2. 契約に関する苦情
1. 契約トラブルの特徴
介護保険では、契約に基づき介護サービスが提供される。介護保険は、単に介護サービスの提供にとどまらず、法律の諸問題の検討を要することとなった。
介護サービスの特徴は、利用者が高齢者であることだ。判断能力のない高齢者も少なくない。その上、相当長期にわたってサービスが繰り返される継続的契約である。また提供されるサービスは、いずれも利用者の生活に不可欠なものである。よって、事業者は、数回のサービス料金不払いを理由として、安易にサービス提供を打ち切ることはできない。
この契約は有償・双務契約であるが、利用者は高齢で、時には痴呆症状の見られる弱者もあるため、契約書の明文通りに契約が履行できないことも少なくない。一方の事業者も、介護保険施行後の新規参入者が多く、介護サービスの本質の理解が十分とは言い難く、契約責任のリスクの自覚が乏しい。利用者、事業者双方とも、契約意識に欠ける点が多い。
2. 契約不履行の内容
トラブル事例には、契約違反や説明不足のために利用者の納得がない契約が多い。特に医療系施設では、重要事項説明書や契約書などを軽視する傾向があるように思われる。
厚生労働省は、2002年10月から、ケアハウスや有料老人ホームに入所している要介護者等について、特定施設入所者生活介護として介護保険の居宅サービスを受けられる様に、制度を改正した。よって、現在は特定施設の指定を受けた様々なタイプのホームが乱立している。これらの施設では、法律や制度の理解が不足している所が多く、利用者と契約トラブルを起こしている。
グループホームは個室とユニットケアが特長で、小規模多機能が基本コンセプト。これらが利用者に歓迎され、国の予想を上まわる勢いで急増している。しかし、事前情報が得にくく、ケアそのものも密室性が高いため、苦情が表面化しにくい特質がある。
【事例に見られる契約問題の概要】
・訪問看護等医療サービスは契約締結になじまないと主張し、重要事項説明書を交付しない医療系の介護施設。
・重度身障者を対象とした医療機関で、契約書はあるが十分な説明がない。利用者は内容を理解しないまま契約書に押印。
・預かり金15万円と家賃の一部5万円を支払い、グループホームに入所したが、一日で退去を求められた。
・「サービス提供困難時の契約解除は14日後」と契約書に記載されているのに、アルコール依存症とセクハラ行為を理由として、即日契約解除通知を受けた。
・入所時に運営規定と重要事項の説明を受け、一応同意したが、契約書はない。看護職員が利用者から暴力行為を受けたことを理由に3日間の猶予で退院勧告を受けた。受けた説明と運営規定が違う。
・グループホームに入居したが、3ヶ月目で一方的に利用料の値上げを強要された。同意しなければ退去という。
・有料老人ホームに入居。施設はその後、介護保険特定施設の指定を受けた。介護保険の契約は保留していたのに、15万円のサービス料が加算されるようになった。支払わなかったので、契約解除の通知を受けた。
3. 契約書はなぜ必要か
介護保険法は契約を締結することを義務づけている。しかし、契約書交付の義務はない。お互いの合意で契約は成立する。ところが、契約書がないと後日、契約内容がわからなくなる恐れもあり、多くは言った、言わないの争いとなる。契約書に約束した事柄を記載していれば、相互にいつでも内容を確認することができ、トラブル発生時には証拠として利用することも可能だ。
介護保険法では、利用者の権利擁護規定は特になく、利用者は契約により権利と義務が生ずることになる。利用者の権利行使のために契約書によって内容を明確にしておく必要があると思われる。
また介護保険の契約には以下のような特徴があるので、契約書交付が望まれる。
(1)介護サービスは商品と違い、形がないために、事前に品質や機能を確かめることができない。無形のものを確認するには内容の表示が必要で、この表示の役割を果たすのが契約書や重要事項説明書などである。
(2)居宅サービスには新規参入の事業者が多い。実績がなく、介護サービスの本質の理解が十分でない業者も少なくない。
(3)介護サービス契約の場合、信義則が幅広く適用されるため、利用者の些細な義務違反があっても容易に契約解除できない。
(4)利用者と事業者の力の格差が大きいので、契約の内容が消費者契約法に抵触しないか確認することも重要である。条項によっては、無効になることもある。
4. 情報収集に工夫を
利用者がサービスを選択する場合、十分な情報の提供を受ける必要がある。しかし利用者と事業者とでは、情報量や交渉力に格差が大きい。よって利用者に情報を伝えるための様々な工夫を事業者や関係機関に求めたい。
介護契約では、法と政令、省令、特に運営基準や消費者契約法をふまえた契約書の作成が必要となる。契約書には以下の項目を記載するのが望ましい。
(1)事業者の概要
(2)契約の条件
(3)介護サービスの内容
(4)利用料金の概要
(5)緊急時の対応
(6)利用者の解約権及び事業者からの解除・解約権
(7)契約終了に伴う援助の規定
(8)損害賠償責任の規定
(9)利用者からの要望・苦情の処理体制
(10)個人情報の管理・守秘義務
|
|
介護保険の契約関係
契約に関する苦情(1)
グループホームから1日で退居を求められた
サービス利用者・・・男性 80歳 要介護3
相談者・・・子
●相談苦情の概要
痴呆対応型共同住宅(以下グループホームという)の入居前に、夜の徘徊など痴呆の状態がかなり進行していることは伝えてあった。グループホームでは、面接をして本人の状態を確認した上で入居を許可した。入居預り金15万円、家賃などの一部負担金5万円を支払って入居した。ところが、一晩たった時点で詳しい説明もなく退居を求められた。入居に際してはベッド、ふとんなどを購入したが無駄な出費となった。前払い金や一部負担金を返金して欲しい。
●相談受付機関の対応
公的相談窓口ではグループホームに次の点を指摘して改善を指導した。
(1)契約解除による退居通知は2週間前と契約書に記載されており、一方的な退居勧告は不適切である。また、やむを得ない場合の退居に際しても、安心して移れる場所を紹介するなどの適切な措置を講じる必要があった。
(2)利用者の主治医からの報告書には、昼夜逆転、破壊行為、時には暴力行為もあるなどの痴呆症状が明記されていた。しかし、施設長が行った面接の印象が良かったため判定会議を開かず、入居の適性を十分確認していなかった。入居に際してはこれら事前の情報を丁寧に収集し、的確に判断すべきである。
(3)入退居に際し、特別な別途費用がかかるものについては、契約時に書面等で明示して、トラブルの防止に努めるべきである。なお、前払金と一部負担金は、事業者との話し合いにより日割り精算で返金された。
(4)事業者は、グループホームの目的、社会的役割について再認識した上で業務にあたるべきである。
●問題点
(1)グループホームは比較的軽度の痴呆高齢者が日常生活の中に残存能力を生かしながら暮らす家庭的な介護施設である。かなり痴呆が進行した利用者にとっては不適切な施設であったと思われる。
(2)事業者は、入居に際しては判定会議を開き適性を十分確認しなければならない。今回のケースでは、その時点でグループホームの趣旨を利用者と家族に十分説明し、入居の適性がない点について理解を求める必要があったのではないだろうか。
●特記事項
(1)契約の際には以下のことをわかりやすく契約書に明記し、利用者や家族に十分説明した上で了解を得ることが必要である。
・退居の要件、退居先の確保について
・心身の機能が大幅に低下した場合のケアの継続について
・中途解約時の前払い金の精算規定
(2)義務づけられた第三者評価は、とかく密室性が高くサービスの提供実態の見えにくいグループホームにとっては、必須の要件である。自己評価と共に、情報公開は必要で、利用者や家族の貴重な選択情報となる。
新聞記事から・・・
営利法人参入進む痴ほう高齢者のグループホーム
痴ほう高齢者を対象としたグループホームの経営主体のうち、34.2%は営利法人であることが、厚生労働省の2002年介護サービス施設・事業所調査結果速報で明らかになった。
グループホームは全国で急速に整備が進んでおり、昨年10月1日現在の事業所数は2233で、1年間で960増えた。経営主体別の事業所数を見ると、営利法人は前年の26.1%から大幅に増えて初めてトップ。社会福祉法人(32.7%)、医療法人(24.6%)と続き、地方自治体は0.8%にとどまった。
介護保険の在宅サービスには、民間企業の積極的な参入が続いている。営利法人が経営主体となるサービスでは、福祉用具貸与(83.3%)、訪問介護(36.1%)などが目立ち、居宅介護支援は20.5%と初めて20%を突破した。
(2003年6月17日 読売新聞)
|
|
|