6.2 講演 「海難調査に新しい概念を!!」
講演者 冨久尾 義孝委員 (株)日本海洋科学代表取締役社長
講演目次 海事社会の現状
日本商船隊の構成の変化
船舶管理会社の業務内容
海外の主要船舶管理会社
ISM(国際安全管理規則)コードの導入
ISMコードの特色
SMS(Safety Management System)の内容
船社における安全管理の具体例
VLCC D号座礁事故の概要
BRM(Bridge Resource Management)の実施
BRM訓練とは
BRMの概念
BRMスキル
BRMチェックリスト例
Star Center
海事社会の最近の動向
海難調査におけるSimulatorの利用例
海難調査における新しい概念
(1)主な講演の内容
・海難調査に対する考え方は、基本的には昭和22年施行の海難審判法に基づいている。しかしながら、激変する時代の流れに合わなくなっている。
新しい概念の話を理解するためには、まず現状に対する共通認識が必要である。
・海事社会の現状について、1985年のプラザ合意あたりから日本船員が激減し、代って外国船員が激増している。
・為替レートの変動に伴って、船の運賃が30年前の10分の1に低下している。運賃の極端な低下は、海運界に大きな影響を与えている。
・外航の日本籍船は、ここ20年ぐらいは2,000隻のレベルを維持している。その中で日本の港の籍を持っている船は、過去1,000籍程度であったものが、今では100隻強となっている。
・外国船員と日本人船員のコストの比較は、換算レートによって変わってはくるが、その比は1対14である。
日本人船員がいくら頑張っても、外国人船員の増加に基本的に対応できない状況となっている。
・外航船の日本人船員は、かつて5万人近かったものが、今では4,000人を切っている。
・年齢構成の中心は40才の上のほうである。中心の年齢層がなくなると日本人の外航船員は1,500人というレベルになる。
・船会社の機能も非常に変わってきている。
・船会社が「海務・工務」と称してやっていたようなことを、今ではほとんど船舶管理会社でやっているのが現状である。
いわゆるシップ・マネジメントと呼ばれる会社である。
・日本人船員の数は3,000人とか4,000人のオーダーになったが、船の方は未だ2,000隻を扱っており、今現在、日本だけで約5万人の外国人船員を使っている。
・ISMコードの導入の目的は、国際航海における、管理不十分な船舶が海難事故を多数起こしているとの認識から、船舶管理の国際基準を制定することによって事故防止を図ることである。
・ISMコードの特色は、安全管理の責任主体を個々の船舶ではなく、会社(カンパニー)に義務付けたことである。会社とは、船舶所有者または船舶管理者等の陸上組織を指す。
会社に対しては「安全管理システムSMS」の構築を義務付けた。
・ISMコードは、海運界の変化の中で乗組員の多国籍化により意思の疎通を欠くような事態が発生、その結果重大な海難事故が頻発したため、それを防ぐ手段として導入された国際ルールである。
・船というのは、これまで船長以下が一致団結してシーマンシップを発揮していれば事故は防げるのだと思っていた社会に対して、混乗船にはそれが通じないという事実をつきつけた。
言い方を換えると、船舶管理のやり方を根本的に変えなければいけないということを世界に知らしめた。
1998年から順次適用で、2002年7月1日からは漁船と官公庁船をのぞく500トン以上の船には強制適用になった。
・会社(カンパニー)は、株式会社とかいう会社のイメージそのままではなくて、陸上の組織の意味である。船舶の安全管理は船長やボースンといった個人ではなく、船舶管理をやっている陸上組織できちんとやりなさいと明確に位置づけたのがこのISMコードの大きな特徴である。
・SMS(Safety Management System)とは、安全を担保するシステムのことである。
その内容とは、安全及び環境保護の明確化、会社の責任及び権限の明確化、船舶の責任及び権限の明確化、船舶及び設備の保守手順の確立、船舶における緊急事態への対応、不具合の報告及び是正措置手順の確立、船舶運航に関する文書管理手順の確立、内部監査を含むシステムの検証、見直し及び評価手順の確立が考えられる。
・船社における安全管理の具体例として、会社によるSMSマニュアル(安全管理マニュアル)の作成、各船への配布と内容教育の実施、検船などによる実施状態のチェック、会社による内容の見直し等が考えられる。
・SMSコードの適用は1998年で、適用の1年前に有名なダイアモンドグレース号事件が起きた。晴天、視界良好な状況下、原油25万トンを積んでいた船が1,400トンの油を東京湾に流したという有名な事故で、海難審判でも取り上げられた。
・この事故を契機にして、BRM訓練が日本で急速に取り入れられるようになった。BRMはブリッジチームとかブリッジリソースとか言われるが、コックピットリソース・マネジメントの船版と考えていただきたい。日本が取り入れる前に、外国ではすでに実施されているが、D号事件以降、急速に日本で増えた。
・ブリッジにある船長や航海士、それに航海情報、さらには海象条件などを航海を安全に成就するためのリソース(資源)ととらえて、その資源をいかにうまくマネージするかが、ブリッジリソース・マネジメントの基本的な考え方である。
・シミュレーター訓練をチームで行い、うまくチームワークを取っていこうという訓練であり、1人1人の持っている問題意識を共有することによって、より大きな相乗効果を出そうという考え方である。
・BRMチェックリストの一例として、今現在、日本では推定で年間1,000人/日ぐらいはBRM訓練を受けているのではないかと思う。最近では、内航船主からもBRM訓練をやって欲しいという要望が出ている。それから荷主によってはこういう訓練をやらないと荷物を出さないといったことも、最近では言うようになってきた。だからだんだん増えてくると思われる。
・ノルウェーの海事社会も日本と同じように、種々問題を抱えている。その中で、船会社を中心にして造船や大学などの研究機関が一緒になって、海事社会全体で力を出し合ってもり立てていく、クラスター運動というものをやっている。
・クラスター運動の結果、ノルウェーでは一度減った船乗りの数がだいぶ増えた。ノルウェーの人口は日本の30分の1で、430万人であるが、約7万人の船員を持ち、うち2万人がノルウェー船員である。
・クラスター運動が中心になって、いろいろな意味で雇用をつくっている。
途上国の人とのコスト差は日本と同じように当然ノルウェーも持っているが、クラスター運動はそれを十分にカバーしている。
・「海難調査における新しい概念」の第一は、個人懲罰主義からの脱却である。海難審判制度の中心は、今でも個人の懲罰主義であるが、世の中の流れはISMの考え方のように組織の責任を追及する方向に次第に変わってきている。
勧告制度を今のレベルではなくて、大きく変える必要がある。
社会制度の変更のためには、もっと社会に提言をし、それをいい意味でマスコミに出すことによって世の中を動かしていくという考え方も必要になってくる。
・第二は、現場を中心に考える現場主義から安全面においても経営トップの責任を追及する姿勢への転換である。
事故の防止にはブリッジリソース・マネジメント等の現場訓練が有効であるが、それだけでは十分でない。現場だけの判断ではなくて、やはり経営の問題が必ず裏にある。
現場主義から脱却し、安全をより確たるものにするにはどうしても陸の経営陣の責任に言及しなければならない。そのためには勧告制度の強化が、どんな形にするかはまだ研究しなければいけないとは思うが、必ず必要になってこよう。
・第三は、海難調査の国際化。海難調査に国際的な統一基準を持つ方向で考えるべき。可能ならば国際海難審判制度の設立について努力すべき。
なお、海難調査は基本的に旗国主義で行われているが、できるだけ発生国主義、即ち、事故を起した海域を管理する国の下で行うように徹底する必要がある。
・第四は、事故予知による海難防止。世の流れはSMSやBRMの考え方にあるように、前もって危険を予知し、それをトレーニングによって予防していこうという予知・予防の方向へ向っている。当調査研究委員会の考え方も同じであり、当調査研究委員会は、この考え方の延長線上にヒューマンファクターの概念を導入しようとしている。
こうした考え方の中の一つに、シミュレータ利用による危険予知がある。
シミュレータは万能ではないが、危険が起こる可能性を予知するためのツールとしては、有効である。
今後、分析を含めて、危険予知にシミュレータを使う考え方も必要になる。
・第五は、事故分析の近代化。海難調査の分析手法をもう少し近代化する必要がある。現在の海難調査は、法的な問題に偏りがちである。そのため、どうしても法律上の判断が中心になっているが、今後はもっと技術論を展開する必要がある。
・今後は、大規模実態調査のような、事故の背景に焦点をあてる調査手法も必要になろう。大規模な通行実態調査を実施してみる等の手法である。
・第六は、審判対象の拡大である。外国籍船をもっと扱うようにする、海上での航空機事故については審判の対象にする等について考えるべきである。
更に、環境問題、シップセキュリティやポートセキュリティがある。これらは事故と違うし、管轄部署も違うのかもしれないが、仮にこれに係わるような問題が起こったときには審判の対象にできるのかどうか、一度検討してみる必要がある。
・第七は、法律論から実務論への転換である。審判庁には船の知識を十分に持ち、実務経験者が多数いるのであるから、軸足を法律論から実務論とか技術論に移していくのも1つの考え方であろう。
・第八は、海難調査を通した社会矛盾の是正である。これまでの海難調査の基本的な考え方は、1個1個の海難を押さえることによって国民の生命や財産を守ろうとするものであり、それはそれで非常に重要かつ公共性のあることである。
一方、この30年間の海事社会の変化の中で、制度や仕組みがなかなか変らず、大きな社会矛盾を起こしている部分がかなりある。今後は、そうした社会矛盾を是正することによって、海事社会全体をよりいい方向にもっていくという概念も必要である。
今後の審判庁に望みたいことは、事故の背景に目を向け、それを生んだ社会矛盾を追求するという考え方を持っていただきたい。
審判庁は、この分野において我が国を引っ張っていく義務がある。そうした役目を実行するには、事故の原因追究を通じて、社会を変えていこうとする姿勢、即ち、必要なら制度や組織もどんどん変えていこうとするような気構えが必要になってこよう。
(2)講演に対する質疑応答、意見
◎マクロ的な視点から、海上の安全をどうするかという制度的な問題を含めて、新しいスキルを考えなければいけないという、ある意味ではハイレベルな話だったと思う。
◎裁決における要望あるいは勧告をどのように取り扱っていくかとか、あるいは予防に対して、審判庁あるいはそれに関わっている方々はどういう考え方を持って今後、臨まなければならないかといったような問題について、示唆のある話である。
◎「勧告制度の飛躍的強化」とあったが、例えば1年以内とか時間軸で考えているかと思う。その時間と質についての考えはどうか。
○それほどきちんとした時間軸の概念を持っているわけではない。しかし現状の審判制度の中で一番ちゃんとした形で世の中を動かしていけるのはやはり勧告制度しかない。審判庁という組織を継続していくには、1年が妥当なのか2年が妥当なのかは分からないが、できるだけ早い機会にこの勧告制度を強化する必要がある。
また、言いっ放しでは全く意味がない。勧告制度の強化については、具体的にある制度を動かしていけるぐらいのものにする必要がある。
○アメリカの場合は、勧告後、それが実行されているかどうかのチェックまで行われる。詰めていけば、現行制度の中でもかなりのことはできるのではないか。
要は、問題をそこまで踏み込んで詰めようとする決意や意欲が一番大切である。
○組織の存在意義というか、この世の中の変遷の中で審判庁がいかに組織的対応をするかという意見と思う。なかなか難しい問題を含んでいるとは思うが、同じところに止まっているわけにはいかないのが今の社会情勢である。
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