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3.2.3 規制、性能標準
3.2.3.1 導入の経緯
 VDR導入は、1994年9月にバルト海で沈没し、912名の死者・行方不明者を出したカーフェリー「エストニア号」事故がきっかけとなり、RORO客船の安全強化対策の一環として、IMOで議論が開始された。当時は商品化が十分に進んでおらず、日本を含む欧州以外の国々からの導入反対意見に押され、一時は棚上げとなった。しかし、欧州勢はそれでは引き下がらず、早期商品化とSOLAS条約改正に伴う搭載義務化に向けて巻き返しを図った。
 
 搭載義務のある船種に関しては、ROROフェリーを含む外航客船を念頭に議論が進められてきたが、1999年に発生したタンカー「エリカ号」事故以来、旅客船以外にもVDR設置を求める意見が大勢を占めるようになった。
 
 VDR導入に積極的で、議論開始時から準備を進めて来た欧州メーカーは、航空機器メーカーとの共同開発やEU主導の開発プロジェクトを通じてVDRの開発・製造で先行し、市場シェアを一気に拡大した。
 
3.2.3.2 搭載時期
 航海の安全性に関するSOLAS条約第V章の改正に伴い、2002年7月1日から船種、総トン数より段階的にVDRの搭載が義務付けられた。
 
 改正SOLAS条約第V章第20規定によってVDR搭載が要求される船種及び時期は以下の通り。
●2002年7月1日以降に建造された全客船。
●2002年7月1日以降に建造された客船以外の3,000総トン以上の全船舶。
●2002年7月1日以前に建造されたRORO客船は、2002年7月1日以降最初の検査以前に搭載。
●2002年7月1日以前に建造されたRORO客船以外の客船は、2004年1月1日までに搭載。
 
 なお、2002年7月1日以前に建造されたRORO客船以外の船舶で、既存装置とVDRのインターフェイスが不可能である場合には適用除外を申請できる。
 
 IMOは、各国政府が船主に対して既存の貨物船にも自主的にVDR搭載することを促すよう勧告している。また、2002年7月1日以前に建造された貨物船へのVDR搭載に関するフィジビリティー・スタディを実施し、簡易型VDR(S-VDR)のレトロフィットは可能で、有益であると結論付けた。現在、IMO航行安全小委員会は3,000総トン以上の既存貨物船に対しても2008年までに順次、S-VDR搭載を義務付ける条約改正案を準備中で、2004年5月のMSCにおいて決議が採択される予定である。
 
 また、IMO規制に先駆け、EU(欧州連合)は、1998年制定の指令で、EU域内の港に定期的に寄港する全ROROフェリー及び高速客船に対し、2002年1月1日よりVDR搭載を義務付けている。
 
3.2.3.3 性能標準
 VDRの性能標準は1997年に採択されたIMO決議A.861(20)に定められ、IMOは全船舶へのVDR早期搭載を促している。加えて、IMO海上安全委員会(MSC)は、2002年5月に、VDR搭載に関するガイドライン(MSC/Circ.1024)を承認した。
 
 VDRに記録されるデータの必要最低基準には以下の項目を含む。
●全行動の発生日時の世界時(グリニッジ標準時)での記録。
●船舶位置、速度、針路、喫水等の航海データ。
●エンジン及びラダーのステータスのデータ。
●ハル、防火扉のステータスに関する船橋内アラームのデータ。
●船橋内会話の音声記録の連続12時間以上のデータ。
●全無線通信の音声記録。
●レーダー静止画像の15秒毎の記録。
●風速センサー搭載の場合には、風速及び風向データ。
●供給電源が故障した場合でも、内部電池により最低2時間は記録可能。
●記録されたデータは最低2年間保存。
●記録するデータの種類及び記録されたデータの内容は改ざんできない構造であること。
 
 加えて、VDRカプセルは、捜索を補助する装置を装備し、目立つ色であること。また、カプセルは火災、深海の水圧、衝撃等への耐性を保持しなければならない。VDR装置及びセンサーは、認可された検査・サービス機関による検査を毎年受けることを義務付けられている。
 
 上記の項目は必要最低基準であり、例えばECDISデータの記録、自動浮揚機能等は義務付けられていない。どのような追加機能を付加するかは各メーカーの自由裁量である。また、15秒毎のレーダー記録は高速船の場合ギャップが大きすぎる、12時間の音声データ記録は少なすぎる等のユーザの声もあり、VDRの性能標準IEC61996の今後の見直し、規格変更もあり得る。
 
3.2.4 MBBプロジェクト
 MBB(Maritime Black Box)プロジェクトは、EUが汎欧州運輸研究開発プログラムの一環として部分出資し、1996年に開始されたVDR開発を目的としたリサーチ・プロジェクトである。2000年10月に完了。EUの担当は欧州委員会第VII総局で、参加企業及び組織は以下の通り。なお、ノルウェーはEU正式加盟国ではないが、EEA(European Economic Area: 欧州経済地域)のメンバーとして数多くのEU出資プロジェクトに参加している。
 
MMBプロジェクト参加企業、機関
●Thomson-CSF Detexis(フランス):航空ボイス・レコーダー、フライト・レコーダーの大手メーカー。
●Kongsberg Norcontrol(ノルウェー):航海用電子機器製造のパイオニア的企業。
●EEIG Unitas(ベルギー):以下の欧州3主要船級協会の協力グループ。
■Bureau Veritas(フランス)
■Germanischer Lloyd(ドイツ)
■Rina(イタリア)
●SIREHNA(フランス):海事関連研究開発企業。
 
 同プロジェクトの主要目的は、船舶に搭載されたMMB試作モデルが、航海中のレーダーの停止画像、音声及びデータの連続的な記録・再生を可能にし、事故が発生した場合には、その原因究明に役立つことを証明することであった。他の目的は以下の通り。
●関係当局にMMBモデルを供与し、事故の原因究明と今後の事故防止に向けての有効な規制構築に寄与する。
●海上交通の安全性と効率化向上をめざし、VDRに必要な技術仕様、インターフェイス標準を提案する。
 
 MBBプロジェクトは、DISC II(船舶制御関連)、ATOMOS II(航行安全性関連)等、同時期に実施された他のEU研究開発プロジェクトと連動している。
 
 同プロジェクトの成果により、Kongsbergを初めとする欧州航海機器メーカーは、VDRの規制構築、製造、販売で優位に立つことができたといえよう。
 
3.2.5 主要メーカー及び機種
●Consilium(スウェーデン):Consilium VDR。1997年に発売を開始し、先行商品として圧倒的に納入実績が多い。
●Norcontrol(ノルウェー):Maritime Blackbox。トムソン社と共同開発。
●AVECS(ドイツ):Marine Event Recorder。自動浮揚機能付き。
●SAM Electronics(独):VDR-100
●Kelvin Hughes(英国):NDR-2002。小型軽量VDR。
●Broadgate(英国):VER3000。S-VDR開発プロジェクトも実施中。
●Rutter Technologies(カナダ):VDR100G2。2003年11月のEuroport見本市では、S-VDR製品を出展。
 
3.3 ECDIS
3.3.1 ECDISの概要
 ECDIS(Electronic Chart Display and Information System: 電子海図情報表示装置)は、ENC(電子海図)に含まれる海図情報を、他の水路・航海情報及びGPS等の船位情報・レーダー情報とともにリアルタイムで重畳してグラフィック表示し、航路選択を安全にかつ容易に行うことができるシステムである。
 
 ECDISには、電子海図情報表示装置としての基本機能以外にも、他のソフトウェア・アプリケーション、及びAIS、レーダー等の航海機器からの情報をひとつの画面上に表示が可能である。これがECDISの最も大きな特徴あり、利点でもある。他のシステム機器と組み合わせることにより、総合的な航路計画、管理、制御システムとしての威力を発揮する。
 
 しかし、ECDISの普及は遅れている。SOLAS条約対象船舶、例えば危険な積荷を運ぶ巨大タンカーでさえも、ECDISを搭載していないことがある。その原因は、船社の多くが今だECDISを、紙海図の補助としての単なる電子海図表示装置と見ており、新技術の利点を正しく理解していないことが大きい。(Transas技術者談)しかし、SOLAS条約により、多くの船舶にAIS搭載が義務付けられたため、AISとECDISを組み合わせたシステムの利用は、今後も着実に増えると予想される。
 
 また、ある邦船社は、米国の河を遡るタンカーにAISと電子海図を装着した。これまで導入したどの航海機器よりも便利であると航海士に評判が良いため、今後基本的には新造船には電子海図を標準装備し、既存船についてもAIS導入時に同時装着することを予定している。
 
3.3.2 ECDISの基本構成要素
●コンピューター・プロセッサー
●デジタル・データベース(電子海図データ)
●センサーからの航行情報インプット(GPS、Loran-C、ジャイロコンパス、AIS、レーダー、ARPA等)
●カラー・ディスプレイ
 
3.3.3 規制、性能標準
 性能標準に関しては、ECDISは電子機器としてIECの性能標準(IEC publication 61174/基準作成:IEC TC 80-WG7)に準拠する。さらに他の航海機器と同様、船級協会要求と使い方により、船級協会による型式承認を必要とする。しかし、現時点では、AIS、VDRと異なり、IMOはECDISの搭載を義務付けていない。
 
 一方、新たな動きとしては、現在IMOで対象としていない簡易電子海図装置(ECS: Electronic Chart System)の標準化の新提案がIEC TC80に提出されており、2003年12月現在賛否を検討中である。このECS用の電子海図データは、ISOでECSデータベースの国際標準が既に制定されており、これらを用いてAISデータを表示することも考えられる。
 
3.3.4 主な利点
●船舶の位置がディスプレイ上でリアルタイムに確認できるため、衝突回避ルートの選択が容易になり、航行安全に寄与する。統計によれば、ナビゲーション関連事故の80%はECDISの使用により回避できる。
●P&O Cruiseが実施したリスク・アセスメントによると、紙海図のみを使用して航海する船舶は952年に一度の確立で座礁し、一方、ECDIS/RCDSを使用して航海する船舶が座礁する確立は29,770年に一度となる。よって、ECDIS/RCDSを使用した場合、座礁の確率は30分の1に減少する。
●ブレーメン大学の調査(2000年発表)によると、調査対象となった1年間に、ドイツで発生した座礁事故のうち、ECDISがあれば回避できたと考えられる座礁事故による7隻への直接損害総額は57,142マルク(当時)に上ると見積もられている。
●AISと組み合わせることにより、強力な総合的な航行ツールとして機能する。AISの情報は、性能標準で定められている小型の「Minimum Keyboard Display」ではなくECDIS上に表示されてこそ威力を発揮する。
●ECDISを中心にしたINSを構築することも可能である。
●最適航行ルートの決定に要する時間が50〜60%短縮できる。
●最適ルートの選択により、1〜1.5%の燃料費が節約できる。AP Möllerのレポートによれば、同社のECDIS搭載船は非搭載船よりも、燃料コストが年間平均126,630ドル低かった。
●海図のアップデートに要する時間が紙海図の場合の10分の1に短縮され、人件費が節約できる。
●同一機種または互換性のあるECDIS機種を使う船舶同士で航海データを交換することができる。
●レーダー、目視による追加情報のファイルを加えることが可能。
●気象情報、潮流、氷山、流氷情報等の他のソフトウェアからの情報の追加表示が可能。
 
3.3.5 問題点
●海図電子化の遅れ。(後述)
●公式電子海図(ENC: Electronic Navigation Chart)発行及びアップデートに関する国際ルールの欠如。
●トレーニングの不十分さ。IMOによるトレーニング基準が存在しないこと。
●ハード及びソフトウェアの信頼性。ECDISのOSは通常MS Windowsである。ハードディスクがクラッシュした場合には、チャートのライセンスも再インストールする必要がある。
●既存船にECDISをレトロフィットする場合の複雑さ。
●コスト。ECDIS導入の初期投資は、欧州では1隻につき約30,000ユーロ。(日本でのECDISの販売価格は船級協会が承認したものは1,000万円程度。そうでなければ3分の1。)加えてバックアップ、電子海図更新、メンテナンス等のコストがかかる。







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