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3.4.6 INS/IBS実例:Cunard「Queen Mary2」のブリッジ・システム−Kelvin Hughes
 英国Kelvin Hughesは、1990年代後半から、従来のCRTに代わりコンピューター、家電分野で普及しつつあるフラット・スクリーンTFTを使用したコンパクトなブリッジ・システムのデザインを模索していた。同社は、外部コンサルタントInternational Design Consultants(IDC)と共同で、将来的な省スペース型ブリッジ・デザイン「コンセプト」MANTAブリッジを開発し、同時にシステム部門はディスプレイ間の切替えが可能なプロセッサーを開発した。その時点では海洋環境での使用に耐えうるフラット・スクリーンがなく、型式承認を取得することは不可能であったが、MANTAブリッジは、新たな「コンセプト」として、1999年にフロリダで開催されたボート・ショーで大きな反響を呼んだ。
 
Kelvin Hughes: 「コンセプト」MANTAブリッジ
 
 2000年、Kelvin Hugbesは、Cunard社の世界最大のクルーズ客船「Queen Mary2」(QM2)(総トン数142,200トン)へのブリッジ・システム納入契約を獲得し、MANTAコンセプトを応用したブリッジ・システムを搭載することが決定された。実際にブリッジ・システムを納入する2003年までには、必要なフラット・スクリーン技術も発展し、型式承認も可能となっていた。フラット・スクリーンの大きな利点は、CRTスクリーンよりも小型、軽量であるため、フレキシブルで人間工学を考慮したデザインが可能であることだ。
 
 QM2のブリッジ・システムのレイアウトの特徴は、エンジン制御、オートパイロット、通信機器等の機能を持つ中央コンソール(マヌーバリング・コンソール)を、独立したコンソールとして、ディスプレイの後方に配置したことである。このレイアウトにより、大型クルーズ客船に必要な多くの制御機能をひとつのコンソールに集中させると同時に、航海士にとっては全てのディスプレイへのアクセスが容易になる。
 
Kelvin Hughes: QM2ブリッジ・レイアウト
 
 また、新たな多機能スクリーン技術(Multi-Function Screen Technology)により、相互接続された8基の画面(船橋中央に4基、両ウィングに2基ずつ)は7個の相互接続されたプロセッサー(ECDIS×2、レーダー×4、ダイナミック・ポジショニング・システム×1)を用い、どの画面でも選択した表示とその制御が可能である。また、中央ディスプレイは、ブリッジチェアに搭載されたErgopodにより遠隔操作ができる。
 
 Kelvin Hughesの多機能スクリーン技術は、他社のシステムに変更を加えずにシステム統合することが可能な技術である。この技術を用い、QM2のブリッジには、Valmarine Safety System、APC Dynamic Positioning Systemが統合されている。
 
Kelvin Hughes: QM2ブリッジ中央コンソールと
マヌーバリング・コンソール
 
 QM2ブリッジ主要構成機器
●レーダー/ARPA: Kelvin Hughes Manta 2300A×5
●ECDIS: Kelvin Hughes Manta 2300×2
●ジャイロコンパス:C Plath Navigat 2100 Fibre Optic Gyro×2
●オートパイロット:C Plath Navipilot AD2
●GDPS: Kelvin Hughes MX420 DGPS
●VDR: Kelvin Hughes NDR2002
●GMDSS: Kelvin Hughes Husun 4000
(出所:Kelvin Hughesプレゼン資料より作成)
 
3.5 VTS
3.5.1 VTSの概要
 VTS(Vessel Traffic Services)は、第二次世界大戦後のレーダー技術の実用化、普及よって広まった港湾管理のコンセプトで、陸上局による様々な船舶運航監視・管理システムの総称であった。実用化当初は、陸上局の管理水域に入る船舶の動きをレーダーでトラッキングし、船舶と陸上局との交信は無線によって行われていた。
 
 しかし、最近の技術の進歩、特にAISの普及と搭載義務化により、VTSは陸上局のシンプルな船舶管理から、AISベースの陸上支援統合システム「VTMIS(Vessel Traffic Management Information System)」構築への可能性を拡大した。
 
 SOLAS条約改正によりAIS搭載が義務化され、船舶からの情報量は格段に増えている。また、船舶及び港湾のセキュリティー管理の必要性が高まるにつれ、陸上局の任務、作業量も増大している。陸上局側もそのデータ処理に対応できる体制を整える必要がある。
 
 VTSシステムは、設置環境や気候、それぞれの陸上局の規模、ニーズによってシステム構成が大きく異なるため、船舶搭載のINSやIBSよりも機器のモジュール性が高いことが特徴である。
 
3.5.2 基本構成要素
●データベース(船舶の固有情報等)
●レーダー
●AIS
●VHF無線
●気象・海洋情報機器
●CCTV
●ECDIS
 
3.5.3 VTSの特徴とトレンド
●AISとレーダーの組み合わせにより、輻輳水域での船舶管理が容易になった。スウェーデンでは、海岸線に沿って35ヵ所のAIS基地局を設け、そこからVessel Traffic Management Service(VTMS)センターに情報を送っている。しかし、全船舶がAISを搭載しない限りは、その有効性には疑問があるとの意見もある。
●AISの普及により、無線による音声通信の使用頻度が少なくなり、将来的には無線通信はバックアップか非常時のみに使われるようになる。
●陸上からの船舶支援として、VTS陸上のレーダー画面を船舶上で見ることができるシステムも検討されている。
●Ethernetその他のLAN、WANをベースにしたオープン・アーキテクチャにより、異なるシステム間のデータ交換が容易になった。
●さらに、港湾の全情報が中央データベースに集積され、Vessel Traffic Management Information Systems(VTMIS)というさらに統合されたコンセプトになりつつある。(例:Norcontrol ITによるドバイJabel AliのVTMIS5060システム)
●将来的には、地域的または世界的に、港湾管理局、沿岸警備隊、政府機関、国際機関等が必要なデータを共有することも可能になる。
●光ファイバーを利用した高速・大容量通信の利用が進み、高画質のビデオ画像等の通信が可能になる。
●GPS、衛星通信、インターネットを利用したネット経由の「バーチャルVTS」コンセプトが拡大し、PCとインターネット接続があれば、誰でもVTSデータにアクセスできるようになる。
 
3.5.4 規制
 IMOは、1968年のRecommendation on Port Advisory Systems(IMO決議A.158(ES.IV))で、初めて航行の安全性におけるVTSの価値を認めたが、VTSの設置基準や責任範囲に関しては言及しなかった。
 
 1985年には、IMO決議A.578(14)により、ようやくVTSのガイドラインが採択された。しかし、危険物を運ぶ船舶の多い輻輳水域では特にVTSの設置が適しているとするに留まり、船舶の安全航行に関する判断は、船長の責任であることを明記している。また、同ガイドラインでは、VTSの水先案内業務の重要性を強調、VTS設置水域を通過する船舶の報告手順を定めた。
 
 1997年に改正されたVTSガイドラインA.857(20)では、VTSオペレーターの採用、資格及びトレーニングに関する基準が定められた。
 
 1974年に制定されたSOLAS条約でもVTSへの言及は特になかった。しかし、1997年の条約改正時に、航行安全に関する第V章12規定に以下のVTS関連事項が含められた。同条約は2002年7月1日に発効した。
(1)VTSは海上・水上における人命の安全、安全で効率的な航海、及び海洋環境、沿岸地域、作業サイト、オフショア・サイトを海上交通の悪影響から保護することに寄与する。
(2)IMO加盟国政府は、VTS設置が適当であると判断される交通量が多く危険性の高い水域に、VTSを設置する義務を負う。
(3)VTS設置を計画するIMO加盟国政府は、出来る限りIMOのガイドラインに従う。VTSの使用義務は、その国の領海の範囲内に限られる。
(4)IMO加盟国政府は、自国船に対し、VTS関連規定への参加と準拠を促す。
(5)同規定及びガイドラインのいかなる部分も、国際法または国際航海及び多島海水路に関する法律における各国政府の権利と義務を侵害するものではない。
 
3.5.6 主要メーカー及び製品
●Norcontrol IT(ノルウェー):VTMIS5060。モジュール形式のスケーラブルなシステム。AIS統合のパイオニア。
●Transas(ロシア):Navi Harbour。簡易版VTSはNavi Monitor。
●SAM Electronics(ドイツ)
●Consilium Selesmar(スウェーデン/イタリア):納入実績50台以上。(同社発表)
●HITT(オランダ):VTS、航空管制設備専門メーカー。
●Lockheed Martin(米国):MTM100。
●Northrup Grumman(米国):Litton Marine Master W。納入実績300台以上。(同社発表)
 
3.5.7 ユーザー例:サザンプトン港湾管理局(英国)
 イギリス海峡とワイト島に面したサザンプトン港は、年間交通量79,000隻の欧州でも最も交通量の多い水域のひとつである。同港は、STN Atlas(現SAM Electronics)のシステムを中心に、2002年度に総額200万ポンドのVTSアップグレードを完了した。
 
 VTSアップグレードの特徴とメリットは以下の通り。
●レーダーが2基から4基に倍増し、監視エリアが拡大。
●コントロール・ルームのワークステション5台に加え、3台のモニター画面でも4基のレーダーの動きを監視できる。
●光、水の反射に対応する見易いモニター画面。
●船舶のトラッキングを完全に自動化。
●マルチ機能ディスプレイにより、電子海図上にレーダーとAISのデータを重ねて表示することが可能。
●レーダー基地にCCTVを設置し、小型船舶、レジャーボートの監視も容易になった。
●AISの普及により、サザンプトンに向かう船舶の船名、積荷、到着予定時刻等のセキュリティー情報が50マイル先から把握できる。
●レーダー、無線、CCTVのデータ記録9日分を3基の9Gbハードディスクにダウンロード可能。1日に2回、バックアップ・テープが作成される。
●レーダー・アンテナ以外のモジュール、機器は全てバックアップが存在する。
●モニタールームからレーダーの監視、コントロール、調整が可能であるため、レーダー基地に行って行うメンテナンスのコストが削減。
 
 さらに、サザンプトン港湾管理局は隣接するポーツマスの海軍基地のVTS施設との統合を進めている。ポーツマス海軍基地にもサザンプトンと同様のAtlas9730レーダー2基及びワークステションが設置され、マイクロ波でサザンプトンのシステムと接続される。これにより、両港はデータを共有すると同時に、どちらかのシステムが故障した場合には、他方が全水域のコントロールを行うことが可能となる。
 
3.5.8 EUプロジェクト
 EUは、欧州域内の港湾、陸上局を共通ネットワークでつなぐプロジェクトを行ったが、情報の完全共有には問題があり、実用化には到らなかった。
 
 その他の地域的プロジェクトとしては、バルト海沿岸の陸上局を共通ネットワークでつなぐプロジェクト「Balticom」がある。







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