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第3章 介護保険制度への提言
1. 考察
1. 調査の御礼
 この調査に当り、全国の介護保険相談窓口(国民健康保険団体連合会、社会福祉協議会、権利擁護センター、福祉オンブズマン、NPO法人)を訪ねて消費者から寄せられた介護保険サービスに関する苦情相談事例を提供していただいた。同時に、苦情相談を受ける立場から、より良い介護保険サービス提供のあり方、苦情の解決のあり方についてなどのご意見もうかがった。
 個人情報の保護と公共の利益の狭間で事例の詳細に踏み込むまでには相当高い壁が立ちはだかった。そうした中で、プライバシーに配慮しつつも、快く苦情事例の内容や、解決の過程を開示し、丁寧に相談機関としての取り組みを説明していただいた相談機関には心から感謝を申し上げたい。
 
2. 苦情トラブルの特徴
 私達、消費生活相談を担当するものとして、情報管理と提供のあり方には常々厳しい姿勢を保っている。そのため、本報告書では、利用者個人や事業者個人が特定されないような記述をするようにした。どこで発生した被害なのか、どの事業者への苦情かなどは詮索するまでもなく、どこの相談窓口にも似通った苦情や相談が寄せられているといっても過言ではない。調査した事例が数百に上る中で、本報告書に取り上げた約50事例は、特別なものではない。ごくありふれたケースである。全国どこの介護保険事業者と利用者との間でもおきているトラブルである。
 しかし、そのトラブルが相談窓口に寄せられることそのものは極めてまれなことである。トラブルの多くは表沙汰にならないことが多い。ごく一般的な消費者契約に関わるトラブルでさえ、相談窓口に寄せられるのは僅か数パーセントに過ぎない。実際に起きたトラブル、消費者被害は苦情相談に寄せられた件数の10倍以上と見てよいのではないかと一般的には考えられている。
 介護保険トラブルの場合は、さらに表沙汰になりにくいと考えられる。なぜなら、利用者は何と言っても契約弱者である。品質が悪い、ニーズに合わないからといって、契約を解除すればすむものではない。サービスを利用しなければ生きられないかもしれない、苦情を言って施設を追い出されたら利用者も家族も共倒れになるなどという不安から、言いたいことも呑み込んでじっと我慢しているケースが少なくないことは容易に予想できる。だから、苦情申出者の多くは、匿名での対応を希望する。
 
3. 相談窓口の対応
 相談窓口の中には匿名の苦情は取り上げない窓口もあるが、多くの国保連では、匿名といえども、極めて真剣に対応している。
 国保連を始めとした相談窓口が、利用者からの苦情解決のために事業者を調査する中で、契約書、マニュアルの不備、研修体制や苦情担当窓口の未整備など事業者の不備な体制が整備され、改善案を事業者自らが策定し、以後のトラブル防止が図られてきた。
 調査後、事業者が改善案どおり実施しているか追跡調査を実施している国保連もあり、更に成果を上げている。国保連には斡旋や調停の権限はないとはいえ、苦情解決には、相当の成果をあげ、予後の改善につながっていることは評価に値するのではないかと考えている。
 また、利用者がどこにでも駆け込めるように、地域にきめ細かな相談窓口のネットワークを張り巡らせている地域もある。今後は、このような地域のサテライトが利用者の苦情の受け手であると同時に情報提供の窓口となることを周知させ、また、利用者の安心と信頼を獲得できるような質の高いものになるような取り組みが必要であろう。
 
4. 事業者の実情
 介護保険サービス事業に新規に参入した事業者の中には、契約弱者をターゲットにして不正請求など企む事業者もあり、新聞記事になった事例もあるが、多くの事業者は悪意があるわけではない。少々乱暴な表現ではあるが、従来からのやり方、考え方から脱しきれていない事業者、経験不足で法や制度の理解が不足している事業者、職員の教育が徹底していない事業者、組織の整備がされていない事業者、職員間のコミュニケーションがとれていない事業者、などがまだまだ多いのが実情ではないかと思われる。
 これまで、どちらかというと権利意識の低い高齢者を相手にしてきた事業者であるが、高齢者だけでなく、障害者も支援費制度になり、契約による福祉サービス利用が進む中で、事業者の意識改革とサービス提供マニュアル、苦情窓口整備、専門職員間のコミュニケーションの促進など改善するべきことは多いのではないだろうか。
 そうした中で、各地の事業者団体、研究会が、自らの適正な事業活動の推進とサービスの質の向上に向けて様々な活動を展開している。例えば、名古屋市の介護サービス事業者連絡研究会では、サービス提供困難事例の研究成果を事例集として出版する、対応困難といわれている痴呆介護の問題を研究する、また事業者評価事業を行政と協力して実施するなど、活発に取り組んでいる。こうした団体の取り組みが、地域の事業者の質を上げ、質の悪い事業者の淘汰に結びつくことが期待されるのではないだろうか。
 
5. 利用者の支援と消費者としての役割
 他方、利用者も、契約時に自らの意思を明確に表示し、納得してから契約をするという意識と、契約には権利と同時に義務もあるという自覚が必要であろう。
 契約に不慣れな高齢者を援助するために、名古屋市では消費者契約に詳しい介護保険アドバイザーを派遣し、成果を上げている。介護保険関係者の多くが介護保険の問題点は「質」の向上と考え、契約行為は軽視しがちではなかろうか。しかし、質の確保も法遵守も契約と深く関わっている。本調査では、便宜上各章に分けて分析しているが、いずれも契約問題に関わっている。介護サービスの質の向上や利用者の満足は上手な契約に始まるといっても過言ではない。消費者重視の契約締結に関係者が目を向けて欲しい。現在、介護保険相談員制度を取り入れている自治体も増えている。相談員の職務範囲や資質の向上を図ることであらゆる契約場面での支援に対応できるのではないかとも考えられる。
 本調査の事例からも、介護保険制度の枠を超え、地域の様々な機関・団体のサービスとの連携が必要であることも明らかになった。地域権利擁護事業をはじめ、多様なサービスを活用できるネットワーカーの育成も課題であろう。
 さらに、保険者の財源不足から、介護保険の自己負担率の増加が論議されている。1割自己負担ということで、事業者が不要なサービスを過剰に契約させる事例もあり、一方で利用者の要求過多も見られ、保険財源の負担増となることが懸念される。利用者も、必要なサービスを自らが節度を持って選び、利用するという自覚が必要であろう。
 当初、契約に不慣れな高齢者がサービス利用をためらうことを予想したが、調査結果から、予想を上回る利用があることがわかり、新たな課題と提言を加えることとなった。
 
2. アンケート結果
1. 概要
 アンケートは都道府県国民健康保険団体連合会と都道府県及び一部市社会福祉協議会107カ所に送付した。そのうち51カ所から回答を得た。
 「介護保険に関する相談の報告書、事例集、マニュアル」を作成していたのは32カ所。うち22カ所から事例集を提供いただいた。あわせて介護保険全般につき、いくつかの質問を行った。
 
2. アンケート結果より
 
グラフ(1)事業者に望むこと
 
 事業者に望むこととして最も多かったのは「契約時に十分な説明をする」であった。トラブルになって初めて契約内容を確認したというケースは多い。
 
 その他の回答は以下の通り。
・ケアマネジャーとの連携を密にする。
・利用当初の事故が多いので、一定期間は人員基準以上の職員を配置させる。
・入所(利用者)の健康状態をスタッフが十分把握する。
・事故等に関する説明責任を果たす。
・利用者と対等な契約関係にあるとの認識を高める。
・地域における介護サービスに関する情報の収集。
・内容によってはトラブルを個別課題としてとどめず、地域ケア会議等で検討し阻止に努める。
 
グラフ(2)利用者に望むこと
 
 苦情となっている事例の中には、利用者自身に問題があるケースも少なくない。利用者が介護保険制度を十分理解していないため、制度外の過大な要求が出るのではないか。多かった回答は「利用者自身が契約内容を理解する」である。介護保険制度そのものや契約内容を十分理解するには、「事業者とコミュニケーションを密にする」ことも有効であろう。
 
 その他の回答は以下の通り。
・地域における介護サービスに関する情報の収集をする。
・事業者との信頼関係を作る姿勢が大事。
・デイサービス等の通所介護利用者の家族は、事業所任せにせず一定期間つきそう。
・契約書や重要事項説明書をきちんと保管する。
 
グラフ(3)国・市町村がとるべき施策
 
 国・市町村がとるべき施策としては「介護保険利用者への啓発、情報提供」「事業者選択に役立つ客観的な情報を提供する」などの回答が多かった。
 
 その他の回答は以下の通り。
・トラブルが発生した際の徹底指導。
・ケアマネジャーに対して、トラブルを防止するための研修を行う。
・高齢者虐待防止法または、条例の制定。
・人員基準の見直し(特にけがや死亡事故が多い夜間と入浴介助時を中心に)。
・福祉サービス利用に関する啓発。
・苦情処理機関等の住民への周知。
・事業者自身が自己評価を積極的に行えるよう環境を構築する。
・事業者の組織化と研修充実の援助をする。
・第三者評価機関を設け、オンブズマンなどの育成をする機関、団体へのサポートを行う。







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