その3: 明確な役割分担による省庁間協力(Interagency)体制整備の必要
しかしながら、省庁間協力の範囲とそのレベル(5)は、一般的に表4-1に示すように広範多岐に亘るものであり、最近の動きは漸く緒についた程度といわざるをえない。
表4-1 省庁間協力の範囲とレベル
各省庁は、それぞれ多様な文化、競合する利益、異なる優先度を持った独自性の強い組織であるが、明確な役割分担の上、用語の統一と協同対処マニュアルの作成だけではなく、人的・物的交流、共通の状況での運用研究と教育訓練、補給整備、共通装備(研究開発を含む)の保有などの可能性について検討する必要がある。たとえば、危機事態に応じて要員が実動する省庁、状況により実動を含み補助的な支援を実施する省庁、主管省庁の要請に応じて所轄する専門事項について必要な措置を実施する省庁があるが、ハードウエアとしての装備の一部の共通化、平時から情報、通信、連絡の確保などができるかの検討である。ハードウエアとしての装備は、主として警察・海上保安庁・消防及び自衛隊といった実動組織が対象となるが、事態の特殊性によっては外務、厚生労働、総務、文部科学といった省庁に及ぶ場合もある。
その4: 装備の近代化・充実化の必要
現在、危機事態に実動対処する海上保安庁、警察及び自衛隊は、将来予想される様々な危機事態を想定して、装備の近代化に努力している。たとえば、海上保安庁は、排他的経済水域を合わせ国土の約12倍に達する海域を対象とし、犯罪の取締り、海上交通の安全対策、海難救助、海上災害対策、大陸棚の調査、海上のテロ対策、海賊対策、薬物・銃器の密輸、密航などの国際的犯罪などに対処するため、巡視船艇の速力の確保、高性能の機関砲、回転翼航空機の防弾措置などを目指している。(6)
離島保全を中心に考えた場合、必要とする装備とその運用・配置は、その対応すべき範囲を排他的経済水域である200海里を遠限として、離島まで空白のない保全体制を確立し、事案に短時間かつ効果的に対処(即応性)でき、更に救難など住民の安全を確保できることが基本となる。これらを達成するための装備としては、情報、輸送及び実動対処力が主たる内容となる。
情報については、主要な離島で直接運用できる無人偵察機(UAV)、海空を監視できるレーダーが特に重要である。これらにより500kmの対空監視ゾーンと200kmの対水上監視ゾーンを設定できれば、即応態勢の半ばは完成したといえる。UAVとは、たとえば米国のプレデターであり、赤外線探知機やカメラ、全天候型レーダーを搭載して高度3〜6kmの低空を飛行し、撮影した映像をリアルタイムで送信する。全長約8mで、目的地の上空で最高約40時間活動できる。
輸送は、緊急輸送と大量輸送に区分でき、前者は主としてヘリコプターであり、後者は大型船舶が該当する。英国では、部隊輸送用として輸送船10隻(内訳はRoRo船6隻と補給揚陸艦4隻)を計画している。RoRo船は、平時には民間の輸送船として使用し、船の保有と乗組員の提供と運用は主契約社が実施し、3隻は常時利用可能、1隻は即応可能、2隻は短期間で運用可能な体制に置かれる。(7)
主として使用する武器としての対処力は、精密性を高めるとともに、威力特に遠距離対処性が求められる。南北3,000kmの日本列島及び数千の離島を保全するには、それなりの「長い腕」―Long Arms―が必要となる。たとえば、数百kmの射程を持つ長距離地対地ミサイルなどは検討対象となろう。
装備の近代化に当たっては、何れにしても、関係省庁が類似の装備を競合的に保有するのではなく、先に述べた省庁間協力を踏まえて、国家資源の有効配分に徹することが重要である。
2. 「直接保全」のあり方についての提言2
現在のわが国は、僅か沖縄本島と対馬に直接対処できる自衛隊が存在し、また奥尻、佐渡などの一部に情報収集機関が所在するが、多くの有人島には警察、海保、入管など関係機関の要員が平時業務のために駐在する程度である。しかし、このことは、国家が離島保全に対して関心が薄いということを意味しない。総数7,000に近い離島を危機事態から保全するために、当該島嶼あるいはその近傍に警察、海保、自衛隊などの実働部隊を直接配置することは、まさに「兵力分散の弊」に陥ることであり、この上なく非効率な対応となる。
本節では、前節「その2. 情報通信ネットワーク整備」の必要で述べた情報体制が確立されていることを前提に、いくつかの重要な施策について述べる。
その1. 緊急対応部隊の創設の必要
離島に危機事態が予測される場合、その対応には大別して2つのケースがある。危機事態を抑止または早期に処分、排除する「危機対処」を主とするものと、危機事態から住民の生命、財産を救助、救出、保護する「住民救難」を主とするものとである。
前者のケースは、主として警察、海保、自衛隊、時として消防が参加することになるが、軍事侵攻(第2章1 参照)に対しては、当然ながら防衛作用として自衛隊が中心に対応することになる。また、並行して「住民救難」活動が要求される。
後者のケースは自然災害、大量難民等非軍事の事態が対象であり、警察、海保、消防、法務、厚生、国土交通などが参加し、自衛隊の応援を必要とすることもある。
これらの緊急部隊の編成装備は、JICAの国際緊急援助隊(注4-1)のように輸送、情報通信、武器、権限行使の面から、可能ならば関係省庁から要員を選抜し、必要な装備を提供できることが望ましい。また、全国をいくつかのブロック―たとえば、(1)北海道・東北、(2)中部・九州北、(3)南西諸島、(4)小笠原諸島など―に区分して配置し、平時から直ちに対応できる態勢を整えておくことにより効率的に抑止と緊急対応が可能となる。
(注4-1)JICAの国際緊急援助隊(8)
JICAの国際緊急援助隊は、海外の地域、特に開発途上地域における大規模な災害に対し人的援助と物的援助を行う。チームは警察、消防、海保の救助隊員及びボランティアベースの医療チームから構成されている。
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現在、離島あるいは周辺海域の保全を任務とする部隊は、防衛庁のみに存在し、その1は、2001年に創設された隊員数約70名の海上自衛隊の特別警備隊(江田島)であり、不審船やゲリラ等への対応を任務としている。その2は、離島へ侵攻する敵勢力に対処する目的等で2002年に創設された隊員数600名の西部方面普通科連隊(佐世保市)である。なお、防衛庁は、テロ・ゲリラ攻撃への対処及び国連平和維持活動(PKO)などへの対応を抜本的に強化するため、2006年度の発足を目途に専門に担当する定員5,000〜6,000人規模、防衛長官直轄の「中央機動集団」(仮称)を陸上自衛隊内に創設する検討を始めた。(9)
その2. 民間防衛と対処マニュアルの整備の必要
ア. 民間防衛組織の整備の必要
離島の人口は、長期的に減少傾向にあり、年齢階層でいえば高齢者の割合が高く、逆に15〜24歳の割合が非常に少ない。他方、危機事態発生時における本土からの緊急対応は、その離隔性から開始までに相当の時間を要する。したがって、事態発生前後から緊急対応活動が開始されるまでの空白期間は、当該地方自治体と住民独自により対応せざるを得ない。即ち、情報提供、相互扶助、避難誘導、緊急物資の配分といった最小限の役割は、町村、部落単位の民間防衛組織に期待することになる。政府及び県・市当局は、こうした必要性を説明するとともに計画的に財政その他の援助を推進する必要がある。
因みに、東海地震を想定している静岡県では、町内レベルにくまなく自主防災組織を組織しているが、この組織の編成は、スイスの民間防衛組織の編成を参考としているとも言われる。同県の自主防災組織編成は「情報班」、「消火班」、「救助班」、「避難誘導班」のほか、非常食・備蓄品を担当する「生活班」や負傷者の応急手当を行う「衛生班」などからなっているが、スイスの民間防衛組織の編成には、同県の組織編制に加えて「核・化学兵器班」が設置されており、有事の際には地域住民が、いずれかの班に属し国の安全および国民の保護に当たることとなっている(10)
また、アリゾナ州の牧場経営者で構成される団体『アメリカ国境パトロール』(ABP)は、国境を越えてメキシコから米国に侵入してくる不法入国者を監視して捕らえるため、多数のモーションセンサーを敷地内に設置するとともに、赤外線追跡装置、GPS、暗視ゴーグル、レーダーなどの装置を活用して国境付近の動きを見守っている。(11)
イ. 危機対処マニュアルの整備の必要
政府及び地方自治体は、最近矢継ぎ早に危機管理マニュアルの検討を始めている。
たとえば、政府は、これまでに大地震や噴火、原子力発電所事故などの災害、事故の内容に応じて15種類に分かれている危機管理マニュアルを一本化する。共通マニュアルの原案は、即応体制を強化するため、各マニュアルにある形式的な手順を省略する。また、(1)情報を内閣情報集約センターが一元的に集約する、(2)関係省庁の局長級による緊急参集チームを招集し、または官邸対策室を設置する、などとしている。(12)
鳥取県では、全国で初めて独自に策定した住民避難マニュアルが示された。マニュアルは、第三国の「侵略」などの有事を想定し、避難は市町村が主体となり、県はその支援を行うと明記した。自治体と県警、自衛隊、消防などとの役割分担や避難手順などをまとめた。(13)
これらは、何れも行政当局者のためのものであるが、事態発生前後の行政当局が手薄あるいは不在である離島においては、島民自身のためのマニュアルが必要である。その内容としては、たとえば(1)情報提供の要領(手段、内容に1H5Wを含ませることなど)、(2)相互に安全を確かめ合う2人組(buddy system)の確定、(3)避難経路と避難場所の指定、(4)緊急物資の種類とその備蓄位置及び1人当たり配分量、などを徹底することである。
その3. 空港、港湾等の整備と輸送力確保の必要
離島の空港及び港湾は、迅速な住民の避難と本土からの緊急対応部隊の進出に不可欠である。航路及び空路は、島民の生活の命綱であるが、現在のところ航路及び空路の欠航率は高く、採算性も著しく悪い。このため、島民の日常生活の確保及び緊急時の輸送体制を確保するためには、航路及び空路事業者等の自助努力では維持することは不可能であり、ナショナルミニマムの観点からの公的な支援が必要である。
離島振興法第14条では、「島民の生活の利便性の向上、産業の振興等を図るため、海上、航空及び陸上の交通の総合的かつ安定的な確保及びその充実」のために、国及び地方公共団体は特別の配慮を行うことが規定されている。国及び地方公共団体においては、海上及び航空輸送を担う船舶及び機体について、社会資本(交通基盤)であるとの認識のもと、(1)内航海運の強化・育成、(2)離島航路及び空路に就航する船舶・航空機の建造への一層の支援、税制上の優遇処置、(3)離島航路及び空路の維持に係る費用の助成などの支援方策を今後とも検討することになっている。
だが、危機事態発生時には、これらの空港、港湾が破壊あるいは占領されて使用不能になる事態を想定しなければならない。このためには、臨時のヘリポート、LCAC(注4-2)の達着可能な沿岸などを調査して輸送関係地誌の整備を急ぐ必要がある。
また、地方自治体は、こうした緊急時に使用を予定する場所において、平時から警察、海保、自衛隊などの関係機関と共同訓練を行い、円滑な緊急輸送体制を確立しておくことも必要である。
離島の飛行場は、全て第3種空港で設置者及び管理者共に地方公共団体であるが、「直接保全」上重要な空港については、国の所轄大臣が管轄する第2種空港とする必要がある。
その対象として下地島飛行場(注4-3)がある。
小笠原諸島の父島飛行場については、経費上の観点から東京都は設置を断念したが、国レベルの段階で再検討されることが必要である。
(注4-2)LCAC(Landing Craft Air Cushion)
LCACは時速74kmで水面または陸地を約1.4m浮上して疾走し、60tの人員・物資を運搬でき、行動範囲は数百kmにも及ぶ。現在海上自衛隊の大型輸送船「おおすみ」などに搭載されている。
(注4-3)下地島飛行場
所在地 沖縄県宮古郡伊良部町
空港の種別及び等級 第3種空港 A級
滑走路 3.000m×60m
用途 民間機飛行訓練用
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