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7.3 航空分野におけるインシデント情報の報告、活用体制
(1)米国におけるASRS(航空安全報告制度:Aviation Safety Reporting System)
 航空界の先進国である米国は、世界に先駆けて航空分野の安全に取り組んでいたが、1940年代から減少を続けてきた航空機事故の発生率が、1970年代半ば頃から横ばい傾向になり、一向に減少する兆しを見せなくなったことから、1975年、「安全情報を水平展開できるような制度を国が責任を持って作るべきである」というNTSBの米国航空局に対する勧告を受けて、直ちにインシデント報告制度を発足させた。
 しかしながら、航空に関する監督権、処罰権をもっている機関が自ら運用に携わったため、これが失敗に帰し、翌1976年、第三者研究機関であるNASA(米国国家航空宇宙局)のエイムス研究センターにインシデント報告制度の運用を移管して、そこでASRS(航空安全報告制度)が初めて成功し、その後、同システムが急速に世界各国に波及していった。
 安全報告制度の具備すべき要件として、
・免責性(報告者が処罰されないこと)
・秘匿性(匿名性を堅持すること)
・公平性(第三者機関が運用すること)
・簡易性(手軽に報告できること)
・貢献性(安全推進に貢献していること)
・フィードバック(確実に役立っていることを本人に伝えること)(自己顕示欲、表現欲を充足させること)が必要である。
 こうして発足したASRSには、その後エアーラインパイロット6万5千人から年間3万件を超える報告が寄せられるまでになったが、これらの報告はNASAの専門家によって分析され、膨大なデータがコンピューター処理されて航空の現場に【CALLBACK】というニュースレターの形式でフィードバックされているのみならず、毎月15万部印刷されるニュースレター情報は予防安全だけではなく、航空従事者の教育・訓練や航空機の設計や整備などにも活かされている。
 ところで、ASRS発足後、2、3年間はインシデント情報の報告が少なく、担当者はその収集にかなりの苦労を味わっている。その理由の一つは、5日以内の報告についてのみを免責としていたこと(途中で10日以内となった。)、分析担当者が少なかったこと、フィードバックが必ずしも十分でなかったこと、などがあげられる。
 ところが現在の米国には、エアーラインパイロットが約6万5千人、自家用パイロットが約60万5千人いるが、エアーラインパイロットの3人に1人の割合で報告し、年間報告数の7割を占めるようになっている。因みに自家用パイロットの報告は少なく、他方、最近では、整備士、客室乗務員、管制官からの報告が見られるようになっている。
 なお、NASAの受付には法律家(弁護士)が立ち会い、報告書が犯罪に関連した情報であれば法務省、事故に関連した情報であればFAA(米国連邦航空局)及びNTSBに送付し、残りのインシデント情報についてNASAが取り扱うという、スクリーニングを行っている。因みにASRSの人員は10人で、年間予算は1.7億円である。
 
 航空・鉄道事故調査委員会では、平成13年法改正により、重大インシデントの重要性に鑑み、事故を防止する観点から必要な調査を行うこととした。
 航空・鉄道事故は、操縦士(運転士)の判断だけではなく、管制(指令所)の指示、運行環境、機体(車両)における要因が複雑に絡み合って生じる可能性が大きい等の特有な条件を有し、かつ旅客の大量輸送機関であることから、事故だけではなく重大なインシデントにおいても調査を行うこととした。
 しかしながら、「重大なインシデント」の調査は、事故に比べて社会的重要度が低いものと考えられることから、その程度を区別し「事故」の場合には「事故の原因を究明するための調査を行う」、「重大インシデント」の場合には「事故の兆候について事故を防止する観点から必要な調査を行う」としている。
 
(Japan Aviation Safety Information Network(財)航空輸送技術研究センター)
 平成8年度から9年度にかけて、航空局、航空会社、航空関係団体、有識者で構成する「インシデント等情報交換システムに関する調査研究委員会」が設置され、「免責と秘匿性」、「組織・運営の中立性」などのシステム構築に関する提言がなされた。
 また、平成10年度から11年度にかけては、「航空安全情報システム構築委員会」が設置され、免責性については航空局の反対により実現しなかったが、秘匿性については各エアラインの自社報告制度の上に乗る形で、直接パイロットから情報収集することなく、会社経由で二重の秘匿性がかけられることとなり、更に組織・運営の中立性については、米国NASAのような研究機関ではなく(財)航空輸送技術研究センターがシステムを構築・運営することで確保することとなり、平成11年12月1日、航空安全情報ネットワーク(ASI-NET)の運営が開始された。
 航空安全情報ネットワークの目的は、航空安全情報を一元的に収集し、その情報を参画組織間で共有し有効に活用するとともに、これらの情報を分析し、関係者への提言、要望等を行うことにある。
 航空安全情報ネットワークに参画しているのは、JALグループ7社、ANAグループ4社、JASグループ2社、独立系3社、JAPA(日本航空機操縦士協会)で、情報源としては、運航乗務員からの自発的安全報告(ヒヤリハット情報)、機長報告(ヒューマンファクター関連のデータ)、航空局からのイレギュラー運航情報及びICAO(国際民間航空機関)のADREP(事故・インシデント報告)である。
 報告の登録数は、運航乗務員からの自発的安全報告が平成12年以降で61件、機長報告が140件、イレギュラー運航情報が平成11年以降で544件・ICAO(国際民間航空機関)の事故・インシデント報告(ADREP)が昭和49年1974年以降で約7,300件となっている。
 なお、機長報告は会社に対する義務なので、その数に大きな変化はないが、最近、その中からASI-NETへ報告される数が減少してきており、その理由は、ASI-NETに報告するときに各社の担当者によって報告すべき基準の違いがあるためと思われる。
 データの分析は、飛行段階(離陸、上昇、巡航、降下、進入、進入復行、着陸、地上)ごとに分類し、インシデントの要因を大分類は5(人的要因、機械的要因、環境的要因、組織的要因、データ不足)、細分類は41に、それぞれ分けて行っている。
 運航安全に関する提言・要望としては、平成13年7月、航空局に対し、運航乗務員と管制官との間で乱気流に関する情報を積極的に交換するよう提言を行った。
 また、現在、免責制度、TCAS RA(不要な衝突防止装置による回避指示)について、提言・要望を検討中である。
 今後の課題として、法的な免責性、報告者の範囲の拡大、フィードバックの充実、広報活動の促進等を考えている。
・人員及び予算
 なお、ASI-NETの人員は、(財)航空輸送技術研究センターのスタッフでまかない、予算は、当初コンピュータシステム開発費として1,800万円要したが現在、ランニングコストはコンピュータシステムの維持、管理費のみである。
 
航空安全情報ネットワーク(ASI-NET)
 
(1)パイロット・セーフティー・レポーティング・システム(Pilot Safety Reporting System(社)日本パイロット協会)
 
 水先人のPSRSシステムにおける情報の流れは以下のとおりである。
 なお、報告書のセキュリティーの確保は、報告制度の運用において最も配慮すべき事柄であることから、分析組織内においても報告書の開封担当者を限定し、当該担当者が開封後速やかに内容を転記するとともに、報告者及び報告者を特定できると考えられる記述を抹消し、秘匿性を確保することにしている。
 
 
受信:堅固に施錠された郵便受け、もしくはパスワードによって保護されたE-Mailによって、受領する。
 
開封:開封は総括指導者もしくは事務局長の専権事項とする。
 開封された報告は一連番号を付してPSRS管理台帳に記入の上、専用ファイルに保管する。
 
保管:保管は施錠された堅牢なロッカーを用い、開錠は事務局長の専権とする。
 
分析の開始:管理台帳に記入後、担当分析委員及び専門委員を指名し、分析に必要な海図などの資料収集を行う。
 また、必要に応じて詳細な追跡調査(コールバック)を行う。
 
分析作業:担当分析委員は、担当専門委員と協議のうえ得られた情報を基に、バリエーションツリーの作成その他の分析作業を行い、各月の分析会議に諮って問題点と対策の検討を行う。
 
問題点の整理と対策の立案:各月の分析会議においては、分析結果の補強ならびに問題点の整理、対策の立案などを出席者全員で行い、多角的な視点から検証を行う。
 
報告者に対する連絡:(1)報告受領時:受領御礼と分析作業開始のお知らせ
(2)情報収集終了時:報告者及び当該状況を特定できると思われる部分を切り離し、礼状を添付して返送
(3)作業終了時:分析結果、政策策定並びにその実施状況などを最終的に通知
 
データベースヘの入力:分析作業終了後、事後の検索の用に供せるようにキーワードを設定し、必要事項をデータベースに入力する。
 
日本パイロット協会への報告:海難防止研究会定例会議において報告するほか、重要かつ緊急性のある案件については、その都度検討結果を(社)日本パイロット協会に報告する。







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