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4. サービスの質に関する苦情
1. 苦情の原因
 介護サービスとは、要介護者に提供される入浴、排泄、食事などの介助、機能訓練、看護、療養上の管理などを指す。つまり、体力、知力の衰えた高齢者が人間としての尊厳を保ちながら生きていくための援助をすることが介護サービスの役割なのである。
 介護保険サービスの質は、介護保険法とサービスの種類ごとに定められた基本方針、人員、設備、及び運営基準によって規定されている。これらの基準を守ることが介護サービスの質を確保するための前提となる。しかしながら今回の調査で、これらの基準に沿っていないためにサービスの質を損なっている事例が数多くあることが明らかになった。
 「アセスメントが未熟」「利用者にあわせて献立が立てられない」などケアマネジャーや介護職員の力量不足のために苦情となることもある。また、契約によるサービス利用に変わったことで利用者の権利意識が高まり、より質の良いサービスを求めるようになったことも苦情が増加した一因である。統計において、サービスの質に対する苦情・相談は大きな割合を占めている。
 
2. サービスの質を確保するための行政の役割
 各都道府県は、サービス事業者の指定に際して人員や設備基準などの審査を行うとともに、定期的な監査、指導を実施している。市町村も問題のある事業者に対し、指導、助言を行っている。これらはサービスの質を確保するために行政が行う基本的な仕事である。
 また、都道府県、市町村、国保連で行われている苦情・相談受付とその処理もサービスの質を向上させるために大きく役立つ。さらに多くの苦情をすくい上げるために窓口を増やし、受け付けた苦情・相談の事例集を出すことが望まれる。事例集を出すことで情報が共有され、事業者の質の向上につながっていく。
 サービスごとに行われる第三者評価も体制が整いつつある。公平中立な立場の第三者が介護サービスの質を評価して、その結果を公表する。それによって利用者はより質の高い事業者を選択できるようになり、全体のサービスの質が押し上げられるのである。その際、重要なのは評価結果の公表方法である。インターネット上や市役所・役場だけで公表というのでは高齢者に情報が行き渡らない。高齢者に確実に情報が届く方法が考えられねばならない。
 国庫補助で行われている介護相談員派遣事業で行政が相談員の役割を拡げ、契約時のアドバイス、事業者の選択方法についての助言を行えば介護サービスの質の向上にさらに役立つ。利用者が適正な事業者選択を行うことで質の悪いサービス事業者が改善・淘汰されていくからである。
 
3.サービス事業者に望むこと
 事業者は福祉事業を担う者として、サービスの質や内容が社会的に妥当であり介護保険制度の趣旨に添ったものかどうか、点検しなければならない。そしてサービスの質を常に維持、向上させる責務がある。より質の高いサービスを実現させるために事業者に次のことを望みたい。
(1)人員基準、施設基準、運営基準を遵守すること。
 これはサービスの質を確保するために最低限必要なことである。「利用者や家族の希望を聞く」「アセスメントを適切に行う」「記録を取る」「利用者や家族に説明をする」ということが行われていないため苦情になっている事例が多い。
(2)苦情や指導を冷静に受け止め、サービスの質を点検し、改善する姿勢をもつこと。
 苦情はサービスに対する利用者の評価や意向が把握できる貴重な情報である。苦情処理機関から指導を受け、その後サービスを改善した事業所は数多い。
(3)事業者が併設関係にある場合は、互いに独立した事業所として業務を遂行し、事務手続きを簡略化しないこと。
 特にケアマネジャーには、併設事業所の利益誘導に偏らない公正中立な業務が望まれる。
(4)介護保険関連施設は、地域との交流、家族会の開催、オンブズマンとの契約、ボランティアの受け入れなどを積極的に行い外部に開かれた事業所にすること。
 多くの人の目にさらされることで常に緊張感を持って介護にあたることができる。そしてそれがサービスの質の向上につながっていくのである。
 
4. 介護職員の資質向上のために
 質の高いサービスは利用者に大きな満足感をもたらす。それは人員、設備基準などに沿っているということだけではなく、介護職員の人的資質によるところが大きい。介護職員の資質を磨くためには長く仕事を続け経験を積むことが必要である。ヘルパーには非正規職員が多く、報告書作成時間や移動時間、ケア検討会の出席に報酬が支払われないなど待遇がきわめて悪い。そのため長期間仕事を続けるものは少なく、資格を取っても仕事に就かない者も多い。待遇を改善し、継続して働けるような環境を整えることで資質向上に結びつけることができる。社会貢献意識に頼っていては限界がある。
 また外部の研修を受けること、横のネットワークを作ることも大切である。同じ仕事をする仲間で、それぞれが抱える問題を共有し検討することで互いに高めあうことができる。介護職員が高い専門性を持つことで医療職との連携もスムーズに行えるのではないか。
 現在ケアマネジャーは50件以上のケースを抱えていたり、他職を兼務している者も多い。また、併設事業所の営業的役割を担わなければならない場合もあるなど、非常に厳しい立場にいる。このような状況の中で、ケアマネジャーが自らの役割を適正に遂行するためには、さらに専門性を高め地位を確立していくことが必要である。そのためのバックアップを是非行政にお願いしたい。
 
サービスの質に関する苦情(1)
訪問看護事業者から自宅での看取りを強要された
サービス利用者・・・75歳、男性、要介護4
相談者・・・妻
 
●相談苦情の概要
 夫は6年前に脳梗塞で倒れ、2年前から往診と訪問看護を受けながら在宅生活を送っている。夫の状態が悪化したため入院させたいと思い、訪問看護ステーションに相談したところ、管理者から「入院すると大変だからこのまま家で看取りなさい」と在宅での看取りを強要された。夫婦二人暮らしで他に介護を手伝ってくれる親族もいない。このまま自宅で介護を続けるのは不安で、「最期は病院で」と以前からケアマネジャーには伝えていた。管理者の対応に納得できない。また、夫の状態が急に悪化したため動揺し、不安な気分に陥っていたにもかかわらず、遺体の処理の話をするなど訪問看護師の対応に思いやりや配慮が感じられない。
 その後、夜中に痰がからみ、自分が吸引したところかなり出血した。慌てていたため、「困った時は自宅に電話をしてもよい」と言ってくれた所長と、緊急時電話番号の両方に電話をかけてしまった。結果として訪問看護ステーションの所長と担当看護師の二人に来てもらったため、往診を受けているクリニック院長から責められた。クリニックと訪問看護ステーションの対応に誠意が感じられず不満である。
 
●相談受付機関の対応
 苦情処理委員会は、保険者、ケアマネジャー、訪問看護事業所に対して調査を実施した。
(1)このクリニックはターミナルケアを中心とする在宅医療を行っている医師一人の個人診療所であり、クリニックと訪問看護事業所は同一法人。
(2)保険者には、クリニック及び訪問看護事業所に対する相談・苦情が他にも寄せられていて指導の必要を感じていた。特にクリニック院長の高圧的な態度に対する苦情が多い。
(3)ケアマネジャーは、クリニックから薬の処方をもらっている薬局所属である。ケアマネジャーは利用者の妻から終末期の希望を聞き、訪問看護事業所の管理者に伝えた。しかしその希望が受け入れられなかった上に、対応も悪いため保険者に相談。その後、保険者が相談者に国保連への苦情申し立てを促した。サービス担当者会議は行っていない。
(4)訪問看護事業所の2ヶ月分のサービス計画書を調査したところ内容が不十分だった。利用者に対するアセスメントも不足し、サービス提供後の評価もきちんと行われていなかった。
(5)同一法人のクリニック院長が主治医であるため事務作業が省略され、主治医からの指示書がなく、訪問看護計画書が主治医に提出されていないことがあった。
(6)契約書交付、重要事項説明は行われていたが、緊急時の対応については具体的な説明がされていなかった。
 
 国保連は、訪問看護事業所に対し次の指導を行った。
(1)系列事業者間であっても事務処理は省略せずに行うことが必要。その上で協力をはからなければならない。
(2)アセスメントを十分に行い、利用者の希望をふまえて訪問看護計画を立てることが重要である。特に終末期の援助にあたっては、個別性が強い事柄であるため画一的に処理せず、家族の状況、希望を十分くみ取らなければならない。
(3)利用者の病状の急変に対しては、事業所内での連絡体制を充実させることが必要である。
 
●問題点
(1)在宅重視というクリニック院長の方針を一方的に押しつけられた。系列事業所であっても別事業所であるとの自覚を持ち、アセスメントを充分に行えば利用者側の希望をくみ取ることが可能だったのではないか。訪問看護を行う上では主治医と密接な連携を図ることが必要であるが、それが利用者の希望を無視することにつながってはいけない。管理者、訪問看護師が利用者の方を向かず、クリニック院長の方を向いていたことが問題である。
(2)ケアマネジャーは利用者の状況の把握を行い、必要に応じて居宅サービス計画の変更を行わなければならない。利用者の意思を尊重してケアプランの変更を行うことも必要である。クリニックから薬の処方を貰っている薬局所属という立場上、家族の希望を伝えただけでケアプラン変更はもちろんサービス担当者会議を開くこともできなかった。
(3)終末期の援助というデリケートで個別性の強いサービスについての配慮が足りなかった。研修を重ね、個々の資質を向上させていく必要がある。
(4)緊急時の対応について、契約時に説明が曖昧だった。起こりうる事態を想定し、具体的かつ明確に説明することが求められる。緊急時の体制がしっかりしていて初めて、利用者は終末期の援助を事業者に委ねることが出来る。
 
●特記事項
 本件では国保連が調査指導に入ったことで、訪問看護事業所の管理者が交代しサービスの質は著しく向上した。積極的に外部の研修を受けるようになり、事業所内にターミナルケアについての研究会もできた。







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