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9 まとめ
 近年においては、あらゆる産業において、人間工学、心理学等の学際的研究により、ヒューマンファクター概念に基づく調査手法が進展し、また、こうした概念に基づく事故の予兆(インシデント)情報を積み上げて分析を行い安全対策を構築する手法が広がりを見せつつある。
 船舶分野においても、従来は海上交通三法を遵守し、シーマンシップを発揮していれば安全性は確保されるとしてきたところであるが、昨今では、多種、多様な船舶が輻輳化している海域で安全を確保するためには、日常運航の中から不安全要素を抽出し、それらにヒューマンファクター概念を導入して科学的な調査・分析を行い、有効な安全対策を構築して行くことが急務となっている。
 特に、船員の合理化と併せてハード、ソフト両面にわたる運航支援システムの高度化が進行しており、船長は、もはや現場の管理職になりつつある現状下、海難関係者の責任問題の解明だけでは海難防止対策の深度化は困難になっている。
 そこで、本事業では、我が国の海難調査の現状を認識した上で、船舶運航の安全性を向上させるためには、どのような海難調査を行い、どのような海難原因を摘示し、どのような安全対策に結びつけていくのかについて検討した。
 海難調査の中軸をはたす海難審判庁に対して、制度上における種々の問題を克服し、事故に至った背景や間接的な関係者の調査にも取り組み、潜在的な不安全な行動、意思決定を特定し、将来の海難発生防止につながるための有効な安全勧告を行うことについての提言を行った。
 更に、個々の裁決をもって再発防止を行うだけではなく「海難を減少させるためどのような対策が必要なのか。」について、過去の裁決から同種海難を多角的、かつ深度化した分析・研究を行い、現場の海技従事者等にも理解できる具体的な対策の提供が重要となっていることについて言及してきた。
 
 一方、予防安全としてインシデント等の危険情報の報告制度を構築する目的・意義・必要性については、誰もが賛同するところであろうが、その報告制度を構築するには、さまざまな課題に直面する。
 航空分野においては、米国ASRSや英国CHIRP等のような成功例が明らかになったが、航空機のような管制が確立されている交通モードにおいても個人パイロットからの報告は稀少であることがわかった。
 一方、船舶分野におけるインシデント等の危険情報の報告制度は、英国航海学会(海難事故報告機構MARS)が軌道にのっているほかは、各国とも機関が設置されたばかりか又は構想の段階で、実績を上げるに至っておらず、各国ともいわば緒についたばかりの状況であることもわかった。
 我が国におけるインシデント等の報告制度においても、一部の船社で社内秘のもとで行われているものの収集段階で終わっているところもあり、必ずしも十分な成果を挙げられずにいる例が多い。
 このような状況の下、海事関係機関共通の安全情報を共有するシステムを構築し、有効活用していくための環境整備上必要な事項について検討する中、インシデント等の報告制度の必要性を官民が共通認識に立ち、連携して海事関係者等に対して啓発することが最も重要なこととしてあげられる。
 
 以下、本事業「ヒューマンファクター概念に基づく海難・危険情報の調査活用等に関する調査研究」の成果を次図のとおりに取りまとめた。
 
ヒューマンファクター概念に基づく海難・
インシデント情報の調査、活用
(拡大画面:591KB)
 
1 各委員会及び検討作業部会の議事概要
◇平成14年度
第1回ヒューマンファクター調査研究委員会
(議事概要)
1. 日時 平成14年6月21日(金) 午後3時から同6時15分
2. 場所 高等海難審判庁 審判業務室
3. 出席者 厚味委員、村田委員を除く各委員
4. 議題
(1)(財)海難審判協会理事長挨拶
(2)委員の紹介及び委員長の選任
(3)本調査研究事業の目的について
(4)海難審判及び裁決の情報提供事業の現状について
(5)海難審判庁における裁決書改善の取り組みについて
(6)今後の調査事業の進め方について
5. 資料
(1)議事次第
(2)座席表
(3)委員名簿
(4)説明資料
(1)ヒューマンファクター概念に基づく海難・危険情報の調査活用等に関する調査研究事業
(2)海難審判の現状について
(3)海難審判庁における裁決書改善への取り組みについて
(4)今後の調査研究事業の進め方について
(5)IMO決議A.884(21)海難及び海上インシデントの調査のためのコードの改正
6. 議事概要
(1)海難審判協会理事長挨拶に続き、事務局より委員の紹介及び委員長に加藤氏が承認された。
(2)海難審判協会宮内専務より資料に基づき、本調査研究事業の目的について説明し、これに対して次の質疑応答、意見等があった。
◎「ヒューマンファクター概念に基づく海難調査による事故防止」を共通認識とするため、その定義は如何なものか。
○海難事故の大半は人の過失によって発生していると言われ、今まで懲罰主義あるいは教訓主義により海難の再発防止に寄与してきたが、「人間は過ちを犯す生き物」で、このような海難を可能な限り減少させるためには機器、環境、組織、人間自身等に対する施策を心理学、人間工学など、あらゆる学際的な成果を総動員して人間のエラーを防止することである。
○海難事故を責任問題で論ずるより事故がもたらした諸々の原因中、人間がどのようにかかわっているかを明らかにするなど、未来志向型の事故防止をすることである。
○一見人間の不注意、過失とかが認められるような現象を、何故そのようなエラーが起こったのか、その背後要因を科学的に冷静に分析すると表面に見えないものが実はいろいろと系統だった要因が出てくる。これらの要因から再発防止の対策は、人を罰するのではなく、機器の改善、手順の変更、組織の組み替えなどによって事故の予防が出来ることである。
○人間は便利なようにいろいろと機械を作ったが。結局は機械を作るのも人間で、その際、人間の特性を知らないで機械を作り、それを補うために人間に色々仕事をさせ、機械を安全に操作するために、教育訓練を行っている。ところが事故は減らない。そこで目の前に見えてくる責任や過失の問題というのはあるが、そうではなく、機械、環境、マニュアルを改善することが必要となっている。したがって、現在では、ヒューマンファクターとは、人間が作ったシステムがうまく動くようにすることに対する人間の努力や能力を示すような定義となっている。
○従来は懲戒を加えることにより船員の緊張感を高め、海難の再発防止を行ってきたが、今回の調査研究事業は、安全工学的、心理学的な分析を通して、ヒューマンエラーを解析し、その背後にある原因を探求して事故を起こさないような機械を作ってアシストするという、画期的なことを考えているため、その成果を期待している。
(3)高等海難審判庁清水委員から資料に基づき、海難審判及び裁決情報提供の現状について説明が行われた。
○IMO決議A.884は良くできているので、海難調査の資料として活用できる。
(4)高等海難審判庁原委員から資料に基づき、裁決書改善への取り組みについて説明が行われた。
○「裁決書改善に当たっての基本的考え方」として5項目あるが、1項目目は、関係者が何をすべきかと先に言ってしまうと、やはり誰かが責められる脈略の考えが残り、また3項目目の「専門的な海技知識と豊富な運航経験に基づく・・・」というのは、間違ってはいないものの、例えば、事故が小さな漁船、プレジャーボートの場合は、現在の審判官、理事官のほとんどが経験を有していないことから、本当に分かっているのかと言われる恐れがある。
◎裁決書が新しいフォームとなった場合、事件にかかわった色々な関係者の名前が出てくると思うが、このヒューマンライトはどう守られるのか。
○現在においても、裁決録やホームページには個人情報を記載していない。
◎ヒューマンファクター概念に基づく裁決書は、個々の分析、再発防止に非常に役立つと考えるが、平成14年8月から施行となると、海難審判庁で十分に論議がなされているのか。
○今回提出のサンプルの他、衝突、乗揚、転覆などの裁決事例を作っている。
◎現在の海難審判でヒューマンファクターまで踏み込むとすれば、当然に、海難調査、審判廷での審理も改革されるのか。
○基本的には審判庁は職権主義、自由心証主義であるため、個々の審判官に対してアカウンタビリティーが立つような、ハイクォリティが要求されると思うが、審判手続きについては現在の海難審判法に則って行う。
◎捜査と調査は、かなりの意味が違うが海難調査はどちらを意味しているのか。
○刑事捜査の考え方は、海難調査にはありません。ただし、海難審判は、行政上の懲戒を行う部分について、常に、海難原因の他に個人の過失も考えている。
◎ヒューマンファクターには、人間が何をするのかというファンクションが複数有り、そのいくつかのファンクションが欠落したために事故になることが多い。このため、過去の裁決事例を新しいフォーマットで書こうとした場合、データがなく書けない空白の部分が出てくるはずです。これがまさにヒューマンファクターに該当する部分であるということが検証できるはずである。今回のサンプルは、事実の経緯とその原因がまとめられているためコメントできないので、従来の裁決事例を利用して作成してもらいたい。
○次回委員会までに委員に対して、従来の裁決事例をサンプルとして提供し、意見をいただくこととしたい。各委員から意見を聴取してからでも裁決書改善は遅くないと考える。
○裁決書の改善という大きな変革をするときには、外部の意見を聞くなどの手順を踏んだ方がよい。







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