日本財団 図書館


第2章 離島及びその周辺で予想される危機事態
 
図2-1 外周離島及び周辺海域における危機事態の一例
 
 離島振興法改正会議録に、「経済水域の設定は、国境地域に防衛や国際交流だけでなく、経済活動としても国際的な利害調整の意味を与えることとなった。国境地域に位置する離島は、これまでの意味に加えて、海域の確保、管理上でも重要な拠点としての役割を担う時代となってきている。また、国境離島を中心に、多くの島に思いがけない、しかも離島の力では対処しきれない事態が起こるようになってきている。例えば、不法入国、難破船、油やゴミなどの漂着である」(1)と記述されている。
 上記の会議録は、主として自然災害及び非軍事の人為的事態を想定しているが、将来想定される外周離島及びその周辺海域における危機事態は、図2-1のように極めて多種多様にわたると考えられる。ただし、ここで列挙した危機事態は、これまでに生起したあるいは生起の虞のある代表的な事例を挙げているに過ぎず、我々にとって思いがけない新奇な事態の発生も当然ながら想定しておかねばならない。
 
(1)危機事態の分類
 ここでは、危機事態を軍事と非軍事に区分し、軍事的危機を対称性脅威と非対称性脅威に、非軍事的危機を人為的危機と自然発生的危機とに細分した。また、軍事的危機は、わが国の領域に対して直接行使される場合と朝鮮半島有事や中台紛争といった周辺事態から波及してくる場合に分けられる。
ア. 軍事的危機事態
 対称性脅威とは、通常国家の陸、海、空の正規軍による攻撃、威嚇、示威などであり、具体的にはわが国の領域の軍事占領、航空機あるいはミサイルによる攻撃、シーレーン妨害などが含まれる。したがって脅威は生起した場合、対象国の特定は一般的に容易であり、日米安全保障条約に基づく共同作戦が通常発動される。
 非対称性脅威とは、米国の「国防科学委員会」が1997年10月に作成した超国家的脅威(Transnational threat)への対応に関する最終報告書で初めて使用した用語であり、冷戦時代の脅威とは異なった全く異質の動機乃至は手段を用いて非国家的組織や個人が国家及びその国益に与える脅威である。具体的行為としては、国際テロリズム、麻薬取引、サイバーテロなどの情報戦、大量破壊兵器とその運搬手段の拡散及び組織犯罪を挙げているが、わが国の場合、これらに加えて海賊、浮遊機雷、工作船なども視野に入れる必要がある。これら非対称性脅威に対しては、多くの場合わが国独自で対応することになる。
 ここでわが国の周辺国の軍事状況を観察したとき、将来の軍事的脅威にはいくつかの注意すべき特性が考えられる。その第1は、安全保障を考察する空間が拡大していることである。すなわち、対象範囲は外周離島とEEZを含む広大な領域であり、また軍事的脅威を早期に察知するために収集すべき情報空間は更に拡大して設定することが必要となる。第2は、平時と有事の不分明性である。軍事的脅威は、前述したように様々な形態で生起するが、非対称性脅威の多くは潜行性、漸進性、間歇性といった平時と有事の区分がつけ難い。第3は、対称性脅威と非対称性脅威の複合である。たとえば、国内において非対称性脅威が先行して生起し、国家が当面の脅威に奔命している虚をつくように対称的脅威が突発するなどであり、また、その逆のケースも考えられる。このことは、軍事的にいえば前線(戦闘地域)と後方(非戦闘地域)の区別がつかなくなることであり、防衛機能のみでは国家の安全保障を全うできないことを意味している。
イ. 非軍事的危機事態
 人為的に生起する非軍事的危機事態は、例えば難民、不法入国、外国船による資源調査活動、薬物・銃器の密輸、不法漁業活動、外国官憲による漁船等の拿捕などの意図的な事態と石油・放射性物質の流出事故、船舶の座礁・火災などの偶発的事態に区分されるが、外国船舶の徘徊・漂泊など詳細が当面判然としない事態も起こりえる。
 この意図的に生起する事態は、国家の意思に基づく資源調査活動や漁船等の拿捕の事態、蛇頭(注2-1)などの犯罪組織による密輸、不法入国支援などが現に行われており、これらは対応の如何によっては軍事的事態に変異する虞がある。要するに、事態によっては対応の境界が曖昧であり、海上保安庁、水産庁あるいは法務省といったシビリアンによる対応に限界が生じることもあり得る。
 
(注2-1)蛇頭(スネークヘッド)
 中国から日本や米国等の外国への密入国をビジネスとして行う密航請負組織であり、世界的な規模で広がる人的なネットワークを基盤として、密航者の勧誘・引率・搬送、偽造旅券の調達、不法就労のあっせん等を行っている。
 
 自然発生的危機事態は、離島に直接的に被害を及ぼす地震・津波、火山噴火、感染症などであり、1993年の奥尻島の地震・津波、2000年の三宅島の火山噴火のように事前に予知出来ず、被害が拡大する場合が多い。奥尻島の場合(2)、人的被害は死者172名、行方不明26名、重軽傷者143名、被害総額は約664億円(町予算の10年分以上)におよんだ。三宅島の場合、人的被害は少なかったが降下火山灰の被害のため住民の復帰は今なお難しい状況にある。
 
(2)危機事態の外周離島への影響
 第1章の繰り返しになるが、外周離島は「その安定的存在が領域保全を確実にし、また領域の安定が外周離島の安全に繋がるという両面性(アンビバレンス)」という保全上の特性を有している。この観点から見ると、各危機事態は表2-1のように認識することができる。
 
表2-1 危機事態の離島への影響
 
ア. 住民の生命・財産への直接危機
 軍事的侵攻はその規模、手段方法、対称・非対称性を問わず、また大規模な自然災害及び感染症の蔓延は、離島住民の生命・財産に対する危険度が最大となる。これらの事態は、事前に予知できず多くの場合突発(奇襲)性であり、その上離島の狭小性(狭隘な生活空間)は被害の伝搬を早める。
イ. 離島が孤立する危機
 離島は、本土との隔絶性及び環海性という特性の宿命から船舶、航空機等により本土あるいは隣接する島嶼と随時連接が保障されていることにより経済活動や住民の生活が保たれている。換言すれば、海上及び航空ルートが途絶する事態、すなわち軍事侵攻、近傍のシーレーン妨害は、本土などの安全地帯への迅速な避難を困難にし、また近傍海域における工作船の存在、港湾付近での船舶の座礁、油あるいは放射性物質の流出事故、自然災害などは経済活動や住民の交通に多大の影響を及ぼす。
ウ. 生活基盤を脅かされる危機
 離島の経済は、海洋における漁業とその加工あるいは船舶輸送業務を中心に成立し、多くの消費物資は本土からの移入に頼っている。従って殆どの危機事態は期間の長短あるいは程度に差異があるものの離島の生活基盤に支障を来すことになる。
エ. 離島の保全確保により回避・抑止・排除が容易な危機
 北日本及び日本海に所在する島並びに南西諸島は、殆どが外周離島であり、面積も比較的大きい有人島である。また、地政学的に大陸に近接しているため、多くの危機事態に直面している。わが国の領域が安定的に保全されれば、離島の保全も当然確保されるが、他方、離島特に外周離島の保全が確保される場合には、その周辺領域の安定に寄与することになる。すなわち、離島の安定と危機事態への即応体制の維持は、軍事的危機あるいは意図的に行われる人為的危機は回避あるいは抑止され、また危機事態の発生に伴い迅速な対応を可能にし、その排除を容易にするといえる。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION