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刊行によせて
 当財団では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇交付金による日本財団の助成金を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その一環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
 
 本書は、社団法人日本中小型造船工業会及び日本貿易振興機構が共同で運営しているジェトロ・パリ・センター船舶部のご協力を得て実施した「欧州の国家造船業を支援するEUの諸政策」の調査結果をとりまとめたものです。
 関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
 
2004年2月
財団法人 シップ・アンド・オーシャン財団
 
はじめに
 世界の造船業は、プレステージ号事故によるシングルハルタンカーのフェージングアウト前倒しやバルクキャリヤーの安全問題等を背景に、一定の受注量を確保しているが、今後は、韓国との競争激化や中国等の新興造船国の設備拡張と需要の減退に伴い、大幅な需給不均衡が長期に渡り発生すると予測されている。
 このような市場環境にありながら、依然として公正な競争のための世界的な規律が未整備であることから、各国の政府助成等により造船市場の歪曲化は深刻となりつつあり、中小造船業では、利益なき繁忙の状態の下で企業体力を疲弊しつつある。
 欧州は韓国の破綻造船所に対する救済措置がWTO補助金協定に抵触するとして、これまで二国間協議を続けてきたが、ついに合意には至らず、2002年10月にWTO提訴に踏み切った。また、WTOの裁定が下されるまでの暫定措置とは言いながら、韓国へ対抗するため、政府による造船所への直接船価助成を復活させた。
 一方、OECDにおいて1994年に造船協定が策定されたが、米国が批准する可能性が極めて低いことから、2002年12月に新たに公正な競争規律の構築に向けた特別交渉が開始された。新たな協定交渉における議論の中心は、各国の助成規律と加害的廉売規律の設定にある。
 政府造船助成制度は、これまでも各国様々な形態が存在し、現在も頻繁に変化している。また、造船所に間接的に寄与する制度等は、他国からは非常に判り難い状況にある。例えば、海運会社への助成でありながら間接的に造船所に利益が供与されるものや、業種横断的な破綻企業の整理のための助成でありながら、再建後も全く建造能力の削減がなされず、他国に悪影響を及ぼすもの等である。
 本調査は、このような情報量の比較的少ない欧州の造船業における各国の直接・間接の助成制度の実態を調査し、我が国造船業にとって不利益をもたらす各国の政府助成の廃止をめざすものである。
 なお、現在行われているOECDにおける政府間の新造船協定交渉では、政府のみならず造船事業者の団体にも参加が認められており、本調査の成果を利用して、我が国中小造船業の立場を反映した適切な協定としていくこととしている。
 
ジェトロ・パリ・センター船舶部
(社団法人日本中小型造船工業会共同事務所)
ディレクター 芳鐘 功
 
調査主旨の概要
 EU(European Union: 欧州連合)の諸条約は「欧州単一市場」の確立を基本目的の一つとする。この単一市場はEU内における物、人、サービス及び資本の自由な流通を原則とする。EU条約の競争法は単一市場の円滑な機能維持を目標として加盟国による国家援助措置(国家援助)を厳しく規制・管理するものである。
 
 特定の産業部門のみならず特定の事業に対して与えられる援助はいかなる形のものといえども欧州委員会に申請され、委員会の承認を得ることが義務付けられている。援助が競争法令に違反するか否かを決定する権限を持つ唯一の機関が欧州委員会である。この任務を遂行するために委員会は国家援助に関する幾つかのガイドラインを発行しており、これらが助成の合法性を評議するにあたって加盟国及び委員会が従う具体的な指針となる。
 
 より具体的には、造船への国家援助に関するEUの政策は造船部門を対象とした固有の法令によって統制されてきており、これらは過去10年から15年にわたって盛んに見直され協議されてきた。造船に対する国家援助の原則は1998年に至るまで長年、比較的変わらないままであった。助成の上限調整が毎年行われたのみで、大抵の場合、それは下降傾向であった。しかし、1998年6月29日にEU理事会が規則1540/98を制定することによって新しい方針が打ち出された。
 
 規則1540/98の導入によってそれまで各国政府が欧州の造船所に提供を許されていた造船契約に対する巨大な船価助成が廃止されたことが大きな変革をもたらした。同時に新しい規則は国家援助に関するEUの水平ガイドライン(閉鎖やリストラ援助、技術革新のための投資援助、地域援助、環境保護援助並びに研究開発援助)に対する姿勢を見直し、これらが造船業においてどのように解釈されるべきかを検討した。
 
 欧州委員会は2003年末までに規則1540/98の改正を予定している。大きな改革は予想されていないものの、今後の国際交渉におけるEUの援助政策を検討する際に念頭に置く必要がある。
 
 2000年以降、韓国の造船業との摩擦が造船政策に関するEUの姿勢に影響を与えて来た。2002年6月に欧州の産業相たちは造船契約の助成に関する臨時の新規則を導入、加盟国は必要に応じてこれらの規則を適用することが可能となった。しかし、これらは最高限度額6%までと決められ、時期も2004年の3月31日までに限定された。また、これらの新規則は当初、一部の船型に限られていたが、その後液化天然ガス運搬船の新造船契約も含まれるようになった。一方、韓国に対するクレームはWTO(World Trade Organization: 世界貿易機構)で取り上げられている。
 
 現時点ではドイツ、オランダ、デンマーク並びにフランスがこれらの方針に従って既に新しい国家援助措置を実施しているが、他のEU造船国やノルウェーも同様の臨時措置の導入を予定している。
 
 現システムでは造船業特有の垂直ガイドラインと地域開発や環境保護、産業リストラ、研究開発や(より限定された形で)中小企業(SME)推進等に対する国家援助を規制する水平ガイドラインの両者が共存している。このため、欧州の造船所が受ける援助のうち、造船業固有のEU規制に基づく国家援助により「総括的な」EU規制に基づく援助との間の類別が難しい状況となっている。参考資料として概要を表にしたものを当調査の文末に添付する。
 
 しかし、当調査結果によるとEUでは他の産業に比べ、造船に対する国家援助は必要度が低いと見なされている。国によって適用されている援助の種類は異なるが(イタリアでは地域開発援助、スペインやオランダではリストラ援助、ドイツでは技術革新と研究開発への援助)、全体的な傾向として造船援助は削減方向である。これは造船への国家援助を世界的に減らそうとする方向性と合致するものであると同時に、造船業を統制する国家援助制度をEU内部市場の他の産業部門と同レベルに調整しようとする規則1540/98の方向性とも合致する。
 
 この全体傾向を反映して、特にポーランドはEUの現行の規制に合わせる調整を急速に進めているし、マルタも一部に過渡期の規則を適用しながらも歩調を合わせている。
 
 当調査の目的はEU加盟国、ノルウェー並びに一部のEU新規加盟国において合法的に認められる援助のさまざまな種類とカテゴリーの目録を作成することにある。このような援助措置の導入の決定とそれらに充てられる予算額は最終的には各国政府の裁量に任せられる。当調査はEU加盟国が認可申請している国家援助の制度や事例を系統的に調査することによってこれらの措置がどの程度まで、そして誰によって運用されているかを明らかにしようとする。
 
 当調査はOECD(Organization for Economic Cooperation and Development: 経済協力開発機構)で進行中の交渉を検討するにあたって、EUで実施されている援助措置を明確にする手助けとなるはずである。また、当調査はEUの造船援助措置を韓国が起草した援助措置の分類案に即して類別することができるかを検討することを目標とする。しかし、EUの援助カテゴリーはEUの政策目標と連結しているものであり、必ずしも韓国の分類と符合するものではない。援助措置の分類は必ずしも同じ援助カテゴリーを共有しない者同士の交渉の結果、決められるものであることを強調しておく必要がある。EUの支援措置を韓国草案の分類法にあてはめようとする作業は政治的・法的な困難を伴うものであることを念頭に置かねばならない。
 
 最後に、加盟国が自国の造船所保護を目的に国家援助制度を濫用したり非合法な援助を行っている事例の有無やその程度についてはこの調査の範囲の及ぶところではない。しかし、造船部門においてEU加盟国の間で対立関係が複雑に絡み合い非合法援助の疑いも訴えられていることは事実である。最近では特にスペインの造船所に対する訴えが目立つ。これは認可されている水平国家援助の中には複数の解釈を許すものがあることにも関係する。造船助成に関する今後のOECD交渉の中でもこのような解釈の曖昧性を減らすことが大きな課題として取り上げられるべきである。
 
序章:EU競争法における国家助成の原則
EC競争法の基本原則
 EUの諸条約は欧州単一市場の確立を基本目的の一つとする。この単一市場はEU内における物、人、サービス及び資本の自由な流通に基づく。EU条約の競争法は単一市場の円滑な機能を維持するために加盟国による国家援助措置(国家援助)を厳しく制限・管理するものである。
 
EC条約1の条項87(1)は以下のように規定している:
 「加盟国政府による援助或いはいかなる形といえども国家資産を利用した援助が特定の事業や特定の商品の生産に有利な条件を与えることによって競争を歪曲するか歪曲する恐れのある場合、その援助は加盟国間の取引きに影響を及ぼすがゆえに、市場統合の理念に反するものと見なされる。」
 
EC条約が認可する適用免除の援助
 しかし、欧州委員会は条項87(3)に基づいて一部の援助に関して競争法の適用免除を認めている。この条項は、厳しい条件を満たした場合、以下の援助は単一市場の理念に適合すると見なされるかもしれないと規定:
(a)低開発地域の経済発展を推進する援助
(b)欧州諸国共通の利害に関する重要な事業の達成を推進する援助または一加盟国の深刻な経済困難を救済するためのもの
(c)特定の経済活動や経済地域の開発を促し、かつ加盟国共通の利害に反するような形で取引きに悪影響を与えない援助
(d)文化や遺産保護を推進し、かつ加盟国共通の利害に反するような形でEU内の取引きや競争に影響を与えない援助
 
 EU加盟国で認可される造船援助の大半は上の(a)または(c)に基づく。欧州委員会はこれらの条件を明確にし、幾つかの政策目標を推進するために造船業に関連して幾つかの垂直(造船業を対象とした)ガイドライン及び水平ガイドラインの両方を発行している。その中で特に注目されるのは地域開発、産業リストラ、環境保護、研究開発や漁業等に対する国家援助を認可するガイドラインが含まれていることである。
 
 これらの欧州国家援助ガイドラインは加盟国に特例的に認可されている援助の範囲と種類の指針となるものである。しかしガイドラインの存在は加盟国に国家援助の履行を義務付けるものではないし、またそのために各加盟国がEUから予算提供を受けられることを意味するものでもない。しかし、加盟国が上の理由に基づいて国家産業のために「積極的措置」(国家援助)を導入したいと考えたときにガイドラインの存在は政治的・法的な正統性を与えるものである。
 
 旧東ドイツの造船所に対する援助に関してはEC条約87(2)に特例が認められている。この条項は、「ドイツ連邦共和国のうち東西ドイツ分断の影響を受けた一部地域については分断がもたらした経済的損害を補償するために必要な場合」、国家援助が認められると規定する。
 
 このような経緯から、旧東ドイツの造船所に対して認められた援助が、例外的な措置であったことがわかる。
 
認可における欧州委員会の決定的権限
 EC条約条項88の規定により2EU加盟国の国家援助を監視・審査・認定する権限を所持する唯一の機関は欧州委員会となっている。認可の判断はEUの競争法に従う。ノルウェーの場合はEFTA(European Free Trade Association: 欧州自由貿易連合)の監査当局が欧州委員会と提携してこの任務を果たす。
 
 欧州委員会は厳密な手順に従って特例の認可を決定する。まず、加盟国の国家レベルの援助制度はいかなるものといえども事前に欧州委員会の承認を受けなければならない。その後、具体的な援助措置が欧州委員会に提出され、委員会による予備審査が行われる。委員会は2ヶ月以内に、提出を受けた措置がEC条約の規定する国家援助に該当するかどうかを判断し、該当する場合は単一市場の法令に違反しないことを審査する。違反の疑いがある場合は「正式審査」が発足され、加盟国や関係団体は補足情報や意見を提出することを求められる。援助が単一市場の法令に適合している場合(「認可」)、単一市場の原則に適合するが一部の条件が付く場合(「条件付き認可」)、単一市場の原則に適合しない場合(「非認可」)のいずれかの決定が欧州委員会によって18ヶ月以内に下される。
 
 非合法3であると判断されたり、制度の濫用が認められた非認可の援助の場合、委員会は援助の中止・払い戻しのいずれ、または両方を命令する権限を持つ。当該加盟国が欧州委員会の決定に従わない場合、委員会は問題を欧州裁判所に付託することもできる。国家援助は欧州委員会によって条約の規定や適用されるガイドラインに適合すると確認されはじめて合法的なものと見なされる。
 
造船・船体修理・改修部門の特殊性
 1970年代末には4欧州並びに世界の造船市場はリストラを必要としているという考え方がEU内で一般的となっていた。そこでEU内における造船援助の調和を目的とした調整が行われ始めた。しかし、造船に対して加盟国が与える国家援助にEUが上限制限を設けたのは1980年代の後半に入ってからである5。これ以来、造船業固有の国家援助規制はくり返し見直されてきた。
 
 欧州の船舶建造、修理及び改造部門に対する国家援助は1998年6月29日制定の規則1540/98によって規定されている。この規則はECの競争法の適用が免除される場合を明記している。さらに、この規則はより一般的なガイドラインの中から造船部門にも適用されるもの(例えば環境保護、経営不振に苦しむ企業の閉鎖やリストラ、特定の地域、研究開発に対する援助等)も織り込んでいる。1998年にこの規則が制定されたときには欧州の造船所に対する船価助成は徐々に廃止されることが予想された。しかし、韓国との造船摩擦のため規則1540/98の改正が行われ、一部の新しい助成が2004年3月31日まで臨時に認められることとなった。規則1540/98は2003年12月31まで有効であり2003年末までには見直しが行われる。
 
 造船に対する国家援助はこの垂直(特定産業を対象とした)規則によって規制されており、その中には幾つかの水平(より一般的な)規則が織り込まれている。
 
 しかし、他の産業を対象とした援助政策が造船・船体修理・改修業に影響を与えることも考えられる。例えば、海洋運送や漁業もそれぞれ国家援助に関するガイドラインを所持している。さらに海上安全や環境保護に対するEUのますます積極的な姿勢やEUの交通政策の一部も検討し、間接的な造船援助と見なせるものが存在するかどうか検討したい。
 
 以上を背景として、当調査ではさまざまな援助措置がどの法体制によって規制されており、それらを韓国の起草した援助の分類法に当てはめられるかどうか、そしてそれらが欧州及び世界の船舶建造・修理産業にどのような影響を与え得るか検討していくつもりである。
 

1欧州共同体(EC)条約はEUの基本条約の一つである。この調査においては両者の区別は重要でない。
21999年3月22日制定のEC規則659/1999はEC条約条項88の適用に関する詳細な規則を規定している。
3非合法助成とは条項87(3)に違反して実施された助成制度のことを指す。
4造船産業の再構築に関する1978年9月19日の理事会規則。
5造船の国家援助に関する1987年1月26日の理事会指令87/167/EEC。







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