7. 感情的な行き違いに関する苦情
1. 概要
サービス提供内容には大きな問題はないのに、事業者と利用者やその家族とのコミュニケーションが不足したため、互いが精神的に傷つき苦情になった事例は多い。
問題となった原因は、行政窓口担当者やヘルパー・ケアマネジャー・施設や事業所職員など、サービスの提供側の対応にある場合と、利用者本人、または家族に問題がある場合とに大きく分けられる。
サービス提供側への苦情に共通するものは、説明不十分、誠意のない回答、不用意な発言、謝罪の言葉がない、などである。利用者の希望通りにサービスや補償が行われたにもかかわらず苦情が発生することもある。誠実かつ速やかに対応していれば苦情には至らならなかったと思われる事例も多い。
一方で、利用者の側にも、お金を払えば何でもやってもらえるという意識がある。ヘルパーを家政婦扱いし、極端な権利意識のもとに行動するため、事業者に精神的な苦痛を与えていることが多い。密室ゆえに、ヘルパーに対してセクハラをした、泥棒の疑いをかけたという事例も寄せられた。
これら精神的苦痛の背景には、介護保険制度そのものが十分に理解されていないという状況がある。介護サービスにおいて、信頼関係の構築は必須である。是非ともケアマネジャーがキーパーソンとなって感情的な行き違いを防ぎ、利用者と事業者の潤滑油となるべき役割を果たして欲しい。
2.今後の課題
ここで取り上げた問題の多くは“言動の問題”に起因している。保険者や事業者の認識不足によって、利用者の尊厳を傷つけるような言動があってはならない。
ヘルパーの呼びかけ方が利用者のプライドを傷つけたなど、些細なことで関係を悪くすることもある。アセスメント段階で、利用者の現在の状態だけでなくライフヒストリーまでも把握できていれば防げたトラブルも少なくない。ケアマネジャーの能力向上と関係者間の情報交換不足の改善に課題があるように思われる。
介護保険制度において、利用者とサービス提供者は、お互いの人格を尊重した対等な信頼関係にあることが基本である。サービス提供事業者は苦情の申し立てをトラブルとしてとらえるのでなく、より適切なサービスを提供するための貴重な意見・要望として認識すべきである。また、当事者間だけの話し合いで問題がこじれてしまう前に、中立的な立場で助言できる第三者機関や、多くの相談窓口が活用されることが望まれる。
感情的な行き違いに関する苦情(1)
介護療養型医療施設の入所相談時の対応が悪い
サービス利用者・・・男80才、要介護2
相談者・・・妻
●相談苦情の概要
夫を介護療養型医療施設(以下施設という)に入所させたいと思い、様子を見に行った。泣きながら話してしまったが、相談員が親切に対応してくれた。相談員は、この施設は要介護3以上の患者を受ける施設だが、要介護2の夫も、一応紹介状を持ってくるようにと言った。現在入院中の病院から退院の話があり施設へ電話したら、先日の相談員が出て「紹介状が用意できたら、また電話するように」と言った。2週間後、紹介状を持参し相談に行った。すると、若い女性職員一人が対応し、「紹介状は看護師が見ただけで、医師は見ていない」とのこと。せっかく紹介状を持参したのによいアドバイスを得られなかった。もう少し、介護している家族の気持ちになった対応をして欲しい。
●相談受付機関の対応
苦情処理委員会からの指示で国保連が事業者を調査した。
(1)「要介護度3以上が入所対象者である」あるいは「要介護2を理由に入所困難」とは説明していない。しかし、新人相談員の未熟さから相談者への十分な配慮がなかったと施設側も反省し、直ちに院長の指示で医療相談の責任者と担当者が謝罪した。
(2)紹介状の扱いについて・・・入所の判断にあたり紹介状からは、現在の病状と心身の状況が具体的に把握できなかった。よって看護部長の指示に従って聴き取りを行った。それを看護部長に報告し、待機者リストに載せた。当日は院長が不在だったため、後日報告した。
(3)入院の判断基準と決定について・・・紹介状の内容と相談時に家族から聴き取った内容を院長と看護部長が総合的に判断し、入所可否を決定する。院長不在時は事後報告し、最終判断によって決める。
国保連は施設側に介護保険法第176条により文書指導を行った。
(1)入所相談時には利用者や家族の気持ちに配慮した対応に心がけ、どの担当者でも同一の説明ができるよう内部研修を充実させること。
(2)紹介状の取扱や入所基準など、相談者が疑問を持ちやすい事項に関しては詳細に説明し、十分理解できるように努めること。
(3)施設苦情を謙虚に受けとめ、いっそうの介護サービス向上に役立てること。
調査結果を相談者に報告した。相談者は「新人相談員を責めるつもりはなく、責任者にしっかりしてもらいたかった。待機者リストに入っている旨、知らされホッとした」と納得した。
●問題点
(1)新人相談員が対応に不慣れで、相談者の気持ちを配慮した説明ができなかった。
(2)相談員の研修が不十分であった。院長不在時の紹介状の取扱方法について説明が不十分できちんと伝わらなかった。
(3)入所基準の説明が不十分であった。
(4)適正に入所の可否を判断するための判定会等の設置がなかった。
●特記事項
この苦情相談を受け、国保連は管轄の介護保険施設の2割を対象に『入所に関する調査』を実施した。その結果は、介護療養医療施設では半数程度しか入所判定会を開いておらず、構成委員も医療系の人が多くケアマネジャーがわずかに入っているのみで、介護職員はいない。「紹介状」も介護療養医療施設では半数が提出させているが、介護老人福祉施設や介護老人保健施設では、「診断書」を提出させていた。また、提出書類に施設独自の様式を決めているところは、ほぼ半数だった。
新聞記事から・・・
退院後の在宅療養「可能」は半数以下
入院患者の4人に1人は、退院の許可が出ても自宅での療養は無理と考えていることが、厚生労働省の2002年受療行動調査でわかった。住まいや家族の事情などが背景にあると見られ、地域医療など在宅療養を支える体制づくりが、改めて課題になりそうだ。
◆厚労省、入院患者調査
調査によると、退院後も在宅療養出来ると考える人は46.6%と半数以下。主に高齢者が入院する療養病床のみの医療機関に限ると、わずか18.7%だった。
在宅療養を可能とするための条件では、「家族の協力」(44.3%)を挙げる人が最も多かった。調査は、昨年10月、全国488か所の医療機関を対象に行い、入院患者については、4万3231人(回収率85.1%)から回答を得た。
(2003年12月23日 読売新聞)
|
|
感情的な行き違いに関する苦情(2)
退院時の状態を理由にデイケアの再開を断られた
サービス利用者・・・85歳女性、要介護5
相談者・・・ケアマネジャー
●相談苦情の概要
母は肺炎で2週間入院したが、回復したので10日前に退院した。体力の回復を待って、以前通っていた介護老人保健施設の通所リハビリ(デイケア)に申し込んだが、利用日の前日に施設から電話で断ってきた。理由は、意識消失発作があり、今後同様の発作がおきたときには、施設では対応できないということであった。入院先の主治医も「大丈夫」と言っている。施設の対応は納得できない。
●相談受付機関の対応
国保連が事業者を調査したところ、次のような説明があった。
(1)利用者は3年前より週2回デイケアと年5〜6回のショートステイを利用していた。
(2)ケアマネジャーから退院後サービス再開の依頼を受けた。
(3)再開依頼の連絡を受けた後、施設長及び関係職員で検討会を開き、意識消失発作に施設では対応できないので、治療してもらうか医療併設のサービス事業者の利用をすすめた。
(4)ケアマネジャーにはすぐ連絡した。
(5)利用者家族になかなか連絡が取れず、利用日前日にようやく連絡がつき、サービス提供が困難なことを伝えたが納得してもらえなかった。
国保連は施設側に改善の必要があると判断し、介護保険法176条により指導をした。
(1)苦情の遠因は利用者家族とのコミュニケーション不足にあると思われる。利用者が以前利用していた施設を利用したいというのは当然である。それを断るには、施設側に相当な理由があるはずで、それを利用者に十分理解してもらうよう細やかな対応が欠如していたのではないか。
(2)利用者は要介護5と重く、介護サービスは家族にとってはどうしても必要である。他の施設でサービスを受けている現状では正当な拒否理由とはいいがたい。
調査結果を相談者に報告したところ、施設の対応には納得できないが、他の施設が利用できるようになったことと、一連の調査によって一応納得した。
●問題点
利用者が弱者であることを十分配慮して、サービス提供が難しい利用者を一方的に断るのではなく、サービス提供時のマニュアルなどの整備や職員研修の充実をはかり、利用者を受け入れることが必要ではないかと思われる。介護保険法では、弱者保護の見地から、事業者の契約拒否や解約に制限があり、正当な理由がなければならない。万一契約を拒否するような事態になった場合でも、代替の施設やサービスを紹介することが必要である。
●特記事項
事業者は正当な事由がなければ介護サービスの提供を断ることができない。(厚生省令第37号第119条第9条準用)
新聞記事から・・・
痴ほう介護、小規模拠点を新設・・・厚労省 ◆2006年度から全国展開
厚生労働省は26日、介護保険のサービスを見直し、高齢者が地域で暮らし続けることができるような小規模・多機能拠点を、新たに設ける方針を固めた。痴ほう性高齢者の急増に対応するためで、既存施設を有効利用するなどして全国で整備を進める。
新たに整備される拠点にはホームヘルパーらが常駐、在宅の高齢者を対象に緊急時や夜間を含むヘルパー派遣や、日帰りのデイサービスを実施する。さらに、自宅での生活が困難になった人が入れる個室を備え、自分に合った介護を受けながら少人数で暮らすことができるようにする。
現在でも、地域の高齢者が集う「宅老所」で同様のサービスを行っているケースがあり、こうした試みを全国に広げながら拠点作りを進める。厚労省は今後、具体的な整備計画を検討、遅くとも2006年度の介護報酬改定時には、運営をスタートさせたい考えだ。
痴ほう症状の悪化を防ぐためには、居住環境を大きく変えないことと、同じ介護スタッフが高齢者の心身の状態の変化を継続的に把握することが望ましいとされている。小規模・多機能拠点の整備で、住み慣れた地域から遠く離れた施設に入所したために症状が悪化するというケースが減ることが期待される。
同日公表された厚労省の最新データによると、昨年9月末時点で要介護認定を受けた314万人のうち、痴ほう症状がある高齢者は149万人。半数近い73万人が自宅で過ごしている。痴ほう性高齢者は年々増加し、2025年に323万人、30年には353万人となり、65歳以上の10.2%を占めると推計されている。
(2003年6月27日 読売新聞)
|
|
|