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 戦后は戦中に入所した多くの見習工や女子工員、そして転業者 和船丈の大工さん 洋船丈の大工さん も食べるため、次々とこの造船場から散って行きました。今工務店経営の方や他職種の方も多々です。私は体が弱かった為、周りの状況で設計部門に移り、やがて鋼船となり、他社へ出て中型船、大型ケミカルタンカーまでも手掛ける事となって終いました。たった3年程丈の船大工見習でも小さい頃の事は忘れぬものです。でも小さな町工場であったら、之丈の経験をせずに終ったかも知れません。短い経験は知らない事が山ほどです。機会を得て、色々の事を知り集めたいと思います。
 
浜の造船工場
桟橋より望む
 
積出し用の桟橋
 
洋形船のこと
洋形船
 之は、船体構造の他を含め、色々、多々の本が有ります。
 之から話す事は、始めに書いた様に、本などに有る基本構造の概念・・・でなく、船大工側より見た手仕事です。どの様にして作るのかです。
 戦中のとても短い経験のボート類、この造船所で特殊な曳船、近来の木船の様子を話したいと思います。戦中は海軍の要求で急に色々な船を造らされたのですが、漁業の為丈の特定な船以外の和洋型を作る事になりました。その内で洋型に類するものを並べて見ます。
 
 現在でも有る船ですが、特定の造船所より造っていない筈です。材料もさる事ながら優れた木工が必要なのですが、わづかの職人(若手は全て兵役に)見習工、転業工員、小学校の男子や女子・・・。
 完成后の障害は別項で書きましたが、工作法と様子を申し上げましょう。
 
 
 工場は砂地ですから、キール盤木は松、桂材の巾広のものを図の様に抗で固定します。形板は図の様なもので四ヶ所程(・・・と思ってました)に建て、支柱に固定します。
 前后固定は前后の形板や支柱にツナギをとり、外板面はリバンド(つなぎ)を打ちます。
 外板(桧)14m/m×110〜120、キール、ステム、トランサムなど(欅)、外部、上面の縦通材(欅)内部の諸縦通材は全て(欅)、足掛〜(松)敷板〜(桧)、外板の釘(銅鋲)櫂座〜(鋳鉄)・・・というもので欅、桧は全て本州より送って来たもので釘類は全て海軍支給でした。フレームは欅の2つ割で先に中心部を釘で固定し、蒸した肋骨を両舷を同時に蒸した肋骨を手で引いて曲げながら、外側から釘を打たせます。なかなか忙しい仕事で、肋骨は熱く、作業は、追われて全身汗みどろ・・・。(肋骨は外板を全て張り終わってから、蒸して軟かくなったものを曲げて取り付けます。)
 







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