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どんどん変わる日本
 東京財団の宣伝をして、すみませんでした。それでは、今日の本論に戻ります。
 『5年後こうなる』という本を今年(二〇〇三年)一月に出しました。文字通り、五年後はこうなるだろうと大づかみなことを書きました。それから半年たち、その間に私のネタはまた増えてしまいました。そこで、この半年間に入ってきたネタの話をしたいと思います。
 
 
 塩川正十郎財務大臣が「これ、おもろいやないか。日下はん、一〇〇冊回してくれや」と買ってくださって、方々へ配ってくれました。それから麻生太郎さんも三〇冊買って、政調会長ですからお役所の人が来ると一冊渡し、これを読んだ感想を書いて持ってこいというのをやってみたそうです。すると麻生さんは「私は役人を見直した」と言う。今までは軽べつしていたのでしょうか(笑)、それはともかく、「お役所の人はみんな同じだと思っていたが、感想を書かせたら、一人一人違う感想が出てきた。だから、役人を十把一からげに見ていたのは間違いだった」と言っていました。
 言い換えれば、一人一人の考えていることが出てこないお役所のシステムがいけないわけです。局で縛っていたり、省や官で縛っている。縛られた枠内でやっているのを、壊していけば一人一人は優秀だという教訓でもあります。
 これまで本を書いても、政策当局者からそういうふうに言われたことはなかった。政策提言に官邸へ行ってペーパーを渡しますと、「ありがとう。これをしっかり読んでやります」と言うが、あとはそれをポンと横に置いて、「ところで世の中はどう?」と雑談になってしまう。そんな感じだったのですが、ちょっと様子が変わったと思います。では、なぜ変わったのか。どのように変わったのか。そのようなことも織り交ぜて話を進めます。
 さて、この半年の間になにがあったかと言えば、株価がとうとう九〇〇〇円まで戻ってきました。その理由は、やっぱり業績が良いからですね。黒字の会社が増えてきたからです。
 ですから「赤字の会社ばかり見るな、黒字の会社を見ろ」とかねてより言っているのですが、そこから先は「なぜ黒字なのか」ということです。本物の実力で売上増大による黒字の会社は一〇年前より株価が高いが、それが六〇社ぐらいある。もう一つはムダを削った効果で、とりあえず黒字になったところです。
 いろいろありますが、どちらにせよ入替えが進んでいるわけで、平均株価だけでなく、伸びていく会社は伸びているということに注意してください。しばらくすれば、そちらが全体を占めるようになるわけですから、日本経済の前途はこういう会社のおかげで明るいのであって、明るい方を見ようではないか、とかねてより思っています。
 
職人流出を止める新しい動き
 トヨタ自動車の偉い人たちが話しているのを聞いた、という人から次のような話を聞きました。一年前ですが、トヨタ自動車はこれから画期的な自動車を出す。世界中どのメーカーもつくれないような自動車を出して、世界を制覇する。そのために、すべての精度を二桁上げる。そうすれば誰も真似ができないだろう。
 そう教えてくれた人に先日会いましたので、一年経ってどうなったかと聞いたら、「それは着々と進んでいる。最近はさらにこんなことを言っている」と教えてくれました。銀行の貸しはがしと空洞化現象で、熟練した職人がどんどん減っている。これは国家的損失である。トヨタは幸い利益が一兆円もあるのだから、それを投じて職人の国外流出を止めることにする。特徴ある中小企業の倒産を防ぐことにした。そのために金を使う、という相談をしていたそうです。
 そういう動きが出てきたことに新しさを感じました。日本には優秀な職人がいて、優秀な精密機械がある。日本人は機械に凝りますから、一見おんぼろの裏長屋のような町工場が、二〇億円、三〇億円を投じて世界最高の機械をスイスから買ったりする。ところがそういう金を貸していた銀行が「返せ」と言い始めた。急には返しようがない、というところにハゲタカファンドがつけ込む。
 「ではトヨタが代わりに資金を出そう」となってきたのは、注目すべき新しい動きだと思います。
 政策投資銀行は、こういうことにお金を使ってもらいたいものです。先日新聞を読んでいると、政策投資銀行はマンガ家に金を貸すと言っている。『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞をとったら、「金を貸す、奨励する」と言い出した。アメリカが褒めるならやろうとは、自立の精神に欠けています。先行性がありません。今頃始めるとは韓国より遅れています。それから、その金をもらって喜ぶようなマンガ家はきっと滅びます。政策投資銀行融資つきのマンガなんて面白いはずがない。
 似たような例を挙げれば、この前大阪で講演をしてきました。大阪には文楽があります。だんだん苦しくなってきたので、文科省が補助を始めました。すると文楽関係者一同、文科省補助つきと言われ、中には人間国宝になった人もいる。それは良いが、地方へ行くには「グリーン車でないと行かんぞ」とか言う人が現れる。それを許すとしても、芸が良くなっているかどうかが問題です。
 私の母は文楽が好きで、自分の着物を文楽に寄附していました。人形に着せるのですが、そのように皆が支えていたし、それを受けとって芸に励んでいた。ところが今は、お金は文科省から来る。「客は感心して見ていろ」と威張ってしまったらもう終わりです。同じことがマンガ、アニメに起こらないかどうか、政策投資に当たる人は考えてほしいものです。
 それはともかく、日本には優れた職人芸があり、職人以外の日本人にもその芸や技を尊重し、自分も万事何事にも心を込めて働くという気持ちがあります。これがなくなってきたことは本当に国難来たるだと思っていましたので、今回のトヨタの新しい動きは立派だと褒めたいのです。







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