第3回 ヒューマンファクター調査研究委員会
(議事概要)
1. 日時 平成15年8月26日(火) 午後2時から同4時
2. 場所 高等海難審判庁 審判業務室
3. 出席者 堀野委員、小林委員、増田委員、吉田委員、今村委員、石橋委員を除く各委員
4. 議題
(1)アメリカ合衆国沿岸警備隊(USCG)における「海難調査手続」(和訳)の紹介
(2)USCG調査報告書「ばら積み貨物船のBright Field号岸壁衝突事件」におけるヒューマンファクター概念についての検討
(3)その他
5. 配布資料
(1)座席表
(2)USCGにおける「海難調査手続」(和訳)
(3)USCG調査報告書「ばら積み貨物船のBright Field号岸壁衝突事故」(原文及び和訳)
(4)USCG調査報告書「ばら積み貨物船のBright Field号岸壁衝突事故」(和訳)抜粋
(5)ばら積み貨物船のBright Field号岸壁衝突事故関係
5-1 USCGにおける海難調査の特徴
5-2 海難に至る流れ(事象及び状態図)
5-3 事故またはインシデントの進展の段階
5-4 生産活動モデルによる分析
6. 議事概要
(1)事務局から委員の交替について報告があり、池田委員と交替した鈴木章文委員を紹介した。
(2)アメリカ合衆国沿岸警備隊(USCG)における「海難調査手続」(和訳)の紹介
小西理事長より資料に基づき、アメリカ合衆国沿岸警備隊(USCG)における『海難調査手続』について説明が行われた。
これに対して、次の質疑応答、意見等があった。
◎「安全勧告」の中で警告はどこに位置づけられるのか。「安全勧告・警告の発行」として、警告はどの段階で、誰が誰に対してやるのか。勧告が守られないときに警告を出すということなのか。
◎USCGでは、ヒューマンについて海事調査官にかなり裁量権を与えている。今後、日本の場合どうするかという点で興味がある。ヒューマンエラーに関しては、日本とだいぶ違うのか。日本と手法が最も違うのはどのあたりか。
○最も違うのは、システム的なことであろう。日本の場合は原因探究のための調査と、懲戒のための調査を一緒にやっている。USCGの組織としては、原因調査と懲戒調査に分かれている。最終的には調査官の調査も資料として懲戒の調査の方にいく可能性が多分にあり、厳密な意味で完全に分離していると言えるのかどうかという気がする。表面的にはジャッジのほうにいくのは懲戒のための調査となっている。懲戒のための調査は海難当事者の責任を問うものであり、原因探究のための調査はヒューマンファクターを調査するものである。このあたりが非常に違っている。
原因探究と懲戒調査を別ルートで行うということを除けば、海難審判庁の調査も事件によっては懲戒のほかにそれなりの深い広い原因調査をしており、それほど違いはないのではないかという気がする。一般的な事件では非常に簡略な調査になるのは、洋の東西を問わず一緒ではないのかと思われる。
◎もしアメリカの手法をそのまま日本に持ってきたとすると、法的な制限も含めて、どのようなところがいちばん問題になるのか。
○機構的な問題ではないのかと思われる。海難審判には懲戒がついているが、それが一概に悪いとは言えない。懲戒されるほうにとってみたら、十分な調査をしてほしいというのは誰しも思う。したがって慎重に調査を行い、その上で懲戒をするということになる。何でもすべてを簡単にやられるのでは、やられるほうはたまったものではないだろう。
◎日本の場合、行政調査権がないというのがかなり大きなネックになっていると理解してよいか。
○それは逆である。懲戒権を原因調査権と離したらどうかという話は昔からある。そうしたほうが、海難関係者は嘘を言わないで本当のことを言うのではないかというのが、今のIMOにおける議論の中心になっているのではないかと思われる。しかしながら、各国がそれぞれやってきたシステムはそう簡単には変えられないであろうし、国民性もあるので、そう簡単にはいかないだろうと思われる。懲戒権を外せば嘘を言わないという保証はない。強制調査権は当事者が身構える可能性があるが、世界は逆の方向に向いているのではないかという気がする。ただし、少なくとも懲戒権は外すということは考えられる。特にIMOコードが条約化された場合には、懲戒権は外されることになる。そうなると、原因調査のほうももっと進むとも考えられるが、海の場合、そのあたりについては、まだ何ともいえないのではないのかと思われる。
○日本の場合は、あくまで証拠に基づいた勧告である。これは法律上そうなっており、証拠がない限りは何もいえない。アメリカの場合は、蓋然性の問題になっている。ある事故を起こしたA社の系列の会社に対してまで勧告する例がある。系列の会社は、本来的には事故と全然関係ないというのが普通だろうと思うが、アメリカの場合はそこまでやっている。海難事故の防止にとって有益な場合はやるということである。
○アメリカの場合は、直接因果関係ではなくて蓋然性を含む範囲が広範である。一方、勧告に対する反応は、必ずしも日本のようには求めていないという話が以前あったかと思う。
○アメリカの場合、USCGにしてもNTSBにしても、勧告はあくまで行政指導の範囲だということである。したがって強制力はない。勧告を履行しない場合、法的に処置は取らないということであり、このあたりは日本も同じで、行政処分ではなくてあくまで行政指導の段階である。イギリスにおいても、勧告を無視した例、拒否した事例がインターネットで挙げられている。どこの国もだいたい勧告は行政指導の域を出ていない、強制力はないという感じである。
◎SAFETY RECOMMENDATIONについては、“conventions, laws, regulations, policies and procedures”等と記載されている。言い換えれば“control measures”があるが、これによって勧告は限定していると思われるが。
○限定しているようなことは聞いていない。
◎実際の運用は、必ずしもこれにとらわれていないということか。明らかに法律違反であるが、勧告の対象外であるということがあるのかどうか。これに関して日本のシステムでの勧告はどうなのか。
○日本の場合は、やろうと思えばそうした限定なしにやれると思われる。
(3)USCG調査報告書「ばら積み貨物船のBright Field号岸壁衝突事件におけるヒューマンファクター概念についての検討」
事務局から資料5-1「USCGにおける海難調査の特徴」、資料5-2「海難に至る流れ(事象及び状態図)」、資料5-3「事故またはインシデントの進展の段階」及び資料5-4「生産活動モデルによる分析」に基づき説明した。
なお、当該事件は、USCGとNTSBが両方で調査を行った興味ある例であり、USCGの調査としては非常に膨大な調査であることから例示事件として取り上げ、USCGの調査マニュアルに基づいて具体的にどのように調査が進められているか、最終的な勧告、すなわち再発防止対策にどのように結びつけているのかを検証し、さらにヒューマンエラーに関して具体的にどのような扱いをしているかについて調査する目的で取り上げた旨の検討理由を説明した。
これに対して、次の質疑応答、意見等があった。
◎USCGとNTSBの勧告は、実に対象的である。USCGの方は現場に対しては非常に好意的な解釈をしているし、NTSBのほうはもう少し目線を変えた視点から勧告を出しているということが、全部にわたって共通している。これは日本の現場と管理システムとの間でも共通した問題であろう。この米国の例を日本バージョンにするにはどのようにしたらいいのかを考えれば、1つのよい参考資料になろう。安全については現場の意見を尊重することが重要であるが、一方、現場は一部の例外を除けば一般的に非常に視覚が狭くなるということがある。このあたりをコンバインして日本の安全対策をどうするのかを考えるとき、米国のこの勧告は非常に参考になると思う。資料5-2のやり方は実際的であり、この手法を東京湾、大阪湾、あるいは瀬戸内海といったところをモデルとして作れば、1つの実務的な資料になり得よう。
◎ブライト・フィールドの報告書には、どういう経緯でどう流れ、どのように衝突したという図面はないのか。
○USCGの報告書についてはいないが、NTSBの報告書には添付されている。
○操船の素人にとってみると、この時点でどうなって、どう操作したらこのように流れていって回頭しきれずにぶつかったという図面があると、非常に分かりやすい。
◎ハイリスクの水域においては、総合的な安全対策を取るべきである。このニューオーリンズはその対象だと思う。ところが、ある船会社でそれをやったところが、金がかかりすぎると会社が怒ったという話がある。それが現実にこのニューオーリンズの川のことである。お金の問題と安全の問題をどのようにうまく調和させるかという問題は、大きな課題であり、理想論と現実の問題である。
○報告書では、いろいろな勧告をたくさん出しているが、日本の場合はこういうハイリスクな港に出入りするときには、特別な安全対策をとらせてやっているはずである。
○勧告を見ると、港湾局から水先人まで様々な方面に対して最終的に安全評価、リスク評価をしなさいという形で、もう1回、見直しなさいということをいっている。
◎勧告については、コントロールメジャーがあり、そのバイオレーションはもう対象にしないといっているような例があり、このあたりがごく当たり前の話になっているのではないか。これを我々が理解する場合には、タグはどうなっているのか、レギュレーションはどうなのか、ポリシーはどうなのか、プロシジャーはどうなのかということをつけ加えないと、正確に理解できないかもしれない。そうしたものすべて挙げていけば、バイオレーションは全然入ってこないと思われる。これについては、措置がないものについては措置すべし、不十分なところは補助すべしといっているので、これを一覧表に整理して、一番厳しいところについて、レギュレーションはどうか、ローはどうか、ポリシーはどうかということを入れていくと、非常に分かりやすくなると思う。
◎実際、日本ではハイリスクのバースについては、安全確約書とか運用基準といった約束事がある。ところが最近、安全確約書が内容的に後退した。海上保安庁は当然のことながらそういうシステムを維持しようとしたと思われるが、コストが重視される時代的背景もあり、確約書などで判断するまでは必要ないのではないかということで後退しているのが現実である。こうしたことを頭に入れて対応していく必要がある。安全はただではないということがなかなか評価されず、事故が起きてはじめて見直されるというのが現実である。安全面の配慮が非常に苦しくなっているのが現実であり、経済問題が背景にあるということを頭に入れる必要があろう。
◎出されているリコメンデーションを見ると、もっと事故原因の根本的なところで、なぜちゃんとした整備がされていなかったのかについて触れていない。例えば、潤滑油の状況がよくなかったと指摘しているが、では、どうして定期的に検査されていなかったのか、そのポンプはどのような整備がされていたのかなどについてあまり触れられていない。そうした話が背景にあって、このような事故という結果になったのではないかと思われる。本来、非常事態にならないようにするためにはどうすればいいのかということでリコメンデーションが出されるべきではないか。この例のように、どこでもタグボートをつけて走れというのが、本来あるべきリコメンデーションだろうかという気がする。
◎「MARINE ACCIDENT INVESTIGATION PROCEDURES 海難調査手続」の内容を見ると、米国スリーマイル島の原子力発電所事故の後、いろいろなヒューマンファクターの研究が行われたものが、39ページからの「ヒューマンエラー分析入門」のところにファイルされている。ラスムッセンやリーズンがどうしたというのは、すべて原子力事故の後の、ヒューマンファクター研究からもってきている。構成としては、航空事故におけるヒューマンファクターの調査、人間に焦点をあてて勤務状態はどうか、アルコールがどうしたといった人間中心の調査が前にあり、それをまとめるために原子力発電事故後に研究されたヒューマンファクターの部分がとじてある。IMOを踏まえて変わった点としては、40ページ以降に、ヒューマンエラーの例を上げている。IMOの方針に合うようにするならばこうしたらどうかという例が並んでおり、IMOに合うように努力をしているが、まだ完全にこなれていない。リコメンデーションやアラートあたりまでにはまだ至っていない。USCGでは「海難調査手続」を一生懸命に作ったとの話であった。調査の方法について、こうやって調査をしていったらいいということで、そのために、航空や原子力といったものをうまく使ってIMOのマリーン関係にもってくるために非常な努力をしていることだけは事実だが、それがまだこなれていない。
資料5-4にはNTSBの抜粋が載っている。USCGとNTSBの差のところには、誰に責任があるのかという海難審判に相当する問題があり、USCGのところに機関長がやるべきであったことをやらなかったということが記載されている。NTSBの原因のところにも同様の記載があるが、勧告には、処罰に値するなどということは一言も書かれていない。ここがアメリカと日本と非常に違うところだという気がする。決してUSCGで処罰しないと言っているわけではなく、処罰すると言っている。機関長はトラブルがある状態を知っていながらやらなかったことに対しては、日本の海難審判と違って、処罰を目的にしている。USCGの場合、処罰は自由であるが、誰が見ても納得のできるような状態の段階で処罰をしている。NTSBでは、処罰が不具合だったら訴えることができるようになっている。このあたり、USCGやNTSBの結果や勧告を、日本の海難審判のものの考え方で見ると、どうもうまく解釈できないなという感じがする。NTSBやUSCGと日本との大きな差は、あちらは再発防止のためにどうするかということに非常にウエイトがあるのに対して、日本の場合には誰が処罰をされるのかということになり、その差はどうしても埋まらない。もしこの資料を日本で使うとするならば、そのあたりの基本的な問題の考え方を変えなければいけないだろう。
○こなれていないから、陸上と飛行機あるいは原子力のものをもう一度咀嚼して、海の問題に対応すべきだと理解する。
○確かに海は遅れている。ただ、海と飛行機は状況が違うので、よく考えて、いいところに落としどころを考える必要がある。隣のものをそのまま引っ張ればそれでいいということにはならないだろう。
○今の問題はこれからどうすべきかという問題にかかわる。海の歴史は全然違うにもかかわらず、そこに目を向けなかった。ところが飛行機や鉄道の場合には事故そのものが大きいし、もう1つは、まさにコモンキャリアで、不特定多数がドーンといく。そういうところの違いもあるのではないか。基本的には、日本の具体的なケースでこういう形でやってみたらどうなるのか。そうすると、ここでいうリコメンデーションをそれぞれ出しているところが日本の場合にはどういう形のリコメンデーションになるかということをやれば、だいぶ違うと思う。そういうものを調査なり、あるいは審判のところにおけば、これからのやり方は相当違ってくるのではなかろうかという点で、本日の資料は参考となろう。
◎当委員会ではもう1年半ぐらい、この種の勉強を続けていて、いろいろな講演も受けてきた。今日のような資料を参考にして、そろそろこの委員会としてどういう結論へもっていくのかという議論をする時期に来ていると思う。即ち、米国のUSCGやNTSBのリコメンデーションと日本のリコメンデーションの出し方の違いは何か、その違いはどこから来るのか。またそうした考え方は日本ではどこまで適用できるのかと言った本質論について委員会でもっと議論すべき時期に来ていると考える。
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