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第2節
国際海事機関(IMO)によるSOLAS条約の改正とISPSコードの採択
 9.11事件後の11月, IMO総会は「船客及び乗組員の保安並びに船舶の安全を脅かすテロ行為の防止のための措置及び手続の再検討」と題する決議を採択し, 関係委員会に対して, 関連の既存文書の改正及び新文書ないし新たな措置の必要性について検討するよう要請した。これを受けて, 米国の強力なイニシアチブの下に, 海上安全委員会(MSC)とその作業部会は, わずか1年足らずの作業ののち, SOLAS条約改正案をまとめ, その成果が2002年12月の同条約締約国会議において採択されるに至った。なおその10月には, イエメン沖でフランスのタンカー(リンブルグ号)がテロ襲撃を受ける事件が発生し, 関係者の間に作業の現実性と緊急性を痛感させた。
 テロ対策上最も注目される点は, 改正の一部として全く新たな規範「国際船舶港湾施設保安コード」(ISPSコード)を取り込んだことである。拘束力のある同コードのパートAも含め, 2004年7月1日に発効が予定されている。(なお, パートBはパートA実施のためのガイドラインを掲げたもの。)
 ISPSコードの根本的理念は, 船舶と港湾施設の保安確保は, 基本的に危機管理活動であり, いかなる保安措置が適当かを判断するためにリスク評価を各ケースごとに行う必要があるということである。そして, そのようなリスク評価のための, 標準化された, 一貫した枠組みを提供することがISPSコードのねらいである。具体的保安措置は, 旅客船及び総トン数500トン以上の貨物船のみならず港湾施設についても要求され, 次のものが含まれる。
 
(1)海運会社による「会社保安職員」及びその監督の下におかれる各船舶ごとの「船舶保安職員」の任命。「船舶保安評価」に基づき, 船内の立ち入り制限区域の設定, 船内巡回の実施, 部外者の出入りのチェック等を盛り込んだ「船舶保安計画」の策定。保安計画は旗国の承認を得て各船舶内に備え付けなければならない。
(2)締約国当局による, 港湾施設の保安評価の実施確保と, それに基づく各港湾ごとの「港湾施設保安職員」の任命及び「港湾施設保安計画」の策定。
(3)締約国当局による保安に対する脅威の評価と保安レベル(予測される脅威の度合いに応じてレベル1から3まで)の設定, その最新情報の港湾施設及び船舶に対する提供。さらにSOLAS改正条項とISPSコード・パートAの船舶による適合を証明する「国際船舶保安証書」の発給。
 
 ISPSコード関係以外のSOLAS条約改正には次のものが含まれる。
 
(1)国際航行に従事する旅客船及びタンカー以外の総トン数300トン以上50,000トン未満の船舶による船舶自動識別装置(AIS)の遅くとも2004年末までの導入(旅客船, タンカー, 50,000トン以上の船舶, 新造船については, すでに2004年7月1日までに設置が決定済み)。
(2)国際航行に従事する旅客船及び総トン数500トン以上の貨物船による, 船舶識別番号(IMO番号)の船体外板, 水密隔壁等への表示。これは, 2004年7月1日以降の最初のドック時期まで(新造船については建造時)に行うこと。
(3)上記と同等の船舶による, 詳細な船舶履歴記録の2004年7月1日以降の船内での備え付け。記録には, 旗国名, 登録日, 船名, 船主, 船籍港, 等を含むこと。
(4)船舶が直面するテロ等の危険状況を沿岸国等に通報する船舶保安警報装置の設置。設置時期は2004年7月1日以降の新造船は建造時, その他については積荷の種類等に応じて定められる。
(5)SOLAS条約改正及びISPSコード要件遵守を確認するための寄港国によるポートステート・コントロール(PSC)。要件を満たしていない船舶については, PSCに際して従来から認められていた出港差止め等の措置に加え, 港からの強制的排除及び入港拒否を含む措置もとり得る。ただし, 排除措置や入港拒否は急迫な脅威があり, それを取り除くために他に適切な方法がない場合に限られる。
 
 IMOにおけるテロ対策文書としては, これまでにも, シージャックや船舶内でのテロ行為を主たる対象とした1988年の「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約(SUA条約)」と「固定プラットフォームに関する議定書」があり, これらも現在見直しが始められている。今回のSOLAS条約改正とISPSコードの採択は, 極めて広汎にしてより総合的な見地から, 海運関係におけるテロ行為等に周到に備えるためのものであるばかりか, 対策を海上・船舶から, IMOとしてはじめて港湾施設にまで拡大したことは画期的なものと言える。さらに, PSCに際しての特定船舶の港からの強制排除及び入港拒否も, テロ対策の一環として例外的にはじめて認められるに至ったが, 将来的には, これら強制措置は, 人命の安全・海洋汚染対策の面にも及ぶ可能性も排除し得ないであろう。
 
図1-6-2 IMOの本部
 
図1-6-3 IMO組織図
 
図1-6-4 マラッカ海峡の航路図
 
 以上のように急展開をみせる海上・港湾保安対策は, ほとんどが, 米国の単独行動かまたはIMOでも米国主導のもとに進められ, わが国, EU諸国等はその対応を急がされた。単独主義は, ことに大型テロの主たるターゲットが米国に向けられていることから, 現実的には避けられない面もあり, また保安体制の強化の目的自体は歓迎されてしかるべきであろうが, 今後の対策としては, 今回のIMOの迅速な行動を評価し, これまで以上にIMOを中心とした多国間主義の重視を関係各国に働きかけることが肝要である。
 
図1-6-5 海上保安庁の観閲式
 
 同様の視点は, 「プレスティージ号」事件後のEUの単独主義的行動の傾向についても痛感されることである。
 
(林司宣)
 

IMO
 国際連合の専門機関の一つ。その機能は, 国際貿易に従事する船舶及び海事に関係ある技術的事項について, 各国政府が協力し, 情報を交換するための枠組みを提供し, 海上の安全, 効率的な船舶の運航, 船舶による海洋汚染の防止と規制などの問題に関して実行可能な条約を採択している。
 
SOLAS条約
 海上の船舶と船員・乗客の安全性を確保するための「海上における人命の安全のための国際条約」のことで, 1929年に最初に採択されたものが数回改正され, 今日適用されているものは1974年の条約(及びその後の部分的修正)。船舶の構造, 救命・無線設備, 航行安全, 積荷運送, 原子力船などの特殊船舶, 等に関する国際的統一基準を定めている。
 
ISPSコード(International Ship and Port Facility Security Code)
 船舶と港湾施設の国際保安コード
 
PSC(Port State Control)
 SOLAS条約, MARPOL条約, STCW条約など, 船舶・人命の安全, 海洋汚染防止, 船員の訓練・資格証明・当直基準についての国際的基準等を定めるいくつかの条約に基づき, 外国籍の船舶が寄港する港湾の政府当局が, それら船舶の国際基準適合性を検査する制度。欠陥が発見される場合には修繕等の措置や, 修繕までの出港差止を命ずることも可能。
 
プレスティージ号事件
 1976年に日本の造船所で建造されたシングルハルタンカーで, 77,000トンの重油を積んでスペインのガルシア地方沖を航行中, 時化に合い2002年11月13日に船体に亀裂が生じ浸水, 6日後の19日に船体中央部の折損により沈没した。
 この事故によりシングルハルタンカーからダブルハルタンカーヘの早期代替の動きが加速した。







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