件と、死者15人が生じた1999年11月26日に発生したMSス号の事件である。本海難では、現在も一人が行方不明となっている。
 重大な海難事件は、将来の同種事件発生防止の観点から、調査が必要である。
 しかしながら、海難事件を生じた反面、この種高速艇は、隔離された海岸地区にあっての情報交換を大いに発展させ、また、良好で、統計上安全な輸送形態を形成し、市民の要望を十分に満たしていることを思い起こす必要がある。そして、人類の全活動の中では不測の事態が、発生するのを経験的に承知していることも、併せて思い起こす必要がある。われわれには、技術的改善や、より高度の訓練、あるいは、安全管理体制の、より積極的な活用によって、このような海難の発生頻度を抑えるための努力をする必要がある。かてて加えて、旅客の輸送に関与する総ての関係者は、人命の安全に対しての自己の責任を深く心に留め、その職務の中でこれを最重要なものと位置づけておく配慮が必要である。
 原因と将来の活動について論議するとき、各関係団体は、何が最も重要な案件かについて様々な見解を持つことになるであろう。高速艇の建造計画を練る者にとって、その最大の関心事は、艇自体の強度的要件であろうし、航海士にとっては、航行訓練であり、運営であり、緊急時の責任ある行動の選択であろう。また、管理分析学者にとっては、全体を通しての安全管理体制についてであろう、その他にも種々あろうと考えられる。いろいろな要素に対しての考察方法、あるいは、その結果としての評価の違いに関心を払うべきであり、その違いは、いつか統一されるべきである。
 これを簡略にまとめると、高速艇は、舟艇の一種であるが、自動車や航空機と同じで、速力、強度、安全性及び価格を基準として評価されるということである。高速艇による旅客輸送は、特別な要求で規制される。そのため軽量、且つ、高速力の運航で傷みやすい船型などの理由があっても、別方式の旅客輸送と比べ、より高い危険度を伴っていることにはならない。これは、経験を基にした発展的提案を考慮する際の背景となるべきものである。
 まとめとして述べると、交通手段の選択は、異なった地域で住民が受けることのできる安全性の水準がどの程度であるか、の問題に帰することとなるのであろう。当委員会は、この総ての問題に回答することはできないが、MSス号海難事件に内蔵されている事実、原因、そして責任については何がしかのことを言明することと、幾つかの勧告案を提示することとに、極力努めるつもりである。
 
11.2.2 MSス号に関連する事項
 MSス号には、航海資料記録器が設備されていなかった。現在、同記録器の設置は強制されていない。最近、運輸当局は、高速艇に関しては航海資料記録器を取りつけるべきであると提案している。
 電子海図装置、GPS、音響測深儀、あるいは、自動航行警報受信記録器からの資料は、海難発生前の実際の針路を確認するのに役立たなかった。
 本高速艇は、主船体部に、主として三種類からなる大損傷を生じていた。即ち、ストアー ブロックセン礁への直接激突により、跳ね上がってから同礁へ乗り揚がった際のたわみによるもの、船体が沈没して海底に着底した際の衝撃によるもの、そして、2000年3月の不成功に終った船体引揚げ作業中、ストルト ロックウォーターにかく座させた際に生じたものである。姉妹艇MSドロゥプナー号が遭難した際の船体損傷模様の調査では、乗り揚げたと確認できる技術的な発見がなかった。
 その際の結論の一部として、乗揚原因を評価するための基本、あるいは、本件海難と原因の本質が近い別の海難原因を評価するための基本を構成する事実は、本件海難の技術的な要因よりも意味合いが広く、且つ、複雑な一連の情報源:即ち、乗組員、特に、航海士達に対する検察官の調書によって補足された89件に及ぶ旅客と乗組員からの事実顛末報告書、船会社と海運当局が参加した公開討論会、そして、MSス号問題を処理した企業、団体から寄せられた情報:から引き出さなければならない、と言うことができる。また、当委員会は、多くの分野からの特殊な技術熟練者に参加してもらう必要性を感じたのである。この報告書の内容を確実なものとするための要素の一つとして、事実の経過についての原案を事件に関わった人達に提示したが、これには、当委員会の評価部分は添付されていない。
 当委員会は、最も可能性の大きい海難発生事実と、その原因となる要素とを見つけ出すために、個人情報に関係する部分は別の項で分析し、後に、集積することした。事実と原因となる要素全般とを評価するために、関連する総ての事実に眼を通す必要があることを念頭に置かなければならない。そうでないと、うわべの評価となり、それは推論の域に留まるものとなってしまうであろう。
 
11.3 原因となる要因
 過失と欠陥は、本件海難の重要なものであったか、重要なものであった可能性がある。と同じように、過失と欠陥は、事件の発生過程には、多分、何らの重要な意味合いを持たなかったであろう。しかし、それは、別の状況に置かれた場合には重大な悪影響を及ぼしたに違いない。本報告書を活用する際には、読者は、その違いを読み取ることが大事である。
 今航海について、本委員会は、本件海難の引金となった直接の原因は、航海士が間違った針路を取って航海をしたことであって、第三者から見て他に説明できる原因を探ることは不可能である、と結論した。この結論は、MSス号の建造計画、設備、乗組員、建造管理、及び証書に関連した、認定できる事実の分析に基づいている。そして、前示事実顛末報告書、手に入れることができた身体検査関係書類、灯台の間違った導灯表示や灯火源の情報、天候、風向風力、海上の状況、更には、水路通報の内容と実際の航海とを比較した結果による要望からこの先表明される、航海に関する情報等を基本においている。
 人命救助体制や装備に対して、当委員会は、本艇が、海難発生当夜の荒天模様の中で納得のゆく行動を取る能力があったことを評価している。
 ある部分の装備や海運当局による証書類の発行及び運航許可、または、規則の解釈等々についての重箱の隅をつつくような当委員会の批判は、本件乗揚事件の原因と緊密ないし直接の関連はない。考えようで、もしも、証書類の発行がなかったとしたら、当時、本艇はスレッタ港には行っていなかったであろう。しかし、このことは、本件の原因から離れ過ぎたところの考え方である。
 当委員会は、速力制限に対応する船会社の貧弱な監視体制を批判する特別な理由を見つけ出しているけれども、船会社の統制力もまた、規則から遠いものである。また、MSス号が、あの波浪が高い状況の中で、あの時刻に、あの海域に立ち入っているべきでなかったし、どんな状況の中であっても、あの高速力で航行すべきでなかったとするのは、主たる原因としては、航行上の誤りとする原因からかなり離れたものである。一方、装置や乗組員の訓練及び演習についての規定された要求に合致する実務への統制、あるいは、操舵室内での情報交換や共同作業の実施についての準備、及び、その実施についての船会社の失敗は、−−航海士達の実務知識や実務能力の水準は、基本的には彼等自身の責任範囲に帰することだが−−航海士たちの適正な運航行為に影響をもたらせたと考えられる。
 本件海難に関し、本委員会は、全くの新事実について再調査し、また、中継緊急時用発電機が間違えた個所に設置されていた結果について、論評している。これは、海難発生後における情報交換、指導力の形成、退船の試み等の基本的条件に影響を与えた。しかし、このことは、指導力と達成できなかった退船の試みとに対して絶対的な理由となっていないし、もしも、救命筏を着水させようとする試みが、直ぐに実行されていたら、救助活動に対し、効果を及ぼしたであろうことは、否定できないことである。救命筏を着水させようとする試みの遅れは、航海士達の筏の効果への懐疑的な見方とか、また、筏を活用する訓練ができていなかったこととかに関連しているに違いない。そればかりでなく、救命筏の設置場所や配列が違っていたら筏に対する、より積極的な活用が可能であったとする事実を無視することはできないであろう。救命筏の離脱装置の欠落は、離脱行動に影響があったし、翻って、救助活動に影響があったと考えられる。救命胴衣は、満足の行くものではなかった。それが、救助活動の結果に影響を及ぼしたことを否定するわけにはいかない。死傷者の発生は、海難事件の成り行きと関連するので、判断が難しいが、状況の見とおしの悪さ、また、情報及び船内管理の欠落についての乗組員への批判は、あってしかるべきものである。
 この欠落は、法令あるいは規則に照らすと、何らの誤りや、欠点があるというものではないが、損傷発生後、救命筏による生存の可能性が制約されたことは、損傷の成り行きの中で、損傷の度合いが進展するための決定的な要因であったのは、明かである。
 
11.4 責任
 海上輸送においての重大事件は、−−陸上輸送や航空輸送でも同じであるが−−それに遭遇した人達にとっては、悲劇である。そして、そこでは、犯罪性を問われることもあるし、一般人の責任を問われることもある。
 海事法の下で形成された調査委員会に関する規則の第11節には、委員会は、可能な際には何時でも、事件周囲の実状況、事件の原因、また、事件の責任の各分野についての詳細総てを入手するよう努めなければならないとある。これに従って、実状況を評価すれば、海難事件発生に関わった個人や会社、あるいは、別の関係団体などについての犯罪責任に関わる問題に当面することとなるが、この全詳細を元に評価を下すのは、委員会の権限の一つでもある。しかしながら、規則や、錯誤、怠慢等々に対する評価についての意見とか、誰が責任を負うべきかとかの判断は、正当な公的機関や民間機関によってもたらされるべきであろう。責任についての最終判断は、裁判所で行われなければならない。
 当委員会は、その権限を、個人、会社、あるいは、別の関係団体、また、事件に関連した他のことに対し、それぞれ責任を問うことになるかも知れない実行為には、的確な評価を含ませていなければならないとの意味があるもの、と説明した。
 それにも関わらず、ここでは、刑法違反や、処罰の対象となる別の規則違反に関しての見解を示す意図はないものの、ある種の関連から、当委員会は、個人や会社、または、公共団体の行動に、明白な特色を与える理由を見つけたのである。







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