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第2章 WSSD:持続可能な開発の更なる進展にむけて
第1節 ストックホルムからリオ, そしてヨハネスブルグへ
1 環境と開発30年の歩み
 1972年にストックホルムにおいて環境に関するはじめての国連会議が開かれ, 環境破壊問題に対する世界的な取組みの必要性が認識されて20年後の1992年, リオ・デ・ジャネイロにおいて国連環境開発会議が開催された。そこでは, 基本的理念として「持続可能な開発」の原則が打ち出された。それは, 各国の開発の権利は, 現在及び将来の世代の開発と環境上のニーズを衡平にみたすことができるように行使されなければならないとするものであり, 環境の保護は経済開発過程の不可分の一体をなすべきことが確認された。リオ会議は, こうした理念を中心とする27の基本的原則を盛り込んだ「リオ宣言」と, その後の10年間及び21世紀に入ってからの包括的行動計画として, 「アジェンダ21」を採択した。
 
図1-2-1 
WSSDでスピーチする小泉首相
 
 アジェンダ21は, 環境の保護・保全を確保しつつ地球の限られた資源の持続可能な開発を図るための40章からなる処方箋ともいうべきものである。この膨大な文書が最も多くのページを費やしている章が, 海と沿岸域を扱った第17章で, それは海洋・沿岸域の統合的管理, 海洋環境の保護, 公海漁業, 排他的経済水域内の漁業, 科学的知識の増大, 国際協力の強化, 及び小島嶼国問題の7つの分野において, 行動の必要性, 行動目標, 実施手段等を詳細に提示したものである。
 この第17章も含め, アジェンダ21は, 国際社会全体から各国の市民に至るさまざまなレベルにおける無数のイニシアチブの契機となり, すでに多くの成果を生み出している。しかし, その目標が達成されなかった部分も多くあり, また, 更に状況が悪化した分野も多々存する。そこで過去10年間の進展を検討し, とくに今後の優先的行動を要する分野を特定し, 目標の早期達成を図るため, 国連は2002年8〜9月, 南アフリカのヨハネスブルグにおいて「持続可能な開発に関する世界サミット」(WSSD)を開催した。
 
 WSSDには191ケ国の代表が参加したが, 8,000人以上の非政府参加者も, サミット及びそれに並行して開催されたさまざまなNGO, 女性, 先住民, 青年, 産業界, 労働組合, 専門的知識集団等のグループの集会・イベントに出席した。
 WSSDは, 「世界の人民の代表」の名において基本的共通認識とコミットメントを盛り込んだ「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」と, 特に今後10〜15年以内に達成すべき行動目標を掲げた「実施計画」を採択した。これら文書はアジェンダ21の完全実施の決意と, 持続可能な開発の3要素としての経済開発, 社会開発及び環境保護の統合の推進を表明し, 持続可能な開発の根幹的目標かつその要件として, (1)貧困の撲滅, (2)持続可能でない生産・消費パターンの矯正, 及び(3)経済的・社会的開発のための天然資源基盤の保護と管理, を強調している。また, 環境破壊が依然続く分野として, 生物多様性の喪失, 漁業資源の枯渇, 砂漠化の拡大, 気候変動による弊害, 自然災害の多発, 空気・水・海洋の汚染等をあげ, グローバリゼイションがこれらに対してさらに新たな問題を追加しているとする。
 
図1-2-2 
WSSDのNGOグローバルフォーラムで行われたセミナー
(水俣病患者の話に耳を傾ける人たち)
 
 またWSSD参加国は, 人間の尊厳の不可分性を強調し, きれいな水, 保健衛生・適度な住まい, エネルギー, 食糧の安全保障, 生物多様性保護等に対するアクセスを迅速に増大させる決意を表明している。そして, 政策の形成, 決定, 実施に際しては, すべてのレベルにおける行為主体―ことに「市民社会」―が幅広く参加することの必要性が再認識された。さらに, これに関連して政府, 国際機関, 企業・市民社会等の間のパートナーシップの概念が推進され, 会議閉会までだけでも約280のパートナーシップの形成が発表された。
 
3 海洋・沿岸域に関する進展―WSSD実施計画
 アジェンダ21のなかでも, とくに海洋・沿岸域問題に関しては, WSSDに先立ち, 2001年12月, UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)とデラウエア大学海洋政策研究センターのイニチアチブで「リオ+10年における海洋及び沿岸域」会議がパリにおいて開催され, 多くの閣僚を含む各国政府・国際機関関係者や学界・NGO等の専門家が参加した。これは, WSSDの審碑に貢献することを視野に入れ, アジェンダ21第17章を中心とするリオ会議の決定の実施状況を全体にわたって評価し, その問題点と新たに出現した問題を特定し, これらに対する対策を検討することを目的としたものであった。同会議の一般的結論は, 世界の海洋・沿岸域の環境には悪化の傾向が続いており, 持続可能な開発と貧困の削減は健全な海洋と沿岸域なしには達成し得ないとの認識から, WSSDでは同問題の検討が不可欠であることを強調するものであった。
 WSSDにおいては, 海洋・沿岸域問題はまとまった議題としては取り上げられなかったが, その種々の側面の検討結果は, 「実施計画」の主として「第4章 経済的社会的開発の天然資源基盤の保護・管理」に盛り込まれ, また小島嶼途上国の持続可能な開発については第7章全体があてられている。これらのなかで, 海洋・沿岸域問題については, 分野横断問題, 漁業, 生物多様性と生態系の保護, 海洋汚染(とくに陸上起因汚染), 海運に伴う安全と環境保護, 海洋環境と科学等に関連する諸問題についての具体的対策が勧告されている。なかでも, 緊急に行動を要するものについては, 可能な限り目標達成期限を定めているが, 主なものは次のとおりである(カッコ内は目標達成期限)。
 
(1)国連海洋法条約の批准及びアジェンダ21第17章の実施促進
(2)レイキャヴィク宣言及び生物多様性条約締約国会議決議を考慮した生態系アプローチの適用(2010)
(3)統合的, 学際的かつ多分野間的な海洋・沿岸域管理の推進
(4)漁業資源の最大持続生産量(MSY)の実現可能水準までの回復又は同水準の維持(2015)
(5)漁業関係各種国際条約の批准, 及び責任ある漁業に関するFAO行動計画の実施
(6)漁獲能力の管理及びIUU(違法, 無報告, 無規制)漁業の防止・削減に関するFAO行動計画の実施(2004〜2005)
(7)養殖の持続可能な発展
(8)種々の海洋資源管理措置の考案(特に, 海洋保護区域の導入等)
(9)ラムサール条約, 国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)の実施計画等の推進
(10)海洋環境の陸上活動からの保護に関する世界行動計画(GPA)の実施(特に都市廃水, 生息地の破壊及び富栄養化問題に重点)(2002〜2006)
(11)IMO関係諸条約への加入奨励と旗国による諸条約実施確保のための強力なメカニズムのIMOにおける検討
(12)放射性廃棄物に関する更なる規制策の検討, 及び放射性物質, 使用済み放射性燃料の海上輸送についての責任制度の必要性(事前通知, 協議制度を含む)
(13)海洋環境の現状に関する定期的な世界的評価・報告制度の国連の下での確立(2004)
(14)小島嶼途上国に対する種々の援助。特に, バルバドス行動計画の実施・包括的評価(2004)
(詳細は第3部 WSSD実施計画(抜粋)参照)
 
 なお実施計画は, 海洋・沿岸域も含む同計画全体について各国政府に向けた勧告として, 持続可能な開発のための国家戦略を策定し完成させるために早急に措置をとり, 2005年までにこれらの実施を開始することを求めている。また, 同計画の「実施手段」と題した第9章においては, 計画全体の実施のための様々な態様の手段について勧告している。それには, 次のものが含まれている。(1)先進国によるODAの自国GNPの0.7%達成努力, (2)民間部門による資金援助及び技術支援協力, (3)先進国・途上国の貿易政策に関するドーハ閣僚会議の作業計画の支持, (4)二国間及び地域レベルでの途上国への技術移転の改善, (5)研究開発における協力とパートナーシップの改善, 及び, (6)教育のための必要な資源の動員。
 
第2節 世界水フォーラム
 海洋・沿岸域と並んで, 持続可能な開発の実行に不可欠のもうひとつの要素は水資源であり, リオ・サミット後その管理の重要性の認識がますます広まった。世界的なシンクタンク世界水会議(WWC: World Water Council)は, 世界の水問題をあらゆる角度から検討するため, 3年ごとに「世界水フォーラム」を開催してきたが, その第3回目が2003年3月, 京都, 滋賀, 大阪で開かれた。フォーラムでは, いくつかの主要テーマに関するメイン会場でのセッションに加えて, さまざまな個別テーマごとの分科会が各種団体の主催で開かれ, さらに最後の2日間は日本政府主催の閣僚級国際会議にあてられた。
 水フォーラムにおいては, 淡水の問題のみならず, 海と淡水を含めた統合的水資源管理推進の必要性も認識され, これに関連したセッションもいくつか開かれた。国際海洋研究所(IOI)とSOF海洋政策研究所共催の「水はめぐる, 森・川・海・空・・・」セッションもその一つであり, そこでは, 海から大気, そして陸域の森林・河川・沿岸域へと巡る水の循環について地球規模及びローカルな視座から専門家の発表があり, 水の統合管理のために空も含む循環する水全体をとらえる必要性が強調された。さらにその成果は, のちに林野庁主催の「水と森林円卓会議」にも報告された。
 
図1-2-3 
「第3回世界水フォーラム」で舟運について講演しておられる皇太子殿下
 
 水フォーラムはその主な成果として「フォーラム声明」, 「閣僚宣言」及び水関連行動のカタログを生み出した。フォーラム声明は, 全ての人々が安全にして確保し得る水へのアクセスを達成するために解決すべき問題, なすべき行動, 勧告等を内容とするものである。なかでも, 水の管理(ガヴァナンス)問題に関連し, 水資源の統合的管理アプローチの広汎な採用と各国政府が水を優先的問題として扱う必要性を強調している。
 閣僚宣言は, WSSD等の成果を踏まえ, フォーラムの各セッションからのインプットも勘案してまとめられたもので, 一般的政策問題のほか, 水資源管理と便益共有, 安全な飲料水と衛生食糧と農村開発のための水, 水質汚濁防止と生態系の保全, 及び災害軽減と危機管理, に関する共通の認識, 決意, 勧告等を盛り込んでいる。
 世界水フォーラムにおいて, 海の問題も世界の水問題の不可分の一部であるとの認識は強まったと思われるが, 大部分の参加者の関心は依然淡水関係の問題のみにあった。そのため, 海水関係の参加者との対話・交流については一般の関心が低かったように思われるが, 上記のように一部のセッションを通じて, その端緒が開かれたことは評価される。今後は, 地球上の水は海を水がめとして海・空・陸を巡っていることがなお一層強調され, 淡水・海水の両者の関係者間の協力と共同の行動を多方面で推進していくことが望まれる。
 
図1-2-4 
「水はめぐる, 森・川・海・空・・・」セッションのポスター
 

アジェンダ21
 1992年の国連環境開発会議で採択された中心的文書の一つで, 環境と開発に関するあらゆる問題の現状を分析し, 関係する全ての行動主体によるその具体的対策を詳細に盛り込んだ包括的行動計画書。20世紀の終わりから21世紀に入ってからの行動の課題を網羅したことから, こう名付けられた。
 
WSSD(World Summit for Sustainable Development)
 1992年のリオ地球サミットで採択された行動計画「アジェンダ21」のこの10年間の実施状況をレビューし, この間新たに発生した課題を含めてこれからの10余年の取組みを議論するために2002年8〜9月に南アフリカのヨハネスブルグで開かれた会議。191ケ国政府, 国際機関, NGO, 産業界, 学者その他の人々が参加。「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」と今後10〜15年以内に達成すべき行動目標を盛り込んだ「WSSD実施計画」を採択。1972年の国連人間環境会議, 1992年の国連環境開発会議(リオ地球サミット)の直系の会議であるが, リオ地球サミットで環境保護を開発プロセスに内在化する「持続可能な開発」原則が採択されたのを受けて会議名から環境という文字がなくなっている。
 
UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)
 海洋の科学的研究・調査に関する国際協力の推進のために, ユネスコに設立された政府代表からなる委員会。主要活動は海洋学研究の促進, 全地球規模の海洋観測システムの管理, 教育訓練・技術援助の推進及び収集されたデータ・情報の伝播の分野におかれている。
 
デラウエア大学海洋政策研究センター
 米国デラウエア大学の海洋研究大学院に1973年に設置された総合的海洋政策研究所。この種の研究所としては全米最古のものの一つで, とくに海洋・沿岸域の統合管理問題に力をいれ, 有力専門誌の発行, 国際的パートナー構築等活発な活動を展開している。
 
レイキャヴィク宣言
 アイスランドとFAOが2001年にレイキャヴィクにおいて開催した「海洋生態系における責任ある漁業会議」において採択された宣言で, 持続可能な漁業の管理において漁獲対象種のみならず, 関連する生態系全体を考慮に入れることの重要性を強調している
 
漁業資源の最大持続生産量(MSY)
 特定の環境状態の下で, ある漁業資源から継続的(持続的)に採捕できる最大の平均的生産量。国連海洋法条約等多くの国際文書にも, 対象魚種の資源量を, 種々の要素を考慮しつつMSYを実現できる水準に維持しまたは回復しうるよう漁業管理を行うべきことが定められている。
 
IUU漁業
 違法(illegal), 無報告(unreported), 無規制(unregulated)漁業の略で, 一般に国または国際的漁業管理機関が採択する規則, 保存管理措置等を遵守することなく行われる漁業活動をさす。近年特にいくつかの地域的機関の管理水域内でのIUU漁業が大きな問題となっており, 2001年にFAOにおいてIUU漁業の防止・廃絶のための行動計画が採択されている。
 
ラムサール条約
 第8章(81頁)を参照
 
国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)
 「アジェンダ21」が呼びかけたサンゴ礁と関連生態系の保護のための国際的協力の一環として, 1994年に日本も含む先進国6ケ国とジャマイカ, フィリピンが始めた活動で, 他の多くのサンゴ礁国, NGO, 国際機構, 国際開発銀行, 私企業もパートナーとして参加している。
 
海洋環境の陸上活動からの保護に関する世界行動計画(GPA)
 第4章(39頁)を参照
 
バルバドス行動計画
 1994年に「アジェンダ21」の実施を目的にバルバドスで開かれた「開発途上の小島嶼国(SIDS)の持続可能な開発に関する世界会議」が採択した文書で, SIDSの持続可能な開発のためにとるべき具体的行動を掲げる。
 
国際海洋研究所(IOI)
 1972年に故エリザベス・マン・ボルゲーゼによって設立された, 海洋・沿岸域に関する教育・研究のためのNGOで, マルタに本部を設置し, 日本も含め世界の23の地域に活動センターを置く。特に途上国の専門家や政策担当者のための研修活動に加え, 毎年世界的な“Pacem in Maribus(海の平和)”会議を開催している。







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