第1章 調査の概要
1.1 調査の目的
わが国は急速な高齢化の進展、障害者の社会参加の機会増大等を背景に、高齢者・障害児・者(以後、「障害児・者」を障害者と記述することにする)の交通手段の確保およびそのための整備が社会的課題となっている。中でも地域住民の生活に密着したバス、タクシーは規制緩和政策による参入規制の撤廃、不採算路線からの撤退等、大きな課題を抱えている。地方自治体によるコミュニティバスの運営の増加、NPO等ボランティア団体などによる移送サービスの増加など、事業を取り巻く環境が大きく変化している。また、平成12年(2000年)5月に制定された「交通バリアフリー法」の付帯決議にも、「障害者・高齢者等の個別輸送としてのSTSの導入及びタクシーの活用」が盛り込まれ、地域の福祉交通としてのSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)導入とタクシーの活用を含めた、バス、タクシー事業の地域交通における役割の再検討が迫られている。
本調査では、これまでの既往研究の成果を踏まえつつ、さらに地域社会の交通サービス全体として、地域福祉交通(1.2 調査の対象で定義)の必要性と役割、実施のための主体、役割分担、規模など、これまで十分に検討されていなかった点に着目し調査を進める。そのため、高齢者・障害者に向けた新たな地域福祉交通サービスに対する様々なニーズを全体的、個別的に調査し、さらにコミュニティバス、福祉タクシー、移送サービス、STS等の国内外の動向を把握する。また、その実施の仕組みを、運営主体、サービス内容、財源、法制度などを調査、整理し、わが国が採用すべき地域福祉交通の方向性を提示するものである。
1.2 調査の対象(地域福祉交通サービス)
本調査で対象とする「地域福祉交通サービス」は、次の交通機関とする。過疎地域の乗合バス、都市部のコミュニティバスも視野に入れる。
・高齢者・障害者専用のSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)。施設巡回バス、通所型施設への送迎サービス、デイサービスの移送等も含む。
・福祉タクシー、介護タクシー
・乗合バス(高齢者・障害者の需要に応じてフレキシブルな運行をするバス、一部のコミュニティバス等)
|
|
参考:本調査における用語の定義(解説)
移動制約者とは、交通手段の利用の観点から分類すると、移動制約者と移動困難者に分けることができる。
移動困難者は通常の公共交通手段を使えないか、あるいは著しく利用困難を伴う層である(表1-1)。
表1-1 移動制約者と移動困難者
出典: |
秋山哲男「地方におけるバス交通問題の将来展望」第16回移送サービス研究協議会、平成16年3月を加筆修正 |
平成7年(1995年)、大阪府羽曳野市で行ったアンケート調査の結果によると、全人口の約25%を占める人が「公共交通を利用する際に、身体的に困難を感じる人」、つまり移動制約者であると推定された。移動制約者25%の内訳は、高齢者・障害者が8%、非高齢者・非障害者が17%である。
図1-1に、本調査で対象とする地域福祉交通サービスの位置づけと地域福祉交通サービスのドア・ツー・ドア輸送を担うSTS等の定義を示した。
公共交通は、誰もが利用する交通サービスである。公共交通の一部である地域福祉交通サービスは、高齢者・障害者等、ある程度利用者を限定しつつも、公共交通手段のない中山間地域における免許を持ってない者等も考慮した計画が望まれる。
地域福祉交通サービスは、STSと一部の乗合バスで構成される。
STSは、既存の公共交通(バスやコミュニティバスなど)を利用できない移動困難者に対して、ドア・ツー・ドアサービスを提供する。一部の乗合バスサービスは、乗合輸送でありながら、利用者の利便性向上ときめ細かいニーズに対応するため、ドア・ツー・ドアに近いサービスを提供しており、今後STSの需要の一部を担う重要な交通モードとなるものと思われる。
図1-1 地域福祉交通サービスの位置づけ
1. 公共交通
鉄軌道、バス、タクシー、船、飛行機等の旅客輸送を行う交通機関。
2. 地域福祉交通サービス(バス未満の交通)
地域福祉交通の対象者は、高齢者・障害者などの移動困難者を中心としつつも、公共交通手段がない中山間地域で免許を持っていない移動制約者も含む。また、対象とする交通手段は日常の生活が完結する生活圏に運行する、高齢者・障害者専用のSTS(スペシャル・トランスポート・サービス)、施設巡回バス、デイサービスを含む通所型施設への送迎サービス、福祉タクシー、介護タクシー、一部の乗合バス(フレキシブルな運行をするバス、一部のコミュニティバス等)。ただし、都市部にネットワークがはりめぐらされている乗合バスや駅待ちタクシー等は含まれない。
2-1. STS(スペシャル・トランスポート・サービス)
既存の公共交通(バスやコミュニティバスなど)を利用できない移動困難者に対して、特別に仕立てたリフト付バンやタクシーなどの車両により、組織的にサービスを提供する公共交通の一種。(1)自由目的利用のドア・ツー・ドアサービスと、(2)通所型施設への送迎サービスがある。
(1)は行政・社会福祉協議会やボランティア団体などが直営あるいは委託運行するのが一般的で、日本は欧米に比べ未発達である。(2)には厚生部局の授産施設や高齢者在宅サービスセンター、養護学校の送迎等がある。将来は(1)をいかに強化するかが最大の課題である。
2-2. 一部の乗合バスサービス
一部の高齢者・障害者の移動に関連性が深い乗合バス
(フレキシブルな運行をするバス、一部のコミュニティバス等)
|
|
STS(スペシャル・トランスポート・サービス)の具体的なサービス例
移送サービス(移動困難な高齢者・障害者向けのドア・ツー・ドアサービス)
移送サービスは保健・福祉分野の法律的用語が拡大して、日常的にSTSと類似した意味で用いられるようになってきたもの。その意味でSTSの同義語の感があるが、主体的に自らの意志決定に基づく移動にはなじまず、あくまで福祉対象の人の輸送に本来の意味がある。
具体的には、移動困難な高齢者・障害者に対して、非営利の組織が会員制等により自宅から目的地まで等の送迎サービスを提供するシステムで、移動サービスと呼んでいる組織もある。ビジネスとしては成り立ちにくい部分を担っている。NPO、ボランティア団体、社会福祉協議会等の非営利団体がサービスを提供し、自治体や助成団体の財源をもとに、できるだけ利用者の負担を抑える運賃設定がされている。
福祉タクシー
福祉タクシーとは、高齢者・障害者等の移動制約者の病院・施設等への通院等のニーズに対応したサービスとして、車いす使用者やストレッチャー使用者が乗降できるリフト等を備えた専用のタクシー車両による輸送サービス。道路運送法上は車いす使用者等に限定した8ナンバーの許可を取得しての運行を指す。
施設送迎サービス
厚生部局・教育部局が高齢者・障害者に対して福祉・保険・教育サービスを提供する上で、自宅からサービスの拠点(施設など)までの通所に困難を伴う人に対して実施されているもの。したがって全ての予算は行政の財源で交通事業者に委託して行っている。具体的な事例として、障害者の授産施設、在宅高齢者サービスセンター等への通所サービスがあげられる。
介護タクシー(ケア付きタクシー)
移動困難者を対象に、ホームヘルパー資格を取得した介護ドライバーが運転し、サービスを提供するタクシー。平成12年(2000年)4月からスタートした介護保険の身体介護と移送を結びつけたものでもある。運賃は自宅のベッドからタクシーまでと目的地のタクシーから病院の窓口まで等で、平成14年度までは、ヘルパーによる乗降介護として30分2100円(本人負担210円)が支払われていた。平成15年度以降、要介護1以上の人は「通院等のための乗車・降車の介助」を行った場合に1回100単位(1,000円)認定、利用者は乗降介助に対して1割(100円)負担することとなった。現状では、タクシーでの移動自体は介護保険の対象外となっている。
1.3 調査フロー
本調査は、平成14年度から2ヵ年にわたり実施しており、図1-2はその手順を示したものである。
地域福祉交通サービスの実態把握については、平成14年度に把握できなかった部分について、追加のヒアリング調査を実施し、平成15年度にさらに充実させた。平成15年度は、実態把握から抽出した先進的な取り組み、工夫、課題に基づいた具体的な地域における整備方策の手順を整理した。
図1-2 調査のフローチャート
1.4 調査の内容
1.4.1 平成14年度の成果と課題
平成14年度は、利用者ニーズ把握のための検討、高齢者・障害者の地域福祉交通サービスを検討するうえでの視点を整理し、コミュニティバス、STS等の実態を把握した。また、都市部や地方において、地域福祉交通の枠組みを検討する際の課題を整理した。
(1)地域福祉交通サービスの実態把握
わが国の地域福祉交通サービスの実態を、既存資料の整理、アンケート調査、ヒアリング調査等により実態把握を行った。
(1)コミュニティバス・STS提供の実態(自治体アンケート調査)
自治体の運行するコミュニティバスの事例が増えたこと、社会福祉協議会等が運行するSTSの運行契機は、通院と施設送迎が多く、サービス供給量が不足している事が明らかになった。
(2)サービスの提供事例(自治体、STS団体、タクシー事業者等へのヒアリング調査)
STS団体(ボランティア)は、サービス供給量が不足、多様な利用者ニーズの受け皿となっているが、運営資金不足、ボランティア不足等の問題を抱えている。
タクシー事業者は、福祉タクシー、介護保険を利用したタクシーの運行等、福祉分野へ参入する事業者が見られた。特に、平成14年度までは、介護保険を利用したタクシーの利用者にとってのメリットが大きかった。
(2)地域福祉交通サービスを検討するうえでの視点整理
(1)地域福祉交通の枠組みの検討
発達している国とわが国の政策、既存調査の把握、地域福祉交通を検討するための新たな調査実施の必要性を整理した。
(2)高齢者・障害者のモビリティ保障の現状
次の視点から整備方策の検討を行った。
・国、地方自治体の高齢者・障害者に対する移動支援の現状
・ボランティア組織、タクシー事業者のサービス提供の現状
(3)地域福祉交通サービスの内容の検討
STSとその需要を補完する可能性のある、乗合バスとタクシーの中間の交通システムが極めて乏しいことが明らかになった。
(3)地域福祉交通サービスの課題整理
地域福祉交通サービスのあり方を検討する際には、地域福祉交通サービスの計画手順を示す必要性が高いと考えられる。
交通計画の課題としては、高齢者・障害者のモビリティを確保すること、高齢者・障害者の利用しやすい乗合バスとタクシーの中間的な交通システム及びSTSを整備すること、福祉施設整備計画との連携、過疎地域等地域特性に合わせたサービスの提供等を挙げた。
事業推進の課題としては、事業推進主体の検討、財源確保、事業手続きの明確化、簡素化等を挙げた。
1.4.2 平成15年度調査の内容
平成15年度は、前年度に抽出した課題を受け、交通事業者、車両メーカー、NPO等ボランティア団体、地方自治体等が直面する問題を技術的、経済的、政策的、理論的側面から明らかにし、地域福祉交通サービスの総合的な推進方策を提示した。
(1)地域福祉交通サービスの実態把握
内外の地域福祉交通サービスの実態を、自治体、STS運行主体であるボランティア団体、タクシー事業者へのヒアリング調査等により把握した。
(2)移送サービス運行主体の運営実態分析
移送サービス運行主体の運営実態分析のために、移送サービス団体へのアンケート調査と一部団体の運営、運行に関する既存データの分析を行った。
(3)地域福祉交通サービスの整備方策の検討
ノーマライゼーションの理念や高齢者・障害者の生活の質を守るための移動保障実現の観点から、地域福祉交通サービスの計画手順を整理した。
(4)利便性向上を図るための運営、運行方法の検討
地域福祉交通計画の策定を行う際、利便性向上を図るための運営、運行方法のいくつかの例と、今後の地域福祉交通サービスの整備方策のあり方を示した。
|