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1.2 航海用電子機器市場の現状
 先端技術を駆使した航海用電子機器を搭載済み、または今後の搭載が予想される船舶は、主にIMOの海上人命安全条約(SOLAS条約)適用の対象となっている船舶である。
 
 SOLAS条約適用の対象となる船舶は、大まかに言えば、全ての客船及び300総トン以上の貨物船で、該当する船舶数は世界で約50,000隻である。また、何らかの理由でSOLAS条約の対象とはなっていないが、国毎の法律により、または自主的に同様の航海機器を搭載する必要のある300総トン以上の船舶が50,000隻程度と見積もられている。よって、航海用電子機器の市場規模は合計約100,000隻である。
 
 AIS等の新機器は、当初は100,000隻分の需要があるが、その後は船の寿命を25年と仮定すると、その後の年間需要はわずか4,000隻分となる。
 
 また、主要航海機器及びシステム機器のメーカーが10〜20社、特殊機器、部品のメーカーが各2〜3社とすると、航海機器メーカーの市場規模は小さく、競争は激しいことがわかる。
 
 航海用電子機器は温度差、ショック、振動、塩、錆等の過酷な環境で作動することが要求される。また、至近距離で操作される数々の電子機器がお互いに干渉しないように設計されなければならない。即ち、要求は多く、性能基準は高い。
 
 デザインやレイアウトの標準化は、ユーザーにとっては装置の操作法の均一化や一定品質の確保、あるいは機器採用の際の比較検討に便利である反面、好みの物を入手したくても型式承認品で勝手に改善要求ができないこともある。一方、メーカーにとっては、ニーズの最小要件が明確になり、仕様の変更を気にせず、量産効果による品質・信頼性の安定とコストダウン、あるいは競合他社との能力比較評価等に便利な面が多々ある。しかし、標準化の仕方によっては独自性を打ち出すことが困難となり、新製品開発や特異性の発揮を疎外する恐れがあり、航海用電子機器の企業団体であるCIRMは過剰規制のリスクを警告している。
 
 航海機器市場の規模と製品のライフサイクルを考えると、型式承認取得は、メーカーにとってコストが高く(〜100,000ポンド)、時間のかかるビジネスである。前述のEU舵輪マーク(Wheelmark)のような統一型式承認基準が世界的に広まれば、承認取得期間の短縮とコスト削減につながることが期待される。
 
 製品のライフサイクルでは、理論上、ある製品が利益を上げるまでに5〜7年はかかり、多くの場合、そのころまでには製品は旧弊化している。小規模メーカーにとっては非常に厳しい状況となっている。
 
1.3 欧州舶用産業の現状
 造船は欧州の伝統的な産業であったが、1960年代の日本、続いて政府補助と安い労働力に支えられた韓国、中国の造船業の台頭により、価格的に対抗できない欧州の造船業は大きな打撃を受けた。
 
 しかし、欧州の造船業は、技術的発展によりその競争力を維持してきた。過去25年間で造船業の直接雇用数は40万人から8万5,000人へと激減したが、EU内の造船所の生産性は向上している。工程は高度に機械化、IT化され、売上高の約10%は研究開発費に充てられている。(欧州委員会「Enterprise Europe」No.9/2002)
 
 現在EU域内には、180の造船所と400の修繕専用造船所が存在し、舶用産業を含めると、欧州造船・舶用産業は、雇用数35万人、年間売上340億ユーロを創出する一大産業である。造船・舶用産業は、EU15カ国中の10カ国、及び2003年時点でEUに正式加盟していないノルウェー、ポーランド、ルーマニア、クロアチアの主要産業である。2001年度には、この14カ国で390隻、総トン数430万トンの船舶が建造されている。
 
 欧州の主要造船所は、もはやばら積み船や油漕船等のシンプルな船種ではなく、クルーズ客船その他の特殊技術を要する付加価値の高い船種のみを建造している。このような複雑な船舶建造のためには、先端技術を駆使した欧州の航海機器産業を含め、裾野を支える特化した舶用産業の存在が大きく寄与している。
 
 欧州造船業の不況に伴い、欧州舶用産業は技術革新と海外市場への進出により、競争力を向上させてきた。しかし、海外市場での信認を得るには、まず欧州の造船所での実績が不可欠である。これまでも複雑な船舶を建造する欧州の造船所で、先進技術を駆使した欧州舶用企業の舶用・航海機器が採用され、それが世界のスタンダードとなって行った。
 
 このように、欧州造船産業の構造変化が、欧州ハイテク舶用産業を醸成し、先端技術をリードしてきたといえよう。
 
1.4 欧州航海機器市場の特徴
 航海機器市場に限らず、欧州市場を大きく特徴付ける要素は欧州連合(European Union: EU)の存在である。EUの前身である欧州経済共同体は、1948年にフランス、ドイツ連邦共和国(西独)、イタリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの6カ国で創設され、以後半世紀以上に渡り、その機能、規模を拡大しながら発展を続けてきた。
 
 現在(2003年)のEU加盟国は西欧と北欧の15カ国であるが、2004年5月1日には、中東欧、南欧諸国10カ国(チェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロベニア、スロバキア)の加盟を予定している。
 
 ノルウェー、アイスランドはEUには正式加盟していないが、欧州経済地域(European Economic Area)のメンバーとして、拡大EU経済圏に属している。
 
 EUとASEAN等の他の地域経済機構とが決定的に異なる点は、EUには経済共同体としての機能以外に、各加盟国の代表からなるEU政府(欧州委員会)と直接選挙によって選ばれた欧州議会を持ち、独立した政治的機能を持つことである。各加盟国は自国の主権を保ちながら、特定の分野でEUに経済的、政治的な決定権を委譲している。
 
 政治・経済共同体として、EUは単一通貨ユーロを持ち(英国、デンマーク、スウェーデンは不参加)、域内では人、金、モノの行き来が自由であるため、技術やアイデアを含めたあらゆる分野での交流が容易で盛んである。
 
 造船・舶用機器産業関連でも、このようなEUの存在意義と特徴は、EU共通海上政策、欧州海運振興政策「LeaderSHIP2015」、EU主導の欧州衛星プロジェクト「ガリレオ」、航海機器関連のMMBプロジェクトやATOMOSプロジェクトを含む「EUフレームワーク・プログラム」内の数々の共同研究開発プロジェクト、欧州共通の型式承認Wheelmark等に特に顕著に表れている。
 
 一方、組織が巨大化したために、各国の意見調整に時間がかかり、政策決定や予算編成が遅れる等の問題点も指摘されている。EU内でもなかなか意見がまとまらないシングルハル・タンカー議論はその一例である。
 
 EUの行政機関である欧州委員会は、1999年12月に荒天のフランス、ブルターニュ沖で沈没し、油濁事故を起こした37,000重量トン型プロダクト船エリカ号(1975年竣工、マルタ籍)事件以来、シングルハル・タンカーへの規制強化と船齢制限を提唱しているが、内外の反対のため、新規制採択には到っていない。欧州委員会は、仮に同委員会の提唱する規制案が採択されていれば、プレステージ号は2002年9月1日時点でサービスからはずされており、2002年11月のプレステージ号事件のような惨事は起こりえなかったはずだと強調している。
 
 2004年には一度に新規加盟国10カ国を迎えるEUでは、新規加盟国の経済や生活水準にばらつきがあるため、政策決定がさらに複雑化することが予想され、今後の情勢が注目される。
 
1.5 EU海上交通政策
 EU全体の対外貿易の70%、域内貿易の30%は海上輸送による。EU域内の港湾では、毎年10億トン以上の貨物が取引されている。また、EU加盟国籍の船社の所有するフリートは全世界の3分の1を占めている。
 
 造船、港湾、漁業や関連産業、サービスを含むEUの海上交通・運輸セクターは、EU全体で250万人を雇用している。
 
 グローバル化と国際競争の進む中、1997年に採択されたEUの海上(水上)交通政策は、「クオリティー・シッピング」の実現をめざし、以下の3点を優先課題としている。
(1)海上、陸上におけるEUの雇用を守る。
(2)海事関連ノウハウの保護とトレーニングの強化。
(3)安全性の向上。
 
 また、EUは環境保護の観点から、陸上交通から短距離海上交通・輸送へのモーダルシフトを促進している。海上交通が消費者にアピールするためには、他の交通機関との接続やサービス及び設備の質と安全性向上が必要である。サービスの安全性と質向上のために、EUは最新航海技術と安全設備に精通した航海士、船員の育成を第一目的としている。
 
 EU海上交通政策の5本の柱は以下の通りである。
(1)国際ルールの適用。
(2)人的ミスの削減。
(3)客船の安全性向上。
(4)船舶による水質汚染の削減。
(5)海上交通の安全性向上。
(6)安全性向上のための技術研究開発。
 
 上記を目的に、EUは多くの汎欧州研究開発プロジェクトを助成している。また、IMOやILO(国際労働機関)等の国際機関と協力し、海上交通の安全性や環境保護に関する国際ルール構築を行っている。
 
 このように、欧州が国単独だけではなく、地域としての政策と求心力を持つことは、造船・舶用産業を含めたボーダーレス産業の発展に影響を与えている。







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