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はじめに
 
 本報告書は、競艇交付金による日本財団の平成14、15年度助成事業として実施した「閉鎖性海湾の健康診断に関する調査研究」の成果を取りまとめたものです。
 海は、人体が行う食物の摂取から排出に至る一連の営みにも似て、河川等から流入する栄養塩を流れによって各部へ輸送し、食物網を通じて分解、生産・浄化を行っているほか、一部を漁獲により系外へ排出することにより、全体として海洋環境のバランスを保ち、我々に様々な恩恵を与えています。中でも、日本各地にある閉鎖性の内湾は、海洋資源の宝庫として私たちの生活を支えてきました。
 しかし近年、このバランスが生物の生息にとって重要な干潟や藻場を合む浅海域の消失などにより崩れてきています。
 SOF海洋政策研究所では、このバランスを回復させ、豊かな海を甦がえらせるべく各地で始まっている様々な取り組みに呼応して、海の環境状態を「海の様々な営み」を総合的に把握することで評価する日本初の試みである「海の健康診断」の調査研究事業を実施しております。「海の健康診断」は人間の定期健康診断のセンスを海に取り入れたもので、海洋環境が本格的に悪化する前の段階で、環境に対するマイナス因子を見つけ出し、以後の治療に結びつけていくものです。
 今般、主に長崎県大村湾で実施した同診断の結果や患部の改善に向けて内科的治療、外科的治療、漢方的治療に分けた処方箋を作成したので本書に取りまとめました。
 本書が海洋・沿岸域とりわけ閉鎖性海域の保全・利用・開発に携わる行政、研究機関、民間企業、NPOなどの方々の活動に少しでもお役に立てば幸いです。
 最後に、本事業の実施及び本書の取りまとめにあたりましては、長崎大学中田英昭教授を委員長とする「閉鎖性海湾の健康診断に関する調査研究委員会」の皆様の熱心なご議論・ご指導を賜り、これらの方々に対しまして厚く御礼申し上げます。
 
平成16年3月
 
財団法人シップ・アンド・オーシャン財団
会長 秋山昌廣
 
閉鎖性海湾の健康診断に関する調査研究委員会
委員名簿
 
(順不同、敬称略)
 
委員長 中田 英昭 長崎大学水産学部 教授
委員 松田 治 広島大学 名誉教授
委員 中田喜三郎 東海大学地球環境工学科 教授
研究担当者 寺島 紘士 SOF海洋政策研究所 所長
 大川 光 SOF海洋政策研究所 研究員
 高橋 鉄哉 SOF海洋政策研究所 研究員
研究協力者 平野 拓郎 国土環境株式会社 名古屋支店
 環境技術グループ 部長
 風間 崇宏 国土環境株式会社 名古屋支店
 環境技術グループ 研究員
 
1. 事業の概要
 
 本事業では、平成13年度に日本財団助成事業「閉鎖性海湾の環境モニタリングに関する調査研究事業」でとりまとめた「海の健康診断」のマスタープランおよびガイドラインを閉鎖性海域の現場に適用し、その考え方や検査項目、評価基準などの妥当性を検証した。また、今後このような環境診断を全国的あるいは国際的に展開していく場合に課題となりうる点についても検討を加え、ガイドラインなどの改訂や新たな提案を行った。図1.1に示したように、海の健康診断のプロセスはできるだけ簡便な方法で海の状態を概略的にチェックする「一次検査」と、そこで何らかの不具合が発見されたときにその点を中心に精密な検査を行う「二次検査」に分かれている。表1.1には、一次検査について、その指標とするカテゴリーと具体的な検査項目を示した。海の健康状態をここでは「生態系の安定性」と「物質循環の円滑さ」の2つのカテゴリーで判定した。前者は生態系を構成する生物の種類組成や生物量などが急激に変化することのない状態が保持されること、後者は栄養物質などの供給や生産、除去・分解のバランスが保持され、生態系のどこかに偏りを生じないことを、それぞれ海の健康な状態の条件と考えた。なお、一次検査では、表1.1に示した各検査項目について、ガイドラインは「健康」か「不健康」の2段階で健康状態を判定することになっていたが、本事業の結果を踏まえて、後述するように「健康(または良好)」、「要注意」、「不健康(または悪化)」の3段階で判定することを新たに提案しており、それに沿って当初の判定基準の改訂を行った(本報告で改訂した基準などの詳細については、2.3.1及び2.3.2付録−2を参照のこと)。
 
図1.1 海の健康診断のプロセス
 
表 1.1 海の健康診断の一次検査項目
診断のカテゴリー 検査項目 実用的なパラメータ
生態系の安定性 生物組成
生息空間
生息環境
生態分類群ごとの漁獲割合
生物の出現状況
藻場・干潟面積
海岸線延長
有害物質
底層水の溶存酸素濃度
物質循環の円滑さ 流入負荷と海水交換
基礎生産
堆積・分解
除去
負荷滞留濃度
潮位振幅
透明度
プランクトンの異常発生
底質
底層水の溶存酸素濃度
底棲魚介類の漁獲量
 
 平成14年度は、長崎県下の大村湾と橘湾(図1.2)を対象海域としてとりあげ、それぞれについて一次検査とその関連調査を実施した。また、二次検査(精密検査)に向けての予備的な調査を実施した。平成15年度は大村湾を中心として二次検査を実施し、あわせてガイドラインの修正案を取りまとめた。
 長崎県の代表的な閉鎖性海湾の一つである大村湾は、全国的に見ても地形的な閉鎖度がきわめて大きく、湾口部の針尾瀬戸を通して1潮汐の間に出入りする海水量は湾の容積のわずか3%ほどと推定されている。そのため、東京や大阪などの大都市圏の内湾に比べれば陸域からの窒素・リンなどの負荷量はまだ小さいにもかかわらず汚濁が進んでおり、CODは環境基準値をこえた状態が続いている。近年は湾内の漁獲量にも減少傾向が目立ってきており、長崎県や大村市をはじめ関係の自治体など各方面で湾の水質などの浄化に積極的に取り組もうとしている。このような浄化対策の実をあげるためにも、湾の環境の現状を的確に把握することが重要な課題となっている。
 一方、橘湾は湾口が外海に向かって開けた閉鎖度が相対的に小さい内湾であり、水質などの環境条件もこれまでは概ね良好に保たれていたが、最近になって湾内の漁獲量が急に減少する傾向を示しており、環境悪化の何らかの兆候ではないかと危惧されている。隣接する有明海では環境が悪化し、貝類などの漁獲量が急激に減少して最近は赤潮発生によるノリ不作など大きな問題が生じていることから、そうした環境変化との関連も懸念される。いずれにしても、早めに環境の現状を的確に把握し何らかの予防措置を講じることが強く望まれている。
 そこで本事業では、大村湾に加えて、地形的な閉鎖度合の異なる橘湾を比較対照としてとりあげることとした。環境に関する関心が高く、自治体などの調査データの蓄積がある程度なされている大村湾に比べて、橘湾についてはこれまで問題が少なかったこともあって既存のデータや情報が十分ではない可能性がある。その意味で、一般的な海湾への適用の可否を検討するための素材にもなるのではないかと考えた。
 以下に、まず大村湾・橘湾の一次検査とその関連調査の結果についてそれぞれとりまとめて報告する。また、大村湾についてはさらに精密検査に関する調査・解析結果の概要について報告する。
 







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