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第3節 わが国における海洋ツーリズム等の課題
 海の恩恵に感謝するとともに, 海洋国日本の繁栄を願い, 7月の第三月曜日(2002年までは7月20日)が国民の祝日「海の日」とされている。祝日三連休により海の日が曜日指定となった今日にこそ海洋ツーリズムの全国的運動を展開すべしとの声が強まってきている。
 海は産業活動の場ではあったが, ツーリズムという意識で見られるようになったのは, わが国では中世以降のことである。しかも, もっぱら風光をめでるという域を出ることはなく, 塩湯治と呼ばれた体験観光としての海水浴が始まったのは, 江戸末期からのことである。
 
図1-8-4 
陸中海岸国立公園の中心をなす浄土ケ浜
 
 今日, 海は生産活動の場のみならず, 余暇活動の場としても使われている。フィッシングは, 釣りブーム等を反映し3,020万人の活動人口があるとされる。モーターボート等の免許所有者は278万人に増加し, ヨット, モーターボート, 水上スキー, パラセーリング, 水上オートバイ, トローリング, スキューバダイビング, サーフィン, ボードセーリング, 海浜キャンプ, 潮干狩り, 海上・海中遊覧, 水族館・博物館見学, 風景鑑賞, 洋上旅行等の数多くの人が楽しんでいる。海洋へのアクセスを容易にする器具の発明はさらに多くの人たちが楽しむことになる。リブリーザ(rebreathers)は, コンピュータでダイバーに送るガスの混合度をコントロールし, 120mまでの安全な潜水を可能とし, 浮上時以外は泡をふき出さないという。
 明治期, ベルツが適地調査をした海水浴については, 「日本の周辺海域は世界でも有数の荒海であり, 海洋性レクリエーションの初心者が増えれば, 海の事故が増加するおそれが強く心配である」という意見もあるように, 海洋汚染や事故防止から, 今日は, 海岸よりも大型プールでのスイミングが主流となっている。
 海洋ツーリズムに関してはコンセプトが確立しておらず, 多種多様な表現が使用され統一性にかけている。その原因には各省ベースの計画が主流であることもあげられる。予算獲得等の観点からそれぞれがネーミングを行い, 計画等を作成してきたところから, 他の計画との違いに重点をおく必要があり, 用語も違いを強調するものが数多く使われることとなったためと思われる。国土計画においても海洋性レクリエーション, 海洋リゾート等と変化してきたものの, その違いは実態上曖昧である。
 
図1-8-5 
青少年の育成にも活用されるディンギーヨット
 
 1988年7月の海の記念日に旧運輸省は「Marine'99計画」を策定し, 今後21世紀にむけて, ヨットやモーターボート保管場所の整備, 魅力あるウォーターフロント空間の整備, 海のレジャーに関するインフォメーションの提供, クルーズ(客船旅行)を楽しみやすくするための客船ターミナル等の整備等を推進していくこととした。旧建設省における海洋レクリエーションはコースタル・コミュニティー・ゾーン(CCZ)の整備として提唱された。CCZの整備は, 市町村が策定し全国41の地域で実施された。観光パンフレットで紹介するなど, 地域活性化の拠点として広くその活用を進めているところもあり, 石川県松任市石川海岸では, 来訪者が3万人から334万人と増加している。海上保安庁では2000年から「海道の旅(マリンロード)構想」を提唱している。出入港進路の安全確保や係留場所等の面で適切な港湾, 漁港等を「宿場町」とし, それらを結ぶ「推奨ルート」を設定, さらに安全情報及び利便情報を提供するとともに, 万一, 海難に遭遇した場合には, 民間救助機関等による迅速な救助を可能とするネットワークを構築しようというものである。農林水産省はグリーンツーリズムの漁村版としてブルーツーリズムを提唱し, 海辺の資源を活用したマリンレジャーや漁業体験を推奨している。
 
図1-8-6 
空からのぞむ横浜ベイサイドマリーナ
 
 海洋ツーリズムの諸活動は, 人の集中する都市の近くで増加する傾向がある。海洋レクリエーションの多くが都市の近郊で行われるため, 環境への負荷がますます大きくなることも念頭におかなければならない。厳しい行政評価が求められる時代の今日, 単なる造語だけではすまなくなってきており, 各施策が整合性のとれた, 体系づけられた海洋ツーリズムの確立が求められる。
 
 世界の海洋の健康が地球の健康のかぎを握っているといわれる。海洋資源に依存する観光の急速な発展は, 地球の未来の健康に大きく影響する。日本の環境は海にモノを捨てられることで森林が保護されてきたといえるが, いよいよ海にモノが捨てられなくなるとともに, 自然海岸の回復がむしろ国民的課題となってきている。
 
図1-8-7 
臨海部開発のはざまで息づく藤前干潟
 
 わが国では, 2002年に新たに藤前干潟, 内沼がラムサール条約(正式名称は「水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」(1975年発効, わが国は1980年加盟))により指定されたことが大きく報道され, また19ケ所が, 「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づく世界自然遺産に登録を希望していると報道されている。しかし, 鑑賞上価値の高い自然遺産としての白神山地, 屋久島では, 世界遺産の看板を利用した従来型の観光誘致が行われてしまい, 登山道の劣化等が拡大したとも報道されている。日本の海洋ツーリズムの発展には, 海洋景観と環境との調和が不可欠であり, そのための基本スキームの確立が必要である。エコツーリズムやサステイナブルツーリズムの概念は発生しているが, まだ確立されたものではなく形成段階である。
 わが国は35,000kmに及ぶ複雑な海岸線を有し, これまでも, 白砂青松百選(1987), 日本の海水浴場88選(1998), (財)日本ナショナルトラストによる鳴き砂サミット等の試みがなされた。1996年には「海の日」が国民の祝日となった機会に, 全国から, 景観資源としての特色, 海岸保全及び環境保全等の対策, 生活者との関わり合い等の観点から, 優れた「渚」が「日本の渚・百選」として選定された。
 柳田国男は, 日本三景のような名勝は実際には平凡でつまらないとした。文化財保護法による名勝指定も26ケ所の海浜と6ケ所の松原にしかすぎず, しかも特別名勝は虹の松原のみである。北方領土から沖縄まで変化に富む日本の海岸線は, 歌枕的名勝の風景のパターン化である白砂青松のイメージには収まらない魅力を有するはずである。西洋人が賛美した日本の自然美は, あくまで一つの文明の所産である。シーガイアを取り囲む松林は照葉樹林を破壊した後の二次林, 萩は原生林ではなく, 二次林に伴う植物である。日本にも戦前までは自然風景と調和した美しい集落がつくられ, 美しい町並みが至るところで見られたことは周知のことである。観光立国を目指すのであれば, 景観基本法を制定し, 長い時間をかけて美しい国土の創造をする覚悟が必要である。
 
図1-8-8 
日本の三大松原に数えられる「虹の松原」
 
(寺前秀一)
 

ラムサール条約
 1971年にイランのラムサールで採択された, 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約。現在では生物多様性と人間社会の福祉にとって重要な生態系としての湿地の保護・保全と賢明な利用に関する全ての面を扱う。締約国は一つ以上の湿地を指定・登録し, 保護措置をとる義務を負う。現在136ケ国において合計1,289の湿地が登録済み。日本では釧路湿原を登録して以降, 2002年11月名古屋港・藤前干潟, 北海道美唄市の宮島沼が登録され, 登録湿地は合計で13ケ所となっている。
 
世界遺産
 世界遺産は, 1972年の第17回ユネスコ総会で採択された世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)に基づきリストに登録され, 文化遺産, 自然遺産, 複合遺産に分類される。締結国数は, 2002年10月現在175ケ国。日本も1992年に125番目の締結国として仲間入りした。世界遺産リストヘの登録物件の推薦は, 世界遺産条約を締結した各国政府が行う。日本では日本ユネスコ国内委員会(文部科学省内)が窓口となり, 文化遺産は文化庁, 自然遺産は環境省が中心となって決定している。
 
(財)日本ナショナルトラスト
 国民的財産である美しい自然景観や貴重な文化財・歴史的環境を保全し, 利活用しながら後世に継承していくことを目標に, 1968年12月に設立された。







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