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[五]建鼓の「虎」、西王母と「宇宙山」・・・
■さて次に宇宙の中心軸となる建鼓の心柱、その根元に座る「虎」に注目して、この虎の由来を調べてみましょう。虎と柱、華蓋や鳥との関係も浮かびあがって見えはじめます。
 これらはじつは、古代中国の「西王母信仰」や、中国の宇宙山である「崑崙山」のイメージに結びつくものです。建鼓の姿が、じつは山であった・・・という話につながってゆきます。
■さきほど見た、人面双虎の怪獣が支える建鼓の図です→(12)(13)。形を整えた美しい建鼓。その上の方に眼を移すと、天上界の宮殿には一対の神が座っています。向かって左が「西王母」、右が「東王父」の姿です。西王母に対する信仰、天上界や仙人たちの世界を支配するこの女性神への信仰は中国古来のものでした。
■西王母は、不老不死の力をもつ女神だと信じられています。中央の天蓋の下に座っているのが西王母です。これは、漢代の画像磚です→(30)。よく見ると西王母は、龍と虎を両側に従えた台座の上に座しています。虎の前には九尾の狐、下には兎や蟾蜍(せんじょ)らしきもの、左側には三本足の烏・・・などが、西王母を囲んで現われています。
 兎が捧げる霊芝は、千年もの寿命を延ばすもの。ヒキガエルは、死と再生を繰り返す不死のシンボルでした。三足の足は西王母の食料を探してくる使者であり、九尾の狐は瑞祥の象徴だとされる獣です。西王母と縁の深い霊獣や獣たちが、西王母が秘めるただならぬ力を語っています。
■西王母が、曲がりうねる高い台座の上に座っています→(31)。その下で兎や蟾蜍が不老不死の薬を搗き、霊妙な薬を作っている。羽をもつ精霊神が周囲を囲み、薬草らしきものを捧げています。西王母は「不老不死の妙薬」を作りだす。仙人や、再生を願う死者を統轄する女神であったのです。
■漢代の画像石の中には、西王母、東王父が山頂に座す姿を描くものがあります→(34)。左が西王母、右が東王父です。三本の柱が山文字を形づくっている。東王父の下には巨大な龍が、西王母の下には巨大な虎が絡みつく。西王母は西の極地に聳える宇宙山、崑崙山と呼ばれる山の上に住み、神仙や全世界を統べる女神であった。東の聖山の山頂に住む東父王と対をなす存在です。
■西王母を支えるものは、「崑崙山」の山容です。「崑崙」は「混沌」に通ずる・・・といわれています。混沌、つまりカオスとは、古代中国の宇宙観の根源をなすことばです。その混沌が宇宙山の姿になったという。漢の時代には、西王母と崑崙山の結びつきが定着します。
 ここに現われたものは、漢代に流行した「博山爐」と呼ばれる香爐です→(32)。下がくびれ、上にふくらむという奇妙な形をしている。この形は、崑崙山を模すものだといわれている。建鼓の外形にもよく似ています。この香爐は山の形をしたフタにあけられた小さな穴から、香の煙が立ちのぼる。香りたった煙が、霊山を囲む雲の動きに見立てられます。
■画像石の中には、建鼓の華蓋として、博山爐のようなものを載せた建鼓の図像が存在しています。建鼓と崑崙山の深い結びつきを物語るものだと思います。
 
(30)
―龍と虎の上に座す西王母と九尾の狐、三足鳥とヒキガエル、兎たち。漢代の画像石。
 
(31)
―曲がりくねる崑崙山上に座す西王母。画像石による。
 
(32)―中国・漢代愛用された香爐、博山爐。
 
■中国では崑崙山は古代から、天と地をつないで聳えたつ山、宇宙山とされた霊山です。その位置や形については諸説があり、一定していません。「西の彼方にあり」「高さは一万一千里」「天上の皇帝の都」である・・・などといわれていました。
 崑崙山は三つの層からなる。下から上へ、それぞれの層に達すれば神秘的な能力を一つずつ授かり、頂上まで登れば天上世界に到達しうる。天の皇帝とともにあり、不老不死をうることができる・・・と説かれています。呪術師たちが天に向かって昇り降りする柱、天の梯子のような山であり、不老不死の実現を願う人びとによって崇められた、「天地の臍」となる霊山であったのです。
■「陸吾」と呼ばれる神が、この崑崙山を守護するという。「虎の身体で九つの尾をもっている。だが人の顔をして、虎の爪を生やす」という。この記述から、前にみた漢の時代の画像石に刻まれていた人面をもつ建鼓を支える虎の姿が思い出されます。
 この陸吾という虎の名を、憶えておいていただきたいと思います。
■これは、韓国の民画が描きだす「山の神」の図です→(33)。陸吾とおぼしき霊獣が、山の神の脇におとなしく侍っています。彼方には崑崙山の山頂が見え、いままさに日の出の光に輝こうとしています。
■陸吾の「吾」という文字のもとになる古代の「五」の文字は、甲骨文ではこのような形で記されています→(35)。これは器の蓋の形、交叉する木でつくられた蓋の形だといわれています。×(バツ)印には、「護る」という強い力が秘められています。「吾」は(サイ)の上に×を乗せた形ですが、ときに×を二つ重ねることで、魔を除け、邪を近づけぬ、さらに強い力が強調されています。
 「陸吾」という名前には、「地上」にいて強力に「護る」もの・・・という強い意味が込められていたのではないでしょうか。







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