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(3)CREAMを用いた海難のヒューマンファクター分析
貨物船T丸(198総トン)貨物船J号(4,879総トン)衝突事件
 
(事件の概要)
発生年月日:1996年7月3日07時01分 発生場所:東京湾浦賀水道
・背景
・T丸は、
・山口県徳山下松港と京浜港間のソーダ灰輸送に従事
・7/1朝に徳山下松港を発し、備讃瀬戸及び鳴門海峡経由で、京浜港へ向かった
・3人の乗組員で、単独3時間交代の輪番制とした
・J号は、
・馬山港、釜山港⇔京浜港、名古屋港間のコンテナ輸送に従事
・7/1朝に釜山港を発し、京浜港へ向かった
・21人乗り組み、当直+甲板手1人で、4時間の当直制
・両船とも
・7/3 06:00頃、釼崎灯台から10海里程度の場所に到達し、
・霧により視界が狭められ始めた
・風はほとんどなく、潮候は下げ潮の初期で、付近は微弱な南東流
 
 
 本件衝突海難を分析した結果、2隻の船舶の操船者が各3回の問題のある行動をとり、それらを分析していくと、両操船者とも状況を十分に深刻に考えていなかったという共通点がヒューマンエラーに寄与する因子として抽出された。
 
T丸の分析結果をまとめると次のようになる。
 
(拡大画面:39KB)
 
 整理すると、T丸の運航において、共通して現れる原因や状況としては、
●状況の診断が不完全であったこと
●認識の偏向(思い込み)があったこと
が挙げられる。なお、括弧書きは、確認できなかったが、十分にありえるので可能ならば調査すべきと考えた先行条件である。
 
同様にしてJ号の分析結果をまとめると次のようになる。
 
(拡大画面:43KB)
 
●正しくない推論や浅い推論といった解釈の問題があったこと
が挙げられる。針路の選定、状況の解釈などにおいて、正しくない優先順位や不完全な診断により、状況を軽率に判断していたことなどがみられる。
 
 
事例1
 パイロットを下船させるために船側が風下舷(リーサイド)を作り、安全にパイロットを降ろしたかどうか、当時の舵の取り方についてコースレコーダの記録、操縦性能等から、操船シミュレータを利用して検証を試みた。
 
 シミュレータによる検証の結果、コースレコーダの記録と同様な航跡を描きださせる舵の取り方は、リーサイドを取る操船ではなく、海中転落の人をスクリューに巻き込まないためのマン・オーバーボードの操船であったことが判明した。
 シミュレータは、過去の事故を再現することにより事故当事者の供述を検証できるのみならず、危険が起こる可能性を予知するためのツールとして利用できる。例えば、港の出入り口で風が強いときにたびたび事故が発生しているような場合、その港の築造等の欠陥を明らかにし、改善に向けての勧告をすることも可能である。
 シミュレータを、海難分析を含め危険予知に利用することは有効である。
 
事例2
 1975年中ノ瀬航路北口において、機船第拾雄洋丸と機船パシフィック・アレス号が衝突事故を起こした。この時の状況を操船シミュレータで再現し、更に、現役のVLCC乗船経験を有する船長4名がシミュレータを使用して雄洋丸側の操船を行い、そのデータを比較した。
 
 シミュレータによる検証の結果、いずれの船長も当時の雄洋丸船長が行ったのと類似の操船をすることが明らかになった。すなわち、雄洋丸船長が取った操船方法は航路を航行するVLCCを操船する船長が共通して行う行動であることがわかった。
 したがって、事故の再発防止のためには、通常の操船者が行う判断を前提に、事故を起こさないための環境が整備されることが重要である。
 操船シミュレータを利用することにより、操船者に与えられた情報と操船者の行動との因果関係が解明され、操船者の特性を知ることができる。更に操船者特性の理解が不十分のまま航路設計、海域開発、機器開発されている際には、その隠された要因を解明することができる。
 
3.1 海難調査におけるヒューマンファクター概念の導入の意義・必要性
 近年、あらゆる産業分野において、事故の大半は、人的要因に基づいて発生している。したがって、人的要因による事故を防止するため、「生身の人間はエラーをするのが当然である。」との考えの下に、人間工学、心理学、信頼性工学等の学際的な研究を駆使し、人間の行動や機能、能力や限界を理解し、その知識をもとにエラー対策を探求していく「ヒューマンファクター概念」に基づいた調査手法により事故調査を行う動きが急速に広がっている。
 船舶以外例えば航空分野では、ヒューマンファクター概念に基づく事故調査と再発防止策の検討が一般化し、所定の成果を上げてきていることを見ても、効果のほどが分かる。しかしながら、船舶交通の分野は、世界的にこのヒューマンファクター概念に基づいた海難調査では遅れをとり、依然として発生する海難のほとんどが事故当事者の要因によるものとして帰趨されている状況が続いている。
 このため、国際海事機関(IMO)では、ヒューマンファクター概念による海難・インシデントの調査・分析の手法・体制の確立が重要との認識に立ち、国際民間航空機関(ICAO)を見習い、1997年に「海難及び海上インシデントの調査のためのコード」を議決、1999年には本コードに「海難及び海上インシデントにおけるヒューマンファクターの調査のための指針」を追加した。
 先進諸外国の海難調査機関では、この海難調査コードに基づき、海上交通の分野でもヒューマンファクター概念に基づく海難・インシデント調査手法を確立すべく取り組みを開始しており、将来はこの手法による調査を前提とした国際協力体制を構築していこうとしている。
 従って、ヒューマンファクター概念に基づき海難を調査していくことは国際的な課題となっており、船舶交通が世界一輻輳し、航海が難しいと言われる日本近海では、特にその手法の確立が急務となっている。
 現在のところ、我が国の海難調査は、行政裁決を行う海難審判庁と司法判断に向けての海上保安庁が主に行っている。また、海難によっては、地方自治体等の公共機関、損害保険機関、所属船社等の独自の調査が行われている。
 このような状況下、海難調査の結果が整理・データベース化されて系統的に整理・公開されているものは、日本財団助成事業による海難審判庁裁決録が唯一のものである。
 事故調査に望まれるのは前述のとおり、十分な再発防止策を出し、かつ、いかにフォローアップするかが重要であることから、海難調査においても該当海難にヒューマンファクター概念を導入して科学的な調査・分析を行い、有効な安全対策を構築することが急務となっている。
 そのためには、ヒューマンファクター概念に基づく海難調査のあり方をあらゆる観点から調査研究する必要がある。
 
 国際的な海難調査の取り組みは、国連及び国際海事機関(IMO)を中心として、種々の国際条約や総会決議により実施されており、また、各種国際会議も開催されているなど、我が国も海難調査の積極的なアプローチとヒューマンファクター概念を導入した海難調査手法の調査研究が急務となっている。
 
国連海洋法条約 94条7項
概要
 「旗国の船舶の海事損害及び航行上の事故で、他国の国民に死亡若しくは重大な障害を与え、又は他国の船舶、設備若しくは海洋環境に重大な損害をもたらすものについては、適正な資格者による調査を行い、旗国及び他国は当該他国の調査の実施について協力すること。」等が規定されており、いずれも海難を適正に調査し、その調査結果が条約を改正する必要な場合の重要な資料と位置付けている。
 
 IMO(International Maritime Organization)は、海事問題を取り扱う国際連合の専門機関の一つで、主として海上における人命の安全、航行の能率、海洋汚染の防止等に関する技術的・法律的な問題について、政府間の協力の促進、最も有効な措置の採用、条約の作成等を行っている機関である。
 このうち「海難調査」に関しては、主に旗国小委員会(Sub-Committee on Flag State Implementation: FSI)において検討されている。
 同小委員会は、海上の安全及び海洋汚染防止のために旗国が実施すべき事項について検討するため、海上安全委員会(MSC)及び海洋環境保護委員会(MEPC)の下に設置され、平成5年以降、ほぼ毎年1回のペースで開催されている。
 
(国際条約)
 IMOにおいて海難調査に関して規定されている国際条約は次のとおりである。
○1974年の海上における人命の安全のための国際条約
(SOLAS条約)第1章第21規則
概要
 「主管庁は、いかなる変更がこの規則に加えられることが望ましいのかを決定するに当たって役立つと判断する場合には、自国の船舶の海難について調査を行うこと及び調査結果を適切な情報機関(IMO)に提供すること。」
○1966年の満載喫水線に関する国際条約(LL条約)第23条







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