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[二]虎が支える心柱。三世界を垂直に貫く・・・
■まず、古代に描かれた、建鼓の図を眺めてみましょう。中国の東晋の時代、五世紀ごろの「洛神賦図」という絵巻に、幻想的な建鼓の姿が登場します→(8)。これは宋の時代の模本です。神韻縹渺たる山や野を背景にして、まるで空中に浮游するかのように建鼓が現われている。その深遠な打音が山野にこだまし、神仙や川の女神たちの霊を呼び醒ます。
■打ち鳴らされた太鼓の響きに乗せて、四方へと伸びる細い飾りがひらひらとはためく。「羽葆(うほ)」と呼ばれる飾りです。鳥の羽を連ねたものだといわれています。中国の清代の建鼓、韓国の建鼓で重く垂れ下がっていた流蘇が、古代の建鼓でははためく飾り、羽葆であったことが判ります。太鼓の頂上には白鷺か、あるいは鶴が止まっている。
 もう一つの洛神賦図、元の時代の模本があります→(9)。龍車に乗る神がみ。その巡行をはじめとし、より幻想的な場面が残されています。この図にも建鼓が登場します。
■そこで二つの建鼓を並べてみましょう。頂上には白い鳥。だが華蓋の形にやや相違が見られます。ふわりと風になびく羽葆。雨だれのように垂れ下がる流蘇。心柱を支える台を見ると、左側の簡略化された形は、右側の虎に由来するものだということが判ります。
■少し時代を遡ると、数多くの建鼓の姿が漢の時代の「画像石」に描かれています→(10)(11)。
 画像石とは、漢代の墓壁を形づくるレンガに刻まれた画像です。ほぼ二千年前の建鼓の姿が刻まれている。
 雑伎、つまりサーカスの一団や音楽を奏でる楽人に賑やかに囲まれて、建鼓が打ち鳴らされる。太鼓の上には二段の飾り「華蓋」があり、大きな鳥がその上に止まる。華蓋は、天界を象徴する飾りもの。枝を伸ばし、「流蘇」を華麗になびかせている。これは、よく知られた画像石です。
■別の画像石の建鼓を見ると、羽葆がゆらゆらと左右に伸びて、その先端に鳥の頭らしきものが現われています→(15)(16)。
 さらに自由に伸びてゆく羽葆もあります。
 このような建鼓の図を見ると、羽葆はまさに、鳥そのものであるとも見てとれます。
■もう一つの画像石を見ると、建鼓を支える心柱、天に向かう心柱は、猛だけしい虎に支えられています→(12)(13)。不思議な虎です。頭が一つ、だが左右に分かれた二つの胴体をもっている。これは「人面双虎」と呼ばれる怪獣です。左右対称の身体は、古代の青銅器の饕餮文を連想させます→(14)。人面双虎は、精霊の力をもつ獣でしょうか。叩き手が打つ建鼓の響きに妖しい力をあたえているようです。
 柱の先端は半円状の「華蓋」となって、花のように開いている。華蓋の上には、天界の神がみを喜ばせるサーカスを奉納する童子が現われている。
■ところでこの画像石の全体を見てみると、虎の頭のあたりに一本の左右に伸びた水平線が引かれ、さらにもう一本、建鼓の天蓋のあたりにも水平線が見いだされます。
 二本の水平線は、垂直に伸びたつ建鼓がじつは三つの層を貫いていることを暗示するものです。いちばん下の層には音楽を奏でる楽人たちが並んでいる。中間の層には、超絶的な技を見せる雑伎の芸人や、精霊神とおぼしきものの姿が見える。最上層には宮殿の屋根が現われ、建鼓の左右に座す男女の神と武官が並んでいます。
 建鼓の左右に座す神は、天上界の仙人を統轄する「西王母」と「東王父」です。この二体の神については、後で説明します。
■さてこのように見てくると、建鼓の中心を貫く一本の心柱は、世界をも貫いている。地下・地上界――さらに空中界――そして天上界。この三世界を結ぶ宇宙軸だということが読みとれます。地下・地上界とは霊獣、楽人たち、そして私たちが住む世界です。空中界は、サーカスや精霊神たちの世界。天上界は神がみの世界です。
 建鼓の心柱は、地下から天上界にいたる三つの世界を貫いて聳えたつ。建鼓の鼓面、空中に浮く鼓面は天上界の響き、つまり神がみの意志を人に伝える。ときに地上界の祈りを天に伝えるために打ち鳴らされる。天地、自然、人、精霊を活気づける響きを放つ・・・。このようなことが分かると思います。
 
(8)―「洛神賦図」(もとは東晋の顧之(こがいし)の制作になるもの。
 これは宋代の模本に描かれた、幻想的な建鼓の姿。「洛神賦図」は魏の曹植(そうち)が記した「洛神賦」を絵画化したもの。神話的幻想の中で、河の精となった美女(洛神)との交情、邂逅と別離を詠いあげた。
 
(9)―もう一つの「洛神賦図」(模本)に描かれた建鼓。形がやや複雑化している。
 
(10)(11)―画像石が描きだす祝祭の情景。
 
 
―人面双虎の怪獣に支えられ、三世界を貫いて天上界にその姿を伸ばす、建鼓。
 
 その鼓胴を渦巻く文様で飾り、上方には風にはためく鳥の姿をした長い羽葆をなびかせる。柱の頂点に飾られた華蓋の上に雑伎の童子が乗る。天上界には、西王母と東王父が並びあう。山東省両城像石。







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