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(2)我が国の海運会社におけるインシデント情報報告体制の現状
(1)A社
 自社運航、自社乗組みという運航形態のLNG、VLCC約20隻及び関連の15社からなるSMS管理委員会(同様のISMコード上のマニュアルを使用している。)の約200隻を対象に、ヒヤリハット・ニアミス関係の報告を収集している。
 ニアミス報告として収集したものを、通年ならびに4半期ごとに集計して統計処理をし、これを安全情報として周知し、注意喚起を行っている。
 平成13年度の1年で約1,300件(災害、疾病といった安全衛生分野を含む。)が報告され、このうち、いわゆる海難につながるようなものは約3割であった。日本の社会ではインシデント情報を集めるのは難しいとの感想を持っている。
 特に危険なニアミス報告については改善策、注意喚起をあわせて各船舶に「シンク・セーフティ」として、月1回以上フィードバックしている。また、関連のグループ会社には「ニアミス報告トピックス」というレターで紹介している。
 外国のマネージメントを含む全運航船舶に軽微なものは「安全情報」として英文で周知している。
 海上社員については注意喚起、情報の通達に加えて、昇進時の乗船前の研修にも利用している。
(2)B社
 海難事故の未然防止のために、平成11年11月からニアミス情報を直接管理しているLNG船のみを対象にして始めた。コンテナ船、PCC等、間接管理している他船種のニアミスについては各管理会社が情報を収集・管理している。現在、当社グループは約500隻運航管理しており、そのうち約250隻には船主としての責任があり、ISMやISO9001: Ver.2000と呼ばれる品質管理の手法を用いて、精度の高い「独自の安全管理システム」を導入している。また、社内に社長を頂点として「安全運航管理委員会」なる組織を設置して、全運航船の安全管理維持と事故発生時の再発防止策を展開している。
 インシデント情報の報告は、ISMコードで要求されていることでもあり、船舶管理会社、船舶の船長、スーパーインテンダント、並びに本船の検船員等からシステム的に報告されるようにしている。報告フォームを整備しているが、月2、3件程度の実績で、今まで報告されたインシデント情報は300件から350件であるが、例えば衝突に係わるようなものは数えるほどである。
 サンプル数が少ないため傾向を分析するまでには至っていないが、個々に発生した重要な事象や前向きな提案については安全管理の観点から対応策として検討し、予防処置或いは是正措置として、船舶管理会社や傭船船主並びに本船に安全対策を周知徹底している。
(3)C社
 当社は内航船社で、フェリー2隻、内航のRORO船3隻の計5隻を運航している。2年前に、安全運航推進委員会を立ち上げて、6ヶ月間海難事故ゼロキャンペーンを実施した。その時にヒヤリハットの調査を行い、それを分析して事故の未然防止に役立てることを思いつき、調査結果を基にヒヤリハット集を作ることとした。報告フォームにハインリッヒの法則を取り入れて実施し、全乗組員140人を対象に報告を求めたところ、154件の報告があった。報告書は無記名、船名、職名等は一切なしとして行ったが、2000年5月から始めて昨2001年4月ぐらいで止まっているのが現状である。おそらく、船長は自分の恥ということで報告が少なく、セコンド以下からの報告が多いのではと思っている。
 ヒヤリハット集を作成して全船に配付し、「今のところヒヤリで終わっているけれど今一度考えを新たにして下さい。」と周知している。
(4)D社
 事故災害ゼロを目指して毎月、定期的に安全会議を開催し、その会議資料の一部として昭和55年頃からヒヤリハットの報告書を用いており、ヒヤリハットの原因や対処方法など検討した結果を再び船主、船長に返すという方策を取ってきた。
 この会議資料を一度限りの会議に利用するだけということではなく、数年分を集約して似たような事例をグループ毎に集めて発生順に並べ、概要については船の人にイメージしてもらいやすいように漫画を描いたヒヤリハット集を作成したところ社内から評判を得た。
 しかしながら、自分の失敗、恥ずかしいことを人に知らせることのためらいが船員にあった。
 その他、ヒヤリハット報告を阻む理由は、次のようなものが考えられる。
(i)事故にならなくて良かったが、そのようなまずいことをいつもしているのかと見られる。
(ii)報告書を書くことが非常に面倒である。
(iii)報告書を書いても、それをどのように有効活用してくれるのかが見えてこない。報告書を書くだけだったら何の役にも立たないのではないかという思いがある。
 このため、ヒヤリハット報告書は出来るだけ簡単な様式でないと長続きしないこと、報告された情報はきちんと分析・検討し、報告者に活用され、生かされているという満足感を持ってもらわないと報告するという使命感が芽生えないと考えた。
 ただし、各船舶、船員の感性も違い、自主的に報告してもらう現行のシステムにこれ以上を求めるのは限界があると思う。
 現行の海難審判のシステムでは、どうしても責任追及型にならざるを得ない。その点、事故に至らなかった、間一髪で避けたヒヤリハットは責任の追及は全くなく、いろんな面から自由な話が聞けると思う。
 
 
 船舶運航を取り巻く状況の変化は、船員の勤務状況の過密化や取り巻く情報の多様化、大量化をもたらしてきた。国際的な動向として、運航管理会社に労務管理等、安全の確保が要求されるようになり、運航者側では、学習、情報取得、注意配分等における努力が要求されるようになった。
 そのため、運航過程におけるインシデントの例として、実際に運航者が「ヒヤリ」としたり、「ハット」と思った状況について情報を収集し、その共有化を図ることとした。
 調査研究の手順としては、一次アンケートの項目の選定及び回答の回収・分析、二次アンケートの項目の選定及び回収・分析となっている。
 そうした中で、ヒヤリハットを感じさせる原因として、航行上の航法が、海上交通法規にも大別されているように、大別して時刻、視界の良否、水域、船舶の種類、船型(大きさ)、速力などに応じて決められていることがわかった。
 操船者のヒューマンファクターを考えるうえにおいて、次の3点を前提条件とした。「知識・技能」に関しては、海上資格を取得した海技従事者として、免状に応じた操船に必要な程度の知識や技能を持っていること。「注意力」としては、問題が発生した時によく注意義務違反等として問われるような内容の注意力を持っていること。「協調」としては、個人が持つこのような知識、技能や注意力を有効に機能させたり、高めていくために必要な個人の間の心情、動作のあり方、つまりチームワークを持っていること。
 事故に至った場合と、ヒヤリハットの場合の比較研究の結果、ヒヤリハットでは、事故に至った場合よりも他船の異常な動作に関する事例がより多くの割合で報告されているが、これは、操船者の状況の認識、報告への動機付けというものに関して発生しているといえる。
 また、海上技術安全研究所では、航行上のインシデントを対象としたアンケート調査を継続的に実施しており、今回の分析は収集データの一分析例である。
 
 
(1)IMO(国際海事機関)における海上インシデントの取扱い
 IMO(国際海事機関)は、同種海難及び海上インシデントの再発防止のため「海難及び海上インシデントの調査のためのコード」及び「海難及び海上インシデントにおけるヒューマンファクターの調査のための指針」を採択し、海上インシデントについても海難と同種の取扱いをするように規定している。
 なお、海上インシデント及び海難について、次のように定義している。
 
「海上インシデント」とは、
 船舶又は人が危険にさらされ、又は結果として船舶、構築物及び環境への重大な損害が生じたかもしれない、船の運用に起因し、又は関連する事件、事象を意味する。
 
「海難」とは、
1 船舶の運用に起因し、又は関連した、人の死亡、又は重傷
2 船舶の運用に起因し、又は関連した、船舶からの人員の消失
3 船舶の全損、推定全損又は放棄
4 船舶への具体的な損害
5 船舶の乗揚又は航行不能、若しくは衝突における船舶の関与
6 船舶の運用に起因し、又は関連した具体的な損害
7 1隻又は複数隻の船舶の運用に起因し、又は関連する1隻又は複数隻の船舶の損害によってもたらされた環境への損害
 
(2)米国におけるインシデント情報報告体制の現状
ア 米国の国際海事情報安全システム
 (IMISS: International Maritime Information Safety System)
 米国沿岸警備隊(USCG)は、米国運輸省海事局(MARAD)と共同プロジェクトで、国際海事情報安全システム(IMISS)を計画し、インシデント情報を収集、整理、分析し、安全情報の提供を試みようとしている。IMISSは、米国国籍の商船と米国領海内を航行する外国籍船を主たる対象とするが、その他についても情報として受け付けることとしている。
 しかしながら、予算の面で議会の承認を得られず、計画立案から4年、2000年の運用開始予定から2年有余経た2002年12月に至っても、未だ運用が開始されるまでには至っておらず、また、懲戒権を有するUSCGが関与していることもあって、業界からの抵抗もあり、見通しが立っていないのが現状である。
 
イ 国家運輸安全委員会海事局(NTSB)
 国家運輸安全委員会海事局(NTSB)は、海難事故を取り扱っているスタッフが総勢17名(全員ワシントンで勤務)であり、予算も限られていることから、稀有ではあるが企業から依頼された場合は行うものの、一般的にインシデント情報の取扱いまでは手が回らないのが現状である。
 
(3)英国におけるインシデント情報報告体制の現状
ア 海難調査局(MAIB)
 英国海難調査局(MAIB)は、海難調査の客体としている海難の中に「危険な事件」(Hazardous Incident)として、「船舶の運航に伴い発生する事故以外の事件で、船舶や船舶上の人の安全が阻害されたり、環境を損なうような事故が発生する可能性が極めて高い、いわゆるニアミスを含むようなインシデント」と規定して調査を義務づけているが、海難関係者に対しては、その報告義務を課しておらず、報告を奨励しているのみである。
 したがって、インシデントの調査実績はなく、関連する海難調査報告書は見当たらない。
 
イ 英国の危険インシデント秘密報告制度(CHIRP)
 英国では、MAIB、英国運輸省(DFT)から独立した公益信託(Charitable Trust)を設立して、危険インシデント秘密報告制度(Confidential Hazardous Incident Reporting Program: CHIRP)を行っている。
 CHIRPは、1982年に航空部門が民間航空局からの支援を受け設立されたが、海上部門においては2003年6月に設立され、運営費は英国運輸省から支出されている。
 公益信託では、首席検査官が委員の1人となっている理事会の下に、船主協会や航海学会等の海運業界から専門家を招集した海事諮問委員会を年4回開催し、海事従事者等のために安全行動に関する専門的なアドバイスやフィードバックを提供する。
 CHIRPの目的は報告者の秘匿性を担保して、ほかでは収集不可能な安全性に関する報告の取得、公開、分析を行い、安全文化の向上を図ることである。
 報告は、海事業務に携わる人々、海事業務の利害者、監察者であれば誰でも報告でき、専用の報告用紙に記入し、郵送、ファックス、Eメール、電話で受け付ける。報告書を受領したときには、報告者に連絡し、更にインシデントの内容を詳しく把握している。
 受領した報告書は、セキュリティが確保されてデータ化され、CHIRPのスタッフのみがアクセスでき、個人情報は一連の取扱いが完了した段階で報告者に返還され、記録として保持されることはない。
 CHIRPは、発足したばかりで報告対象者を商船から漁船、プレジャーボートに拡大していくことを意図しているが、これまでの実績は設立間もないが、半年間で30件の情報を得ることができたといい、順調な成果をあげているという。
 
ウ 英国航海学会(NI: The Nautical Institute)
 航海学会は、1992年10月からCaptain Robin Beedelによって、海難事故報告機構(MARS: Marine Accident Reporting Scheme)というシステムを発足させ、海難や海上インシデント(Non-Accident、Hazardous Incident、Potential Hazard、Near Miss)に関する情報を入手し、これにコメントを付けて学会の月刊機関誌【SEAWAYS】に掲載し、海員に不安全事象の存在とその理由等についての情報を提供して、その認識を共有化させることにしている。
 Captain Beedelは、現在はNIのパートタイマーで、随時、NIの文書・技術委員会の助言・支援を受けるとともに監督を受けながら、1人でMARSを運用している。
 一方、MARSの運営は、NIの人的支援のほか、The North of England P&I Club等から資金援助を受けている。
 報告は、MARS Report Formと称され、What、Where、Who、Why等を記入するようになっており、Captain Beedelに手紙又はファックス、Eメール等によって送達される。
 報告は、発足当時から年間40件を超えており、その多くは衝突予防規則に関連するものであったが、現在は対象範囲を貨物、機関、救命艇、操舵、一般問題のほかISMの影響もあり、営業上のプレッシャーにまで拡大され、年間70〜80件の報告を受けている。報告者の大部分は商船関係者であるが、約1%はヨット関係者からである。
 MARSは、報告を受けた事故について、その原因や対策を提示することもあるが、事故をヒューマンファクターに基づく広く深い分析を行うことはない。
 それは、NIのスタンスである「船員が所有している情報や知識を開示する場を提供する。」ことを維持することにより、MAIBが主導しているCHIRPとの競合を回避することができるものと考えているからである。
 また、報告者はCaptain Beedelの更なる追跡調査のため、身元を明かすことが求められているが、情報の秘匿性は担保されるとともに原報告書は返却又は廃棄されている。
 広報は、毎月7,000部が配付されている機関誌【SEAWAYS】(カナダ、アメリカ、ポーランド、オランダ、ギリシャ、トルコ、ロシア、フランス、ドイツ等、それぞれの国語に翻訳。)により行われ、これまで刊行されたMARSレポートは300件を超えるという。
 
(4)ノルウェーにおけるインシデント情報報告体制の現状
 ノルウェー海事局(NMD: The Norwegian Maritime Directorate)は、法律上、海上インシデント(Non Accident/Near Miss)に関する調査も行うことを規定している。ただし、秘匿性、免責性を担保する措置はとられていないと言う。
 しかしながら、2000年8月のMAIIF-9の会議の際、ニアミスを取り扱う機関の別途設立を取り上げていたが、いまだその機関の設立には至っておらず、また、その構想もたっていないとのことであることから、海難調査官は、現在に至るまでニアミスを取り扱っていないと思われる。
 その理由として、NMDは、「海難についても事実認定の困難性があることから、海上インシデントについては、証言や証拠の食い違い等が多分に予想され、事実関係の認定が難しいことと、多国籍による船員の配乗等から海上インシデントの報告を得ること自体が難しいこと。」としている。







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