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今後の見通しと結論
EU拡大
 2004年、EUに新たに10カ国が加盟する。EU拡大の第一波はポーランド、マルタ、チェコ共和国、ハンガリー、スロベニア、ラトビア、リトアニア、エストニア、キプロス、スロバキアからなる。EU拡大の第二波は2007年をめどに起こる見込みで、ルーマニアとブルガリアの加盟に繋がると期待されている。本論の趣旨に関係するのは、加盟候補国中最大の造船国であるポーランドと、最大の船体修理国であるマルタの現状である122
 
マルタ
 マルタの造船業(ほとんどは修理ドック)は、過去数年間で衰退の一途をたどっており、政治的にも過敏な部門である。従来の助成金は、賃金等の経費を補うための経営補助として提供されていた。さらに、マルタ政府は資金貸付やその他の前渡金も供与していた。
 
 マルタ政府は、EUとの交渉のなかで、造船部門への助成金を廃止するには、同部門の再建を実施するために十分な時間が必要であると主張した。EUはマルタ政府に対し、移行期間を設けることで合意し、その間にマルタ政府がマルタ・ドライドックス社及びマルタ・シップビルディング有限会社に、約4億2,000万マルタ・リラ(9億8,000万ユーロ)規模の事業再編援助を行うことを容認した。この合意により、2002年から2008年に至る再編期間の間、助成金を支給できることになる。2008年までにはこれらの造船所が競争力を獲得することが期待されている。
 
 国家援助の全額の内訳は、以下のようになる。
最大3億マルタ・リラまでの両造船所の債務消却、
再編計画に含まれる資本投資計画に沿った、最大998万3,000マルタ・リラまでの投資援助、
最大453万ユーロまでの人材育成助成金、
最大3,202万4,000マルタ・リラまでの事業再編に伴う社会費用の補償、
最大1,731万2,000マルタ・リラまでの財務費用援助、
人材育成助成金及び資本投資助成金に伴う財務費用に関連する、最大3,838万マルタ・リラまでの援助、
最大5,180万4,000マルタ・リラまでの運営資本助成金。同再建計画の一要素を成すこの運営援助は、時とともに減少し、再編計画の最後の4年間に拠出されるのは、実際の総拠出額の25%だけに留まる。
 
 同計画ではまた、移行期間の間、労働力と生産能力の削減も見越している。マルタ・ドライドックス社の第1ドックでは、再編期間の開始日から10年間にわたり、造船、船体修理、改修での利用が禁止される。同ドックを他の活動のために再利用する場合は、その活動内容が同造船所を所有する企業とは独立したものでなくてはならず、また造船、船体修理、改修に関係したものであってはならない。同合意ではさらに、業界再編成計画に関連した人材育成プログラムは、一般に適用されているEU規則に適合するものでなければならないとも定めている。
 
 マルタ政府と欧州委員会の間で結ばれた合意は、各項目を対象とした援助が、それが補填しようとする費用を越える額になってはいけないこと、そして再編計画の目的達成にとって必要最低限の額に留めるべきであることを明記している。また、国家援助が認められるのは1度だけであり、2008年12月31日以降同造船所を所有する企業に対して、それ以降の援助は提供されない。ただし、同合意には、「再編計画起草時には予期できなかった例外的な状況により」両造船所が健全性を回復しないままである場合、欧州委員会は同合意の条件を見直し、必要に応じ、EC条約の第88(1)条の規定する手続きに基づいて、さらなる国家援助拠出に合意する可能性もあると明記してある。マルタ政府は、再編計画の進捗状況を毎年欧州委員会に報告する。
 
ポーランド
 興味深いことに、ポーランドは造船部門への国家援助について移行期間を求めることはせず、同部門に関するEU規則を既に適用している。造船部門への国家援助額はEU水準に比較しても目立って高くはない。2001年に造船部門に交付された国家援助の総額は930万ズオティ(230万米ドル)であった。そのうち120万ズオティ(12.8%)は同部門再編を目的とした税制優遇措置のかたちで行われた。810万ズオティ(造船部門への国家援助額全体の87.2%)は政府への支払金の期限延長や分割払い適用のかたちで提供された。
 
 2001年、助成金、抵当あるいは優先的貸付、もしくは負債の条件付き放棄のかたちで国家援助が拠出されることはなかった。救済援助、生産能力の整理、技術革新投資、地域投資援助、環境保護または省エネルギー、研究開発は、造船部門に拠出された国家援助の目的には含まれなかった。
 
ルーマニア
 2007年のEU加盟に向け準備中のルーマニアは、造船業部門に関する交渉を2000年11月に開始している。しかし、交渉はまだ決着がついておらず、今までのところ、移行期間の要請も行われていない。ルーマニアのEU加盟は比較的長期的な見通しにたったものであり、このため同国が、造船部門における競争規則の分野で移行期間を求めているのかどうかは不確かである。しかし、EUの造船、船体修理、改修部門が2007年までに「標準部門」となり、EU競争規則の規制対象となっているであろうことはまず間違いない。このため、その時点で新しく加盟する国が造船・改修部門で移行期間を獲得することは、ずっと困難を極めるはずである。故にほとんどの援助は、造船所の再編と閉鎖を狙ったものになる可能性が高い。
 
結論
 マルタには移行期間が認められたものの、EU競争規則の遵守はEU加盟への必要条件の一つである。これら3国の造船所がどの程度まで存続可能なのかは疑問の残るところであり、またそれは、これらの新加盟国がいかに素早くEUの全般的な賃金水準等を採用できるかどうかに大きく左右されることになるだろう。いずれにせよ、1990年代初頭の状況とは全く逆に、造船業、船体修理、改修部門への国家援助に関する規制は現在ずっと厳しいものになっており、これらの部門を他の産業と同じ競争的位置に立たせることを目的としたものとなっている。こうした背景をふまえた場合、旧東独造船所に対する移行期間の容認は、東西ドイツの統一という非常に特殊な歴史的・政治的状況によって可能になったものだということを理解しなければならない。既に数年にわたって交渉が進められてきたEU拡大という現行プロセスは、新規加盟国を対象としたものであり、旧東独とは大きく異なるアプローチに基づいたものである。このため実際には、EU新規加盟国の造船部門を対象とした国家援助に関して得られるものは非常に少ないということになる。
 
OECD合意に向けて
 造船部門への国家援助に対するEUの政策は、何年にもわたって継続的に見直され、討論されてきたものである。ただしそれに比べ、根本的な原則には長い間ほとんど変更が加えられてこなかった。そのほとんどの場合において、中心的手段となったのは船価助成であり、この援助は様々な地域・構造援助「パッケージ」と併用された。1990年代初頭以来の傾向は、この援助の水準が確実に低下したことであった。それと並行し、欧州は造船能力の激減という事態に直面した。
 
 1998年に、理事会規則1540/98が採択され、急激な変化が訪れた。この規則は、基本的に船価助成を一切廃止し、それと同時に、5つの特定項目123における横断的国家援助ガイドラインを、造船部門という文脈でいかに解釈すべきかに関してEU戦略を見直すものであった。貿易摩擦への不満がWTOに提訴される自体となったEUと韓国の造船紛争という文脈において、EU産業担当閣僚は、一時的にせよ、2002年に最高6%までの船価助成を再び導入した。この措置は2004年3月31日で失効するものであり、延長される可能性は非常に低い。全般的に言って、この規則の対象となるのは特定の形式の船舶に限られている。ただし、対象範囲が液化天然ガス運搬船にも拡大されたという経緯もある。これまでのところ、このような国家援助措置を採用したのはドイツ、デンマーク、オランダ、フランスの各国であるが、EU域内の他の造船国及びノルウェーもこのような一時的措置の実施に関心を示していることが知られている。さらに、理事会規則1540/98は本年末に見直されることが決まっている。これにより、研究開発援助、技術革新援助、環境関連援助に関する新しい原則が整備されることになるはずだ。
 
 造船部門への国家援助に対するEUのアプローチが複雑なのは、それが業界特有の垂直ガイドラインと域内全産業を対象とした分野横断的規制措置を組み合わせたものだからである。これらが組み合わさることによって、地域開発や環境改善、業界再建、研究開発、あるいは規模は小さくなるが中小企業(主に船上設備メーカー)推進等を背景とした造船会社への国家援助が可能になっているのである。それにも拘わらず、当調査によって、造船部門への援助の規模はEU域内の国家援助のなかでもますます縮小していることが明らかになったはずだ。国により多用される援助形態に違いはあるものの(例えばイタリアにおける地域開発援助措置、スペインとポルトガルにおける業界再編成援助、ドイツにおける技術革新と研究開発援助)、全体的には一貫して下降傾向にある。この傾向は、造船業への国家援助制度を、EU単一市場内の他のあらゆる業界への援助と一致させようとする理事会規則1540/98の最優先目標に全く合致するものである。この動きは、理事会規則1540/98の見直しが予定されている2003年末になっても継続するものと思われる。
 
 当調査の狙いは、EU加盟国及びノルウェー、そしてその他加盟候補国数国において合法的に利用できる、造船会社を対象とした援助の様々な種類及び分野の目録を作成することであった。また、これらの援助を韓国政府の提示する分類法に照らして見直し、類似点のある場合にはそれを指摘することを目的としてきた。
 
 究極的に言えば、このような援助措置を提供するかしないか、そしてどれだけの予算を準備するかを決めるのは、各国政府である。当調査では、EU加盟国の国家援助制度と事例に関する文書の体系的な検索を通し、こうした多様な措置がどれほどまで広く利用されており、またどの国がどの措置を適用しているのかについての指針を用意した。こうした意味では、特にポーランドが現行のEU規則に急速に対応しつつあることは注目に値しよう。ポーランドほど徹底してはいないが、マルタも同じ傾向を持つ。また、1989年のドイツ統一に続いて旧東独の造船所に認められたような移行規則がポーランドに認められることはないだろう。
 
 当調査では、加盟国が自国の造船会社を支援するために国家援助制度を悪用し、さらには非合法的に運用しているかどうか、また運用している場合、それはどの程度の規模に及ぶのか、については吟味してこなかった。EUと韓国の間はもちろんEU加盟国間でも、非合法的助成を巡る衝突や申し立ては後を絶たない。このことは、EU規則の実際を明らかにし、その限界を見極めるにはさらなる調査の余地があることを示しているように思われる。特に地域開発援助及び業界再編援助に関しては、このことはほぼ間違いない。加盟国政府はこれらの援助を過大な想像力を用いて実施する場合があるのだ。
 
 とは言え、造船部門への援助措置をどう分類するかについては、世界中で様々な見解がある。これらの分類方法自体、あれこれの政治的偏見や「隠されたアジェンダ」を受け継いでいるかもしれない。このため、2003年6月13日に韓国がOECD文書「C/WP6/SNG(2003)12」のなかで提案した分類システムに即して分類した場合、EU加盟国が利用する国家援助の分類方法が必ずしも透明で完全にバランスのとれたかたちで表れてくるとは限らないのである。また、たとえ韓国提案の分類方式がEUのそれにうまくあてはまったとしても、補足的で、ともすれば限定的な諸条件が付随するのが普通であり、必ずしもすっきりした分類にはならないのである。このため、EUで行われている援助措置を別の利害関係者の分類方式で分類する場合には最大の注意を払い、また、その分析が別の解釈に繋がる可能性を持っているという事実を充分に認識しておかねばならない。
 
 かくして、造船業界援助を巡る現行のOECD交渉ではこのような解釈の相違や不明瞭な事項の数を徹底的に減らすことが、今後も中心的な目標とならなければならない。
 
韓国の造船業援助目録草稿での分類に対応する支援措置の種類 支援措置の
形式番号
国家援助に関する部門特有
の規制
国家援助に関する水平ガイドライン その他 国レベルでの利用状況124
理事会規制
1540/98
閉鎖・
再建
(1999)
地域開発援助
(2000)
環境
保護
(2001)
研究
(1996)
契約に関する営業援助 No1 ×         WTO D, NL, F, Den
船舶設備 No1, 4, 16, 12   × × × ×    
閉鎖・再建援助 No1, 4 × ×         ES, F
技術革新投資援助 No12 ×            
地域投資援助 No1, 16 ×
(固定上限額)
  ×     Art.87(3)
(a)(c)TEC
I, ES
環境保護援助 No1, 16 ×     ×      
研究開発援助 No12 ×       ×   GR
 
韓国の造船業援助目録草稿での分類に対応しない支援措置の種類 国家援助に関する
部門特有の規制
国家援助に関する水平ガイドライン その他 国レベルでの利用状況125
海運業
ガイドライン
(1997/2003)
水産業
ガイドライン
(2001)
閉鎖・
再建
(1999)
地域開発援助
(2000)
中小
企業
(1996)
環境
保護
(2001)
研究
(1996)
海運業部門への投資援助 ×
(援助内容は理事会規則1540/98に準拠していなければならない)
  × ×   × ×   I
漁船団の建造あるいは近代化   ×
(建造援助は理事会規則1540/98に準拠していなければならない)
×     × ×   南欧のEU加盟国
船舶輸出融資及び開発支援援助               OECD NL, F
沿海輸送手段整備援助 ×
(援助は理事会規則1540/98に準拠していなければならない)
            ×
(EU政策目標)
 
旅客船舶の安全性向上援助               ×
(EU政策目標)
 
「プレスティージ」号沈没後の対策               ×
(EU政策目標)
 
 

122例えば、ポーランドには26の造船所、船体修理会社があるが、エストニアには2社、ハンガリーには3社、チェコ共和国には3社、スロベニアには1社を数えるだけである。
123輸出融資、閉鎖・再建、技術革新投資援助、地域開発援助、環境保護援助、研究開発援助。
124D: ドイツ、DEN: デンマーク、ES: スペイン、GR: ギリシャ、F: フランス、I: イタリア、NL: オランダ、N: ノルウェー
125船舶設備部門への援助事例を同定する作業は、そうしたカテゴリーが存在しないため困難であり、この種の援助の国レベルでの利用状況は査定できない。







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