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5. 介護事故に関する苦情
1. 介護事故の状況
 サービス提供時の事故は、調査したほとんど全ての相談機関に寄せられている。統計をみると、短期入所生活介護(ショートステイ)、介護老人保健施設で発生頻度が多く、合わせると半数を超えている。次いで、通所介護、通所リハビリ、介護老人施設という順になっている。
 発生した介護事故の内容で最も多いのは、転倒事故である。「車椅子乗り移り時に介助者が覆いかぶさるように倒れてきたので転倒した」「トイレで転倒した」「入所中にベッド脇で転倒しているのが発見されたが、職員から詳しい説明がない」などの苦情が多く寄せられている。
 次いで多いのが転落事故である。「ベッドから転落し骨折した」「車椅子から転落し、骨折したが家族に連絡がなかった」さらに、誤嚥、誤飲による事故もかなり多く発生している。その他、「体調が悪いのにすぐ対応してくれない」「疥癬に感染した」「褥創がひどくなった」など衛生や管理に関する苦情も寄せられている。
 
2. 事故発生後の対応
 事故による被害の内容も打撲、骨折から死亡事故まで様々であるが、苦情・相談として、国保連その他の相談機関に寄せられた事例からみると、「家族への連絡が無い」「事故の状況や原因の説明がない」「事故の責任を感じていない」「謝罪がない」「責任者の謝罪がない」「治療費を払わない」「損害賠償をしない」ということが相談や苦情の申立ての原因となっている。
 こうした苦情を申し立てられた事業者の多くは、サービス提供に関する記録の整備も十分とはいえない。また、事故対応マニュアルも作成されておらず、相談窓口の設置がない、責任者がキチンと決まっていないなどで、説明責任を十分果たしていないことがわかる。
 特に、医療系の施設では、事故に対する認識が欠けており、『あれは事故ではない、不可抗力だ』と主張する事業者もある。そういう認識のため、謝罪をする意識も薄い。
 また、「謝罪することで事業者の過失を認めることになるから」という防衛意識が先にたつためか、説明や謝罪が遅くなり、そのことで家族の怒りをかっている。施設長や経営者の中には、責任を問われると現場の担当者を責めるだけで、責任者として謝罪するなど責任を果たそうとしない者もある。
 介護事故の責任の所在は、事故の調査・原因究明でやがて明らかになることである。まず必要なことは、過失の有無にかかわらず、相手の立場にたって、被害にあっている当事者自身や家族に対して誠意ある対応をすることではないだろうか。
 
3. 介護サービス事故と契約
 介護サービスを提供する際には、生命身体に損害が生じないように、その危険を予見して、危険を避けるような対策を講ずる義務が課されている。
 介護サービス契約では、まずケアマネジャーによる介護サービス計画が立てられるが、適切なサービス計画を策定することは、利用者の状態を正確に把握することから始まる。そして、アセスメントが適切に行われることが必要である。
 介護保険サービスはそもそも、利用者の心身の状態を向上させ自立を目指すために提供されるものである。事故により心身に損害が発生するということは、適切なサービスが提供されていない、つまり債務不履行ということになる。したがって、事業者に過失があれば当然、事業者が利用者の損害を賠償する必要がある。
 介護サービス利用者は心身の状態が弱っているということもあり、過失の有無を問うよりは、事業者に過失がなくとも支払われるような損害保険の契約を準備しておくことが必要ではないだろうか。
 
4. 事故防止への提言
(1)介護保険制度上、事業者は『運営基準』でサービス提供に関する記録の整備と保存が義務付けられている。また『事故が発生したときには速やかに保険者や利用者の家族に連絡を行うと共に必要な措置を講じなければならない』とされている。まずは、法令を遵守し、利用者の立場に立った「コンプライアンス経営」を心がけることを望みたい。
(2)さらに事故を防止するためには、サービス提供マニュアルを整備することが必要である。マニュアルに従い、サービス提供の記録を正確に記載すれば、事故発生時の原因究明に役立てることも期待できる。
(3)事故や苦情は事業者のリスクである。従って、リスクマネージメントという意味でも、事故処理マニュアル、相談マニュアル等を整備し、相談窓口の責任体制を整えることが必要である。
(4)サービス提供には適切なアセスメントに基づいた計画が必要である。アセスメント、リアセスメントをきめ細かく行うことで、利用者の状態にあった見守りと介護サービスが提供されることになり、おのずと事故は防止される。
 アセスメントには、利用者や家族とのコミュニケーションをうまくとる技術が必要である。最近では「寄り添うようなアセスメント」がすすめられている。ケアマネジャーのアセスメント技術の向上など、資質の向上を図るような研修が欠かせない。
(5)事故を契機に、自らのサービス提供を見直し、改善するための自己点検を行うとともに、第三者評価を積極的に受けて、真摯に改善に取り組んで欲しい。
 
介護事故に関する苦情(1)
老健入所中の父が誤燕事故で死亡。説明と謝罪が欲しい
サービス利用者・・・69歳、男性、要介護3
相談者・・・長男
 
●相談苦情の概要
 要介護3の父は、脳梗塞で病院に入院していたが、病院カウンセラーと相談し併設の介護老人保健施設に入所することにした。しばらくして施設の相談員から、父が「他の入所者の食べ物を勝手に取るようだ」と言われた。看護師、相談員と話し合った結果、看護師がお金を預かり、買物、食事を見守りながらやるということになった。翌週、父は食堂で昼食を食べているとき、車椅子でぐったりしている状態で発見され、看護師が手当てをしたが死亡した。ブドウを喉に詰まらせ窒息死したということであった。
 何日たっても相談員から事故の説明がないので、電話で問い合わせたところ、理事長と入院中の主治医が自宅に来た。その時の説明では『不可抗力』ということで、死亡原因は父の責任と受け取れる説明であった。『心情的にはお詫びしますが賠償はできない』と誠意の無い説明だった。きちんとした説明と以下の疑問に回答が欲しい。
(1)介護施設では入所者の身体を安全に守る義務があるのではないか。
(2)昼食に出たブドウの大きさは脳梗塞病歴者には不適切ではないか。
(3)昼食時の入所者に対して監視は十分されていたか。
(4)父の事故を契機に施設が改善策をどう考えているか。
(5)過失の有無ではなく、きちんと謝罪して欲しい。
 
●相談受付機関の対応
 国保連の苦情処理委員が施設を訪問し、調査を実施した。その結果、
(1)重要事項説明は相談員が行い、ケアプラン作成のための会議には家族も入れ、同意を得て、6ヶ月ごとに内容を見直してきた。プランで特に注意している点は、嚥下でなくトイレ移動時の転倒だけで、食事についてはケアプランに立案していなかった。
(2)食事時は1テーブル12人に対し職員1名が必ずつくようにしている。ただ、これまでは嚥下に不安ある人に配慮した配置はしてこなかった。
(3)病院からは嚥下状態が悪いという申し送りがあり、ペースト食の時にはブドウは出さないが、状態が改善され、軟飯食になったので三粒出した。当日も食事中咳き込むなどの様子もなかったので通常の見守りをした。
(4)保険者に事故報告はしていない。死亡診断書でわかると思っていた。
(5)事故の説明謝罪がなかったのは、理事長と医師が説明に行ったとき、一方的に賠償の話が出てきたため。施設側には初めての体験であり、対応の仕方がわからなかったからだという。また、施設は遠方にいる他の家族に連絡した時、感謝の言葉をもらっていたので、納得していたと思っていた。今後謝罪したいということであった。
(6)改善策は、
◎嚥下障害のある人にはテーブルにテープを貼るなどして見守りに配慮する。
◎食事内容についても実際に食べてみて工夫している。
◎マニュアルをきちんと見直し、作り直し、連絡体制を強化する。
◎事故報告をする。
 上記のような委員の調査及び指導結果について、直ちに相談者に文書で連絡し、相談者からの質問について回答した。
 
●問題点
(1)ケアプラン作成時に、病院からの申し送り事項があったにもかかわらず、食事プランに入れていなかった。そのため、誤嚥についての見守りが十分とはいえなかった。また、病院の判断を鵜呑みにするだけでなく、独自のアセスメントを行う必要があったのではないか。
(2)食事時の見守りに工夫が足りず、嚥下に注意が必要な人をわけて見守りを強化するなどの配慮をしたテーブル配置などが必要ではなかったか。
(3)介護サービスマニュアルがきちんと作成されていない。
(4)事故に対する認識が甘く、結果事故報告も怠っている。
(5)事故処理のマニュアルもないため、説明や謝罪が事務的で、家族の心情に配慮が足りなかった。
(6)提供しているサービス(食事内容等)について、職員が体験するなどして、改善する姿勢が不足していた。
(7)意識的な法令違反ではないが、事故不報告は運営基準違反(厚生省令第40号第36号)。
 
●特記事項
 本件では国保連が調査指導にはいり、施設に対しては改善計画の策定について指導がなされた。その結果、見守り体制、連絡体制の強化、サービスの内容見直し等の改善策が作成された。指導1年後に再調査に入ったところ、改善計画通りに施設内のサービスが実施され、事故の再発防止が行われていることが確認された。







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