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3 「海難事故調査報告書(米国沿岸警備隊(USCG))」の解析
(ばら積み貨物船ブライト フィールド号岸壁衝突事件)
 当該事件は、USCGとNTSBの双方が海難調査を行ったという非常に興味ある例であり、USCGおいて「海難調査手続」(海難調査マニュアル)に基づきどのような調査が進められているか及び事実認定から勧告がどのように結びついているのかを検証した。
 
(用語説明) 【結論、勧告等は、別冊資料「海外調査報告書」を参照
USCG(沿岸警備隊)報告書の結論を「C.番号」、勧告「R.番号」と記載
NTSB(国家運輸安全委員会)報告書の調査結果を「F.番号」、勧告「Re.番号」と記載
 
1 事故の概要
 本件は、1996年12月14日リベリア船籍のバルクキャリアBright Fieldが、56,397トンのCornを積載し、喫水船首11.96メートル、船尾12.06メートルでもって、ルイジアナ州ニューオリンズ港内のミシシッピ川を下航中、主機関の潤滑油圧力を喪失したため、主機関が自動的にTripし、推進力(Power)を喪失して蛇効速力(Steerageway)を回復できなかったことから、同河左岸に広がる市街地の岸壁に衝突し、自船の左舷船首部を大破するとともに、当該岸壁及び付近のマンションと車庫、ホテルの客室、商店等に損害を与え、また、当時係岸していたカジノ船(Casino River Boat)と外輪遊覧船(Paddlewheel River Excursion Boat)にSurge Waveによる軽損を与え、両船乗組員や船客等に4人の重傷者、58人の軽傷者を惹起した事故である。
 本船は、長さ216メートル、総トン数36,120トン、載貨重量トン68,676トンで、1988年9月に佐世保重工で建造されている。また、主機関は、9,800馬力のディゼルエンジンで、船主は香港のClearsky Shipping Co.Ltd.、運航者は香港のCOSCO(HK)Shipping Co.Ltd.、船級はNV(ノルウェー)、乗組員28人は全員中国人で、船長、機関長とも中国とリベリア発給の免状を所有している。
 ところで、本船は、本件発生前の1996年9月12日インドネシアのBanjarmasinで石炭を積載し、ルイジアナ州のDavantへ向かったが、発航後ほどなくして主機関にトラブルが発生したためシンガポールに臨時寄港し、修理に3日を要したのち航海を続けたところ、その後もしばしば主機関のトラブルに見舞われている。
 更に、Davantで石炭を揚荷し、ルイジアナ州のReserveでCornを積荷後も、主機関のTurbochargerやAir Coolerの修理のため、Reserve近郊で2日間錨泊している。
 ただし、Reserve近郊発航時の主機関補助ポンプ、主機関潤滑油ポンプ、海水冷却ポンプ、清水冷却ポンプ等の機関テストは問題なかったとされているが、2号主機関潤滑油ポンプは、Manual Modeのままとされ、主機関の潤滑油圧力が低下したとき自動的に発動するようにはされていなかった。
 そのうえ、揚錨時にBridge Controlによる主機関の発動が2度にわたってできなかったため、主機関はEngine Room Controlとされて発航し、衝突2時間前には回転数毎分72回転のNavigation Full Ahead(Sea Speed)として、約16Knotsの対地速力(Ground Speed、なお、そのうちCurrentは約4Knots)で航行していたところ、事故の4分前(1406時)、Crescent City Connectin Bridgesの下を進行中、突然Automated Propulsion Control Systemが主機関潤滑油圧力の低下と主機関のTripを示し、同機関の回転数が30回転にまで低下して推進力を喪失した。
 USCGは、本件について海事調査委員会(Marine Board of Investigation)を開催して調査し、本件発生の直接原因(Proximate Cause)を主機関の潤滑油圧力の喪失による主機関のTrip、それに基く推進力と舵効速力の喪失とし、根本原因(Root Canse)を機械装置の状況、作動及び保守に関する非効果的な管理と監督等を指摘している。
 
2 海難調査の特徴
(1)USCGは海事調査委員会(Marine Board of Investigation)を開催。(実績では年1回程度しか開催されていない。)
(2)事件発生後の検査:
・薬害及び飲酒検査
・ブライドフィールド号の装備品検査(主機、潤滑油ポンプ・濾過器、警報機、潤滑油油溜まり油量測定等)
・警報装置の警報順番についての調査
・主機潤滑油試料の検査
・自動装置の性能調査並びに作動検査
・衝突水域の測深及び川底面の状況調査
(3)調査期間約11ヶ月を要して海難事故調査報告書が作成されている。
 
3 海難事故調査報告書
 海難事故調査報告書は、「1.概要」、「2.負傷の記録」、「3.損害の記録」、「4.事件の経過」、「5.事件後の改善策」、「6.結論」、「7.勧告」に構成され、本文65頁、付録34頁の合計99頁となっている。
 
「結論」の要約
(1)直接原因(Proximate cause):主機関に対する主軸受の潤滑油の油圧が下がり、その結果、主機関がトリップし、推進力と舵効が失われたこと。
(2)寄与原因(Contributing cause):
・潤滑油に大量の微粒子が含まれ、気泡が混入したために潤滑油ポンプが圧力を維持できなくなったこと。
・2台の主機潤滑油ポンプのうち、第2潤滑油ポンプが待機モードになっていなかったこと。
・潤滑油ポンプの油圧センサーの調整が不適切で監視警報システムが機関室の機関士に警告できなかったこと。
・乗組員は、機関装置の保守が不十分で、以前から不適切な潤滑油を使用していたこと。
・主機関サンプに潤滑油が少なくなっていたこと。
・運航者とノルウェー船級協会が、自動制御システムを正常に機能するような保守と検査を行わなかったこと。
・主機第2潤滑油フィルターの油圧差警報器が適切に作動しなかったこと。
 
(3)その他の主な結論
・警報チャンネルのプログラミングが適切でなかったことが事故の寄与要因となったという証拠はないが、不適切なプログラミングが寄与要因の可能性もある。
(乗組員等の関係)
・水先人と船舶乗組員の連絡はうまくいっており、一次言語が英語でなかったことがこの事故の寄与要因とはなっていない。
・機関長に過失があった証拠がある。(主機関サンプの潤滑油が十分でなく、圧力低下の場合に自動に作動するよう、主機第2潤滑油ポンプの調整を怠ったこと。)
・機関長、機関士数名は宣誓した上で虚偽の陳述をした証拠がある。(主機第2潤滑油ポンプが手動モードであったにもかかわらず、待機モードであったと陳述したこと。)
・前機関長は、保守が不十分で主機サンプに十分な量の潤滑油を補給していなかったことを示す証拠がある。
・連続した汽笛信号を吹鳴したため、船橋と船首部で錨操作のために待機していた者との携帯無線機による効果的な通信ができなくなった。
(海難調査に携わった職員)
・USCGとNTSBの検査前に船橋の警報パネルが修理されており、重要な証拠保全のための行動がとられなかったことが判明した。
(各組織等)
・海上人命安全条約(SOLAS)、連邦規則集、ノルウェー船級協会の規則、ニューオーリンズ海事安全事務所、沿岸警備隊、衝突付近の第三船に関する問題点
 
「勧告」の要約
(1)勧告の特徴
・「現行の規制等が不十分」として、国内法から国際条約まで多岐に及んで勧告している。また、法律の定める措置の中で、ポート・ステート・コントロール(PSC)の対象となるものについては、PSCにおける検査を勧告している。
・ノルウェー船級協会への勧告から、さらに他の船級協会へ同様の改正を勧告している。
・リベリア共和国に対して、機関長、機関士、前機関長の免許停止又は取消のための調査を勧告している。
・ニューオーリンズ港における海上交通サービス(VTS)の設置を勧告している。
・「技術やシステムが存在しない」ものについて、その効果があると考えられるものについては「開発すべき」又はその効果が不明なものについては「リスク評価を実施すべき」と勧告している。
・慣習的に行われている有効な防止策が実施されている場合は、良い方策として他へ普及させるべき勧告をしている。
例:MO船における河川航行中の機関室の機関士配置、船首見張り員・錨操作員の配置、VHF67chによる陸上との連絡
・勧告に対するUSCG長官の対応として「この勧告の意図に賛同する・しない」等を記載している。
 
(2)勧告した相手方
・国際海事機関(IMO)に対する海上人命安全条約(SOLAS)の改正 ・・・3事項
・USCGに対する連邦規則集の改正 ・・・6事項
・USCGに対するその他の改善事項 ・・・3事項
・リベリア共和国に対し、機関長、機関士、前機関長の免許停止及び取消に関する調査 ・・・2事項
・ノルウェー船級協会に対する規則の改正 ・・・3事項
・運航者(中国遠洋運輸総公司)に対し、主機関のオートメーションシステムのオーバーライド機能に使用するための標準業務手順書の公表 ・・・1事項
・MO船舶の船主と運航者に対し、標準操作手順の確立と機関室に適切な人員配置 ・・・2事項
・すべての船主と運航者 ・・・2事項
・各港長 ・・・1事項
・全米水先人協会 ・・・1事項
・ミシシッピ川の各水先人協会 ・・・1事項
・ニューオーリンズ海事安全事務所 ・・・3事項
・ニューオーリンズ港湾委員会 ・・・2事項
・陸軍工兵隊 ・・・1事項
・舶用工業界 ・・・1事項
合計32事項
 
4 NTSBの海難事故調査報告書との比較(結論及び勧告部分)
(1)「衝突回避の措置」が妥当であったか?
USCG: 主軸受に対する潤滑油の油圧低下により主機がトリップするに至った状況ゆえ、船長も機関長もこれを回避して推進力を保つための措置を講じることはできなかった。(C.2)
 水先人と船長の行動は、当時の状況から見て妥当であった。(C.16)
NTSB: ブライト・フィールド号の水先人と乗組員が取った措置が、衝突の回避又はその影響の軽減に役立ったかどうかを判断するには十分な情報がない。(F.4)
(2)「水先人は主機の操縦権が機関制御室にあることを知らされず。」ことの影響は?
USCG: 水先人と乗組員の連絡はうまくいっていた。(C.14)
NTSB: 水先人、船長、乗組員は違う状況であれば事故を回避できたか、その影響を軽減できたであろう情報交換を行っていなかった。(F.5)
→ブリッジ・リソース・マネジメント(BRM)訓練を行うよう船主に勧告(Re.18)
(3)「1407 主機回転数の減少について、船長は水先人の質問に答えないまま、二等航海士に中国語で機関室への電話を指示した。」、「船長は、船舶が直面していた緊急事態について機関長に連絡しなかった。」ことの影響は?
USCG: 水先人と乗組員の連絡はうまくいっており、乗組員の一次言語が英語でないことが事故の寄与原因となっていない。(C.14)
NTSB: ブリッジ・リソース・マネジメント(BRM)の指針に従っていれば、事故の最中にあって、水先人、船長、乗組員の間の情報交換がうまくいき、連携した行動がとれたはずである。(F.6)→BRM訓練を行うよう船主に勧告(Re.18)
(4)「係留中の旅客船における避難設備」は妥当であったか?
USCG: クィーン・オブ・ニューオーリンズ号の係留時の緊急避難手順では、上陸のための唯一の舷門に到達するためには、全員が「02甲板」まで階段を上がる必要がある。(C.54)
→係留旅客船のリスク評価の実施を勧告(R.23)
NTSB: クィーン・オブ・ニューオーリンズ号では緊急時に乗客を船外に出すことができる舷門が一つしかなかったため、避難活動は阻害され、乗客のリスクが高くなった。(F.8)
 クィーン・オブ・ニューオーリンズ号の掲示や標識は、緊急時の指示や船舶に関する情報を乗客に伝える効果がなかった。(F.11)
→船主に対し、照明が減少した非常事態でもはっきり読むことができる、耐熱・耐火性の素材に印刷した緊急時の注意事項をすべての船舶に掲示することを勧告(Re.21)
(5)「係留中の旅客船における避難誘導」は妥当であったか?
USCG: クィーン・オブ・ニューオーリンズ号とクレオル・クイーン号の船長がとった行動は冷静であり、乗客と乗組員を上陸させるという決断によって、潜在的な人命の損傷や障害を最小限度に止めることができた。(C.61)
NTSB: クィーン・オブ・ニューオーリンズ号とクレオル・クイーン号の非操船部門の乗組員は、非常事態のあらゆる状況を網羅した訓練を受けておらず、当該事故の際に自らの責任を適切に遂行する準備ができていなかった。(F.9)
 乗客が避難する際、クィーン・オブ・ニューオーリンズ号の乗組員が緊急事態及び避難の方法について説明をしなかったことが報告されており、混乱とパニックの一因となった可能性がある。(F.10)
→船主に対し、非操船部門の乗組員に非常事態や防災のための訓練を勧告(Re.19)
→船主に対し、乗客に対する安全情報の提供方法の再検討を勧告(Re.20)
(6)「係留旅客船、岸壁施設等の衝突防止」についての見解
USCG: ニューオーリンズ港湾委員会又はクィーン・オブ・ニューオーリンズ号の船主は、同号を深喫水船から衝突されにくい場所に移動することを考慮することを勧告(R.29)
 ニューオーリンズ港湾委員会及び陸軍工兵隊は、深喫水船による衝突の防護策として、係留客船の付近水深を容認できる最小の水準まで下げることの有効性を評価すべきことを勧告(R.30)
NTSB: 上記USCGと同趣旨の勧告(Re.1)
 USCG、陸軍技術部隊、ルイジアナ州政府等ヘニューオーリンズ港内の人と財産の安全を確保するための総合リスク評価の実施を勧告(Re.2〜8)
 ニューオーリンズ港湾員会は、埠頭に沿った新しい商業区域や住宅の許可に当たっては、十分な緩衝地帯の背後であることを義務付けるよう勧告(Re.9)
 国際河川センターは、埠頭の幅を最低50フィート広くし、人命の安全を直ちに向上させること(Re.13)
 
5 海難に至るまでの流れ(事象及び状態図)
 本件における11月25日の47次航開始から12月14日衝突までの経過をブリッジと機関室に分けて時系列に整理し、USCGの海難調査報告書の結論(Conclusion)及び勧告(Recommendation)の関連事項を番号で表している。
 「図1 1/10〜10/10」のとおり。
 
6 生産活動モデルによる分析
「図2 事故又はインシデントの進展の段階」参照
「図3 生産活動モデルによる分析」のとおり。







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