第4章 提言:離島保全のあり方
離島は我が国の領域、排他的経済水域等の保全、海洋資源の利用、自然環境の保全等に重要な役割を担っている(離島振興法第2条)が、本土から離隔して広大な海域に点在するため孤立しやすく、空間的、物質的に持久・抗堪性に欠ける。また、大陸に近く、非連続的に国境線を形成しているため、外部勢力からの危機を突発的に蒙りやすい反面、多くの有人島が存在するため警察、海上保安庁あるいは自衛隊といった対処機関を予め配置することが難しい。
このような特性がある離島の保全は、軍事、非軍事を問わず離島に対する直接的な危機から領土を保全し、また島民の生命、財産を保護する(以下、「直接保全」という)ことと、周辺海域あるいは隣接する離島における危機から漁業や観光等の生活基盤を確保し、島民の心理的不安を除去し、本土との交通通信を維持するための間接保全、即ち国家としての領域全般の保全(以下、「領域警備」という)という両面からの対応が不可欠となる。これらの保全を全うするためには、
(1)法制整備、特に国際法/慣習に基づく沿岸国としての権利の行使
(2)空白のない連続的な保全体制の確立
(3)一元的指揮統制と省庁間協力(Interagency)の明確化
(4)情報通信システムの確保
(5)即応態勢(Readiness)の維持
(6)民間力の活用
(7)装備(特に情報、通信、輸送)の充実
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などの前章までに強調した視点が重要であり、以下、国家としての全般的な措置事項、直接保全及び領域警備に区分し、離島保全の基本的あり方について考察する。
1. 国家としての全般的措置事項についての提言1
国家としての早急に措置すべき事項は、総合的な緊急事態法制の整備特に武器使用のあり方、情報通信システムの改革、省庁間協力の確立及び関連装備の近代化が基本と考える。これらについては、最近一部法改正が行われ、防衛庁、海上保安庁などが具体的施策を講じ、また自民党の危機管理プロジェクト・チームあるいはマスコミなどが将来のあり方を検討し始めている。本節では、これらの措置では不足あるいは欠落している点を含み、基本的に重要と思われる事項について述べる。
その1:法制整備の必要
ア. 総合法制整備の必要
ドイツ、米国、韓国及びスウェーデンの緊急事態における法整備状況は次の通りである。(1)
○ドイツ
政府による権限濫用を防止するため、原則的には政府の措置を立法・司法の統制下に置く。基本法(憲法)には、円滑に対処態勢を確立できるよう、脅威の度合い・内容に応じて事態が細分化され、それぞれの事態ごとに議会が行う事態の認定の要件、政府がとり得る非常措置の発動の内容などが明示されている。
その非常措置の発動と連動した個別の法制としては、任務遂行にあたっての法的な規制緩和のため道路交通規制法、航空法・航空交通法などがあり、特例措置や適用除外が定められている。また、民間人の保護や国家防衛のための役務の義務付けが、基本法、食糧確保法、エネルギー安定法、郵便・通信確保法などに規定されている。
○米国
米国憲法では、緊急事態においては大統領に対し包括的な権限が付与される。議会による大統領の緊急権限に対する抑制的な試みとして、大統領が海外への軍隊投入に際しての条件・手続を定めた「戦争権限法」と、大統領が緊急事態を宣言する際の手続を定めた「国家緊急事態法」が定められている。
○韓国
大統領は、緊急事態において、戒厳の宣布、緊急命令権、緊急財政処置などの権限を有する。大統領がこのような権限を発動した場合、遅滞なく国会に報告し、その承認を得る。また、大統領は緊急事態の認定を行うが、米韓連合司令官は、脅威の程度に従い緊急警戒体制を発令することができる。
個別の法制については、防衛要素を統合し指揮体制を一元化して国家を防衛するため、組織の設置、事態の区分、政府・自治体の権限などを規定した「統合防衛法」、住民の生命・財産の保護のため、住民が遂行すべき防空・防災及び軍事作戦上必要な支援などを規定した「民防衛(民間防衛)基本法」、非常時に人的・物的資源を効率的に活用するための「非常対備資源管理法」、土地、物資、施設の徴発とその補償に関する「徴発法」、兵役の義務に関する「兵役法」などがある。
○スウェーデン
スウェーデンの国防は、軍事防衛を中心とし、これに市民防衛(人命の保護・救護)、経済防衛(必要な物資の供給の確保)、心理防衛(国民の国防意識の高揚)などを一体化した全体防衛という思想が流れている。全体防衛体制の特徴は、(1)国民の責任が明確にされていること、(2)国防に関する広汎な法制が整備されていること、(3)民間防衛の体制・態勢が整っていること、などである。広汎な法制には、地方行政、司法、警察、通信、郵便、輸送、捕虜の取扱いなどが整備されている。
一方、わが国は、防災、周辺事態、対テロあるいは2003.6に成立した武力事態など危機事態別の個別の法制は整備されてきているが、国家としての総合的な安全保障に係わる基本法制は存在しない。第2章(予想される危機事態)で述べたように、国家の安全に係わる危機事態は広範多岐に亘り、その特性は突発性、その後の推移の不透明性、複合化の危険性などである。したがって、対応に当たっては国家としての総合性、即応性が不可欠であり、安全保障に関する総合的な基本法が必要となる。
また、法案整備に当たっては、平時の感覚で立案するのではなく、有事における緊急性を念頭に、専門家を交えた検討を行い、実効性を高めねばならない。
イ. 国境警備法の整備の必要
わが国には、国境警備に係わる法制は存在しない。本章第3節「領域警備」に紹介するように、たとえば米、英、韓国及びロシアの各国の領域警備における対応は、国内法に基づき極めて厳格に行われる。離島における自然災害を除く全ての危機事態は、即ち国境警備事態であり、その対応は「国際海洋法に基づく沿岸国の権限」をいかに守るかということが基本となる。
本土周辺に点在する離島は、領海と接続水域を含めて僅か24海里の空間的余裕を持つに過ぎず、その多くは本土あるいは隣接する島嶼から隔絶している。また、外国の船舶が往来する国際海峡を形成する島嶼、また大陸棚の近傍に所在する島嶼も存在する。こうしたことから、200海里に及ぶ排他的経済水域を離島保全対処に当たっての空間的バッファー・ゾーン(緩衝地帯)として活用することが肝要であり、不審な動向を示す外国船舶、航空機に対し国際法に基づき機敏に対応できる国境警備法の整備が望まれる。
ウ. 武器使用の権限の緩和、拡大と部隊等の行動規準の必要
(ア)権限の緩和、拡大の必要
関連する国内法の「武器使用」は、危害許容要件を極めて抑制的に定めている警職法中心であるが、列国同様に国際法規・慣例に従った実力行使を可能にすることが重要である。
領海外は、正当防衛などを除き、相手の船員に危害を加えることが禁止されているが、「停船命令を無視し続ける」などの違法行為が明確であれば、公海上での武器使用を可能とする必要がある。
また、自衛隊による武器使用の権限は、組織集団を指揮統率する各級指揮官に付与されるべきであり、直ちに一括して改正されねばならない。たとえば、2003.6に成立した「武力事態法」に基づき、離島等に事前展開した場合の武器使用の権限は、テロや武装集団の行動を未然防止(抑止)あるいは初動において封殺できるように改める。防衛庁が武装ゲリラ対策として最近新編した専門部隊や離島防衛部隊は、ゲリラに対する武器使用の法的根拠を持たせること、などが一例である。
(イ)部隊等の行動規準(ROE)(2)の必要
千変万化する危機状況に対して国家の主権を守り、部隊等の安全を確保するには、事態及び情勢の推移に応じた部隊等の行動規準(防衛庁用語、一般的には交戦規定(Rules of Engagement: ROE))が必要である。部隊の行動を政府方針に合致させる一方で、指揮官の負担を軽減し、部隊の暴走や紛争拡大を防ぎ、シビリアンコントロールを担保する意味合いもある。交戦規定が存在しない軍隊は世界には殆ど無く、国連にも交戦・武器使用規定があり、威嚇射撃はもとより相手の攻撃前でも先制使用を認めている。その基本は、「国際法規・慣例」に準拠することに尽きる。国際法と国際慣習による武力行使とは、戦時法規の基本理念である「交戦者平等の原則」などの諸権利の行使である。
ROEを検討するにあたっては、憲法上、文民統制の徹底と国民の権利の保護を図るとともに、国際法規や確立された国際慣習との関係、武器の使用にあたっての責任の所在、警察比例の原則等も含めて検討する必要がある。
サッチャー元英国首相は、「交戦規定とは、その範囲でなら軍が自らの裁量で作戦上の決定を下してよいという枠組みを、政治家が承認する手段である。それは、特定の軍事作戦の遂行目的を達成させるものでなければならない」と解説している。
米国は「国家指揮当局(NCA)や統合参謀本部が、統合軍や特定軍の指揮官に発する規則で部隊が遭遇した状況に応じて、交戦の限界を詳述するもの」としている。NATO諸国も、軍隊の活動を適切に律する基準として既に保有している。わが国でもこうした基準の必要性はかねてから指摘されてきたが、ROEが一般に交戦規定と訳されるため、軍事色が強い分野だとして、政府や国会でもその必要性を認めながら策定に躊躇しているのは残念なことである。
その2. 情報通信ネットワーク整備の必要
政府、各省庁、関係自治体あるいは現場において、危機事態に的確に即応するには、適時に適切な情報が収集、処理、使用されねばならない。また、離島における危機事態は、地域住民が直接発見する場合が多いので、主要な外周離島を情報収集拠点として、情報収集、連絡並びに住民の協力を得られる体制を確立し、他方、政府あるいは関係自治体からの適時・適切な情報開示は、住民の安全確保にとって重要である。
ア. 中央システム(3)確立の必要
危機管理は、平素から未然防止策を講ずるとともに、生起した場合に迅速的確に対処することを要請される。したがって、整備する情報通信システムは、中央から現場まで、協力関係を含めて、それぞれのレベルにおいて情報が最大限に共有されるシステムでなければならない。すなわち、政府全体として情報を総合的に評価するには、関係省庁のほか関係自治体、できれば産業、経済、金融、交通等の重要インフラを含めた総合的、組織的かつ効率的な情報活動を可能にすることが重要である。骨幹となる情報通信インフラは、たとえば図4-1のように内閣の危機管理センターを核としたネットワークを構成することにより達成できる。
すなわち、外務省、防衛庁、警察庁、内閣情報調査室、公安調査庁など安全保障に係わる各省庁は、横の連携を平時より密にし、内閣情報調査室及び内閣安全保障・危機管理室を中心として連携を強化することが重要である。
なお、情報システムが一元的かつ効果的に機能するには、宇宙システムから個々の人間(humint)に至る多様な情報センサーの整備と通信特に宇宙通信と無線周波数の適切な配当が重要となる。
図4-1 危機管理情報通信システムの一例
イ. 警報システム整備の必要
米国の国土安全保障省が担当する「国土安全保障警報システム」(4)は、連邦行政省庁、州、地方行政庁、民間部門と緊密な連携が図り、テロの危険性に関する五段階、五色表示の警報(Advice)を提供する。国民は、各警報段階に応じ、それぞれの立場に応じた防御態勢を整える。例えば、可能度最大(Severe(赤色))は、テロ攻撃の可能性が極めて高いと予測されるとき発令され、緊急事態の対応に見合うよう要員の増強・再配置、特殊訓練チームの配置、輸送システムの監視、変更、制限、公共施設・政府施設の閉鎖等が行われる。
住民の安全と住民から期待する協力は、政府が積極的に情報を開示し、住民として必要な対応を告示することにより促進される。このことは、離島保全においては特に重要であり、危機事態にあって孤立感を強める住民の不安感を払拭できる。
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