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4. システム化−現在の問題点と今後の方向性
4.1 欧州舶用産業の今後の方向性と政策
 欧州10カ国の舶用工業会団体であるEMEC(European Marine Equipment Council本部はブリュッセル)は、航海機器のシステム化、IT化等の技術方向性にも関連する今後の欧州舶用産業に影響するトレンド、要因として、以下を予測している。
(1)陸上交通から環境にやさしい海上交通へのシフト。
(2)より高い環境基準、安全性への需要。
(3)2004年5月に中東欧、南欧から新規加盟国10カ国を迎えるEUの拡大に伴う、欧州域内市場の拡大と域内競争の激化。
 
 さらに、EMECは今後の欧州舶用産業の発展をめざし、以下の目標を揚げているが、これは欧州としての特徴を保持しながらも、基本政策として国際的にも十分通用し得る政策である。
 
(1)機器メーカー、造船所、船社のパートナーシップの強化
 これまでの伝統的な距離を置いた顧客対業者の関係ではなく、船舶の初期設計段階からメンテナンス、アップデート、そしてスクラップまたはリサイクルまで、総合的サプライ・チェーン・マネジメント・システムを駆使し、船の一生を通じた緊密なパートナーシップを築く。
(2)汎欧州的リサーチ・プロジェクトの振興
 欧州の大部分の舶用企業は中小企業である。舶用産業が競争力を保持するためには、イノベーションが不可欠であるが、そのためには多大な研究開発への投資を要する。EUが出資する汎欧州研究開発プロジェクトは、この問題解決への絶好のツールであり、今後も重要性が高まる。
(3)環境への配慮
 近年の環境保護規制の強化にも拘わらず、大々的に報道されるタンカーによる油濁事故以外にも、環境を汚染する事故は日常的に発生している。高度な航海機器や排出ガス削減の新技術の開発を通じて、航行安全性を高め、環境を保護することは、舶用産業の務めでもある。結果的には、これが消費者の信頼を向上させ、造船業、舶用工業にとってもプラスとなる。
(4)安全性と信頼性の向上
 安全性と信頼性向上への努力が、イノベーションと環境にやさしい技術を生み出す。信頼性の高い技術を開発すれば、環境への悪影響も少なく、メンテナンス・コストを削減できる。
(5)技術標準化への対応
 安全性と信頼性が高く、環境にやさしい新技術の開発のためには、舶用産業、船級協会及び規制機関の連動が必要である。規制動向を正確に把握すれば、今後必要となる技術、製品を迅速に選択することができ、開発コストが抑えられる。また、製品市場化への時間も短縮できるため、新製品としての競争力が増大する。船級協会、規制機関に対しては、型式承認作業の効率化、迅速化が望まれる。
(6)異業種産業とのシナジー効果
 例えば航空産業、自動車産業等の異業種産業との交流、情報交換は、イノベーションやアイデアの宝庫である。既に多くの企業にとって舶用部門はビジネスの一部分となっている。他産業からの技術を舶用に転用することで、コスト削減や新たな製品開発が可能になる。
(7)情報交換ネットワークの構築
 同業他社、異業種との情報交換は新製品開発に有益であるが、実際には特許問題、企業間の競争、協働作業の場合の仕事とコストの分配方法等、多くの障害が存在する。まず、情報交換の共通手順、条件、言語を規定したネットワークの構築が必要である。
 
4.2 技術・規制動向
4.2.1 システム化、機能集約化
 全体的なトレンドとして、航海システムは今後もINS、IBSのコンセプトを基礎に、新技術を取り入れながら進化し、航海電子機器のシステム化と機能集約化が進む。
 
 普通の人間には一度に3個以上の事項に気を配ることは不可能である。これはINS、IBSの画面や操作にも当てはまるため、ブリッジ上の類似機能及びディスプレイの集約化が今後のカギとなる。即ち、単なるモジュール機器のco-location(同じ場所への配置)ではなく、センサー、プロセッサー、ディスプレイ等の基礎要素を共有し、ユーザーが使いやすく、理解しやすい本当の意味での統合されたシステムが必要とされている。
 
 これにはまず、色やシンボル等の表示の統一基準が必要である。例えば白黒のレーダー画面とカラーのECDIS画面を見たとき、航海士は同じ情報を即座にプロセスし、理解できるだろうか。航海士が効果的に理解、消化しきれないほどの過剰な情報、混在した情報は危険だ。
 
 究極的には、ひとつのディスプレイで全ての機能、表示を切り替えて見ることが出来、共通のユーザー・インターフェイスを持ち、またスイッチひとつで国際的に合意された業界共通のデフォルト画面に戻ることのできるようなシステムが理想的である。そのスイッチの位置も国際標準化することにより、異なるシステムを使用した場合の混乱を防ぐことができる。
 
 船舶と陸上支援システム統合関連では、AISとECDISの普及により、船舶のブリッジ上にVTS局と同様の画面を表示するシステムが考えられる。航海士と陸上局及びパイロットがAIS、ECDIS、レーダー情報を含む共通画面を見ることにより、コミュニケーションが容易になる。将来的には、陸上ベースのパイロット業務も可能となろう。また、常に移動している船舶が陸上局を中心とした港湾の全体図を見ることができ、客観的な判断を可能にする。
 
4.2.2 レトロフィット
 INS、IBSが普及するにつれ、新造船だけではなく、既存船への新システム設置(レトロフィット)が今後の課題となっている。
 
 同時に、レトロフィット需要は、航海機器メーカーにとっての重要なビジネス機会である。例えば、大手船社Teekayは船員トレーニングにも積極的な企業で、約100隻のタンカーを保有しているが、現在IBSは全く搭載していない。標準化されていない機器を現時点で別々に搭載するより、標準化が完了し、信頼性が確立された時点で一度に全船に搭載するとの姿勢である。(The Nautical Institute談)
 
 EUでは汎欧州共同研究開発プロジェクトであるフレームワーク・プログラムの一環として、安全で効果的なシステム設置方法に関する「ATOMOSプロジェクト」を行ってきた。
 
 進化するシステム機器を既存船に設置(=レトロフィット)することは、技術的、コスト的に今後の重要課題となっている。欧州連合(EU)主導のATOMOS(Advanced Technology to Optimize Maritime Operational Safety)プロジェクトは、船舶の航海安全性向上と効率化を目的に、コンピューター・ベースの制御システムの既存船へのレトロフィットの最適化方法を模索する汎欧州研究開発プログラムである。
 
 2003年6月に終了したATOMOS IVプロジェクトは、1990年代初めに開始されたATOMOS II、DISC II等これまでに行われたEU主導の研究開発プロジェクトの延長線上にある。ATOMOSプロジェクトは、船舶の安全性向上により、欧州の環境保護とクオリティー・オブ・ライフの向上、また海運業でのキャリアをより安全で魅力的なものとし、雇用促進に寄与することを究極的な目的としている。
 
●プロジェクトの目的
(1)船舶の総トン数、型式、船齢、用途に応じた機器アップグレード戦略の構築。
(2)ATOMOS II、DISC IIにより開発された国際技術標準の既存船への新機器設置に関する部分の拡張、及び実際のアプリケーション。
(3)これらの技術標準達成に必要なツール、部品、インターフェイスの開発。
(4)スウェーデン海事庁の所属船舶へのシステム機器レトロフィット。
(5)トライアルと測量の実施。
(6)船級評価と公式アセスメントの実施。
(7)プロジェクトの総合評価。
 
●参加企業及び機関
 EU域内の12企業・機関:デンマーク海洋研究所、スウェーデン海事庁、ロイド船級協会、Aalborg大学、アテネ国立技術大学、STN Marine Electronics GmbH、Lyngsø Marine A/S、Logimatic A/S、CETEMAR S.L.、D'APPOLONIA ApA、TNO Human Factors Research Center、Fachhochschule Hamburg。
 
●作業プログラム
(1)欧州船舶の機器アップグレードのプロセスとツールの開発及び検証。
(2)砕氷船「FREJ」への先進制御システム搭載のトライアル。
(3)最新の安全基準に準拠した既存船への搭載方法の検証。
(4)既存船への新機器搭載の安全性及びコスト・パフォーマンス評価。
(5)ウェブサイトや新技術標準構築等を通じたプロジェクト結果の活用。
 
●トライアルに使用された機器
 砕氷船「FREJ」の船橋にレトロフィットされた主要機器は以下の通り。主にSTN Atlas(現SAM Electronics)製。
(1)Radiopilot 1000シリーズのレーダー 5基。
(2)Xバンド及びSバンド・アンテナ。
(3)Chartpilot 9330 ECDIS 5基。
(4)PC 2基。
(5)ディスプレイ・モニター 1基。
(6)Debeg 3270 Inmarsat F77 衛星通信ターミナル。
 
●結果
 現時点(2003年11月)では最終結果の正式発表はないが、Lyngsø MarineのATOMOSプロジェクト担当者によると、最新機器及びシステムの既存船へのレトロフィットは十分に可能、かつ有効であることが証明され、予想された通りの結果となった。
 
 11年間のATOMOSプロジェクトの成果は、「Human Element」、即ち統合システムの一部としての人間の存在と役割を考慮した最新機器統合システム「Ship Control Centre」のコンセプトの開発である。
 
 ATOMOS IVでは、ATOMOS IIで開発されたコンセプトを用い、シミュレーション実験を経て、スウェーデン政府の砕氷船「FREJ」への「Ship Control Centre」のレトロフィットを行った。レトロフィットに際しては、ステークホルダー(利害関係者)・アナリシスを行い、特にユーザーへの人間工学的な利点を考慮した。(FREJ乗組員の反応は18%が満足との結果。不満足という意見はほとんどなし。)
 
 同プロジェクトのステークホルダーは以下の通り。
●航海士
●船橋での操作により影響を受ける可能性のあるその他の船員
●船主、船社
●保険会社
●規制当局
●メンテナンス担当者
●他船の船員
 
 通常の新造船の場合には、この他に以下のステークホルダーが考えられる。
●造船所
●インベスター、投資銀行
●船員組合
●船級協会、検査機関
●船員教育機関
●デザイナー、システム設置担当者
 
 ATOMOSプロジェクトはひとつの方法論であり、全ての場合に当てはまるソリューション、システムではない。また、既存船へのレトロフィットだけではなく、新造船へのシステム設置へのコンセプトとしてももちろん有効である。現在ATOMOSプロジェクトの結果を、IMO勧告として発表し、「Human Element」を考慮した新システム設置及びレトロフィット方法の基準として活用することが検討されている。
 
4.2.3 システム関連技術及び機能
 将来的な統合船橋システムの姿としては、ナノテクを利用したスキンコンピューター技術により、ブリッジ機能が操船者とともに移動するシステム、または陸上からでも操船できるシステム等が検討されているが、現在の機器、システムの進化の延長線上にあり、実用、利用可能な今後のシステム関連技術及び機能の方向性に関しては、以下のような項目が考えられる。
●通信技術:現在船舶と外部の通信に使用されている衛星による通信は速度が遅く、コストも高い。今後の通信技術の進歩により、システムの互換性は高まると同時に、機器の小型化、軽量化が進む。
●測位技術:欧州独自の衛星Galileo(後述)の稼動により、GPSと組み合わせて、さらに正確な測位が可能となる。また、これに対応する新測位装置が必要となる。
●ECDIS、AIS、レーダー機能の統合:ECDIS、AISの普及により、ECDISを基本とした両機器の機能統合に加えてレーダー画面を重畳表示するシステムが主流となる。
●ユーザー・インターフェイス、操作性の向上:機能統合が進んだ場合、どの機能を使ってもPCのように同じメニューが表示され、ユーザー・インターフェイスと操作性が向上する。
●機器、システムの軽量、小型化:フラット・スクリーンの普及によりシステムは省スペース化する。また、モジュール機器はセンサーとして、その機能のみがシステムに組み込まれて行く。
●機器の簡易化:現在市場化されているAISクラス A トランスポンダーのAISの簡易バージョンであるクラス B トランスポンダー、及びVDRの簡易バージョンS-VDR等が標準化、製品化され、規制環境の変化とともに市場が拡大する。
●レトロフィット:ATOMOSプロジェクト(前述)で実証された旧造船への新システムの効果的なレトロフィット方法が普及する。
●陸上局との連動:AIS、ECDIS、衛星通信の普及にともなって、船陸間の情報の共有化が進み、VTS業務が効率化する。また、陸上局からの支援体制が拡大し、船舶はその情報を有効利用できるシステムを持つようになる。







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