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3.3 調査結果とまとめ
3.3.1 海水流動と海水交換
(1)湾口部における海水流動
 大村湾内の海水流動および湾外水との海水交換状況は、底層水の貧酸素化と密接に関連する重要な問題であるが、これまでの情報はきわめて断片的である。そこで、バケット通信型の漂流ブイなどを用いた流れの調査を実施した。
 大潮期(上げ潮最強流時)に湾口で投入したブイの軌跡を図3.3.1a、bに示す。表層(3−5m深)・中層(10−15m深)ともに湾口部中央の浅瀬(図中に点線で表示)のまわりを反時計廻りに循環する渦の存在を明確に示し、その一部は下げ潮時に湾外に流出した。すなわち、浅瀬の南側では湾内に向かう流れ、北側では湾口へ向かう流れが強く、下げ潮時にもこの傾向は持続した。なお、この反時計廻りの渦の空間構造は、曳航型ADCPによる流れの測定結果でも明瞭にとらえられている。
 一方、大潮期に第2湾口部の中層(10m-15m深)に投入したブイの流跡を図3.3.1b、表層(3-5m深)のブイの流跡を図3.3.1cにそれぞれ示す。ブイは潮流の影響を受け第2湾口部付近を往復し、湾口部に向かうものと湾内に向かうものに分かれた。湾口に向かったブイは第2湾口部の北側から湾口部の反時計廻りの渦に取り込まれた。一方、湾内に向かったブイは湾の西岸に沿って南下した。これに対して表層(3-5m深)に投入したブイの湾内に向かう速度は中層のブイよりも遅く、下げ潮に転流する前に湾口に向かって移動し始め、その後湾口部の反時計廻りの渦に取り込まれた。第2湾口部の北側に投入したブイの方が湾内に移動した距離は短く、湾口に向かい始めるのも早かった。一方、小潮期には追跡時間が短かったこともあり上げ潮時から下げ潮時に至る流れの変化の全容は把握できなかったが、湾口部の反時計回りの渦は不明確になり、第2湾口部中層で大潮期と同じく湾西岸に沿って南下するものの、その速度は著しく減少した(図3.3.1d)。
 
(2)湾内の海水流動
 湾内に投入したブイの流跡を大潮・小潮あるいはドローグの深度別に図3.3.2にまとめて示した。中層(10m深)のブイは大潮期には湾西部で南下、東部で北上し、湾全体に時計廻りの循環が形成された。これに対して小潮期にはそのような中層の時計廻りの循環ははっきりとせず、湾央では北〜北東方向に移動するブイが多く見られるなど、複雑な流況を示した(図3.3.2a,b)。一方、湾央で投入した表層のブイは、いずれも湾の北東部に移動し、その後反時計廻りに第2湾口部に向かった(図3.3.2c)。
 以上をまとめると、大潮期には湾口部、湾内ともに反時計回りの流動が卓越することが分かる。すなわち、針尾瀬戸から流入した湾外水は第2湾口部南側の中層から湾内に流入し、湾内水は第2湾口部北側の上層から湾口に流出する。一方、小潮期には湾口部の反時計回りの渦が弱まり、湾内の反時計回りの流動も影響範囲が北側に限定される(図3.3.3)。これは大潮期には湾口部の反時計廻りの渦が駆動力となって湾内の循環を引き起こすのに対して、小潮期には渦が弱まるため湾内の循環も弱まることを示唆している。
 
図3.3.1 大潮期・小潮期の湾口部・第2湾口部の流れ
詳細は表3.2.1参照
 
(a)大潮期の湾口部の流れ(15m深)
 
(b)大潮期の第2湾口部の流れ(10m深)
 
(c)大潮期の湾口部・第2湾口部の流れ(3〜5m深)
 
(d)小潮期の湾口部・第2湾口部の流れ(10〜15m深)
 
 
図3.3.2 大潮期・小潮期の湾内の流れ
詳細は表3.2.1参照
 
 
 
 
図3.3.3 大村湾における海水流動の模式図
(漂流ブイ観測結果にもつづく)
赤が大潮期、青が小潮期の流れを示す。
 
 第2湾口部の北側から湾内水が湾口部に流出する過程は、上層に低密度(低塩分)水が分布するため北側で鉛直成層が強まるAライン(図3.2.1)の海洋構造から見て、密度流によるものと推定される。別に実施した数回にわたる曳航型のADCPやクロロテック(TPM型)による連続測定によって、第2湾口部の北側に相対的に高温・低塩分でクロロフィル蛍光値の大きい水域が分布していることが確認されており、大村湾内の表層から湾口部に流出する水塊の一部をとらえたものと考えられる。
 
(3)湾口を通しての海水交換
 湾口部(針尾瀬戸沿岸)で10分ごとに連続的に測定した水温・塩分の変動特性について解析した結果、基本的に大潮期には半日周期の潮汐による変動が著しく卓越していることが確認された。また、小潮期にも半日周期が卓越しているものの、日潮不等が大潮期よりも大きくなるため、水温・塩分変動に日周期が明瞭に表れるようになることが分かった。この日周期は主に潮差(干満差)の違いによる水温・塩分変動の波形の違いに対応するもので、潮差が大きいときには上げ潮時に水温・塩分が徐々に上昇、下げ潮時に急激に低下する「非対称形」の波形が卓越する。一方、潮差が小さいとき(佐世保の潮位で干満差が100cm以下のとき)には、上げ潮時の上昇と下げ潮時の下降に大きな違いが見られない「対称形」の波形を示す。このことは・上記の湾口部の渦による湾内水と湾外から流入した海水の混合の度合が潮差によって大きく変化すること、すなわち渦の発生が潮差の変化に依存していることを示唆している。こうした渦による海水混合の大潮・小潮による変化は、潮汐周期の海水交換の大きさにも影響を及ぼしている可能性があり、今後、湾内外の海水や物質の交換・収支の状況を細部にわたって検討する場合には重要な問題の一つになるものと考えられる。
 一方、これまで湾口部における海水交換率(潮汐交換率)については、実海域の知見が乏しく大まかな推定値しか得られていなかった(一次検査、2.1.2のII-1参照)。そこで二次検査では、湾内で塩分測定を実施した際に同時に湾口部で塩分の経時変化の測定データ(上げ潮時と下げ潮時の塩分平均値など)が得られた4回の事例(2003年8月5日、8月30日、9月18日および10月29日)について、海水交換率の推定を試みた。その結果を図3.3.4(1)に示す。大村湾の湾口部の湾外側での交換率(ro)については、湾外水の塩分のデータが得られていないため湾口部で測定された値の最大値で代用した。1潮汐周期の海水交換率(図中のrG)は、0.12〜0.26の範囲の値を示し(平均0.17)、1潮汐間の流出水量を湾内水の容積の3%と仮定した場合の湾内水の平均滞留時間はおよそ3.2ヶ月と推定された(図3.3.4(2))。これは、一次検査の際に使用した平均滞留時間3.0ヶ月(平成4年の環境庁の報告書にもとづく)とほぼ一致していることから、海水交換率に関してはとくに見直しの必要はないことが実海域のデータにもとづいて確認された。なお、図3.3.4で夏から秋にかけて海水交換率が低下(平均滞留時間が増加)する傾向が見られる点は、湾内水の交換に対する密度流の効果の季節的な変化を示唆しているようで興味深い。
 
図3.3.4(1)海水交換率の経時変化
 
 
図3.3.4(2)平均滞留時間の経時変化







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