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 こゝで和形、洋形の違いで、大きな建造工程の差を申し上げます。
 
1. 和形は矧合せた外板を船の形に組立てた后に、肋骨や船梁を入れて出来上がる。
2. 洋形は竜骨、肋骨を全て建立したものに、外板、甲板を張って出来上がる。
 
ということですが、和形には水密甲板を全面に張る・・・は有りません。ぢゃあ、弁財船の様に大きなものも外板を組立てから、肋骨を入れるのか・・・と最近、北前船調査時に、改めて当って見ると、肋骨が無い事。固定された木甲板が少い事。甲板の多くは、取外しの出来る板子用・・・なものでした。さて「大和形船製造寸法書」(明治35年逓信省船舶局)が只一の大形和形船の資料・・・という事で国会図書館よりコピーを入手しましたが、工作上の詳細は無く、図もなかなか解り難いものであり、地元の元船大工さんも、これを以て弁財船の大要を解る事はむずかしい・・・と申します。外板は接手を設けて順次に積み重ねており、船首と船尾に分かれてもおり、且つ外・の外板は別のものを別個に取付けている事も確認されました。
 絵馬を見る限り、厚さ150m/m以上の外板が繪の様にともが急に伸び上がった形に曲る筈は無く、多分別の板を付けているであろうと想像しておりました。少し丈の経験が有る丈に、どうして、どの様に造るのだろう・・・が先に立つので、すべてがこの調子で元へ元へと辿って終います。遂には、静岡の戸田でその昔ブチャーチンの為に造った戸田号?も当時は、すぐ近くの山にも、この様な船を造るに適した大木がワンサと生えていたのだろう・・・と。
 当地の林務署の有る人は申します『山奥には、まだまだ大木が沢山有ります。北海道産の木材丈で北前船を造るという事を考えても良いのではないか。但し、その昔の木材搬出の林道も長い間使わず、元の原生林となっている所もあるので搬出方法を充分考えねばならない』と・・・。之は器材とお金を充分に・・・という事です。之も大問題です。
 
秘伝と形受
 海事史料叢書を見ると、色々と沢山の伝来の秘伝が有るものです。秘伝は他へ余り知られると自分の権威が無くなる事を防ぐとメシの食いあげを防ぐ、の隻方でしょう。今なら発明とか新案特許でやゝ利権が守られているものでしょう。「この造船所には秘密は無い様です。」・・・と書きましたが、少々の秘密は有ります。今で云う(1)企業秘密と(2)個人秘密でしょう。
 (2)の個人秘密は、大工さん自身のもので、之を人に知らせると権威が失われるというより、他の人に知られると自分が不用になるという事の心配で、メシの食いあげになるのではないかが、第一と思います。私の様に体力が非常に劣り、船大工として落第生でしたが、数少ない個々の作業では、あれは何時頃出来るだらう・・・は想像できました。
 
 この造船場の秘伝は小型(板図)の画き方でも、地方(他の地方)から来た船大工さんが後生大事に持ち歩いていた。木組の雛形でもなく片側に1枚で取付ける棚板の形受であったと考えます。私が当時に聞いた事は幾通りかの方法がある様だ・・・との事ですが、云っているその本人も確たる事を知らず・・・の様なのです。
 棚板の型受を失敗すればどうなるかと云いますとその棚板がオシャカになります。例えばの話ですが長さ方向を間違いで短い場合は矧合せた棚板のか・の方を部分的に全て取外し、接手を作り新たに海具を取付け、更に型受けの仕直しと、なるでしょう。長過ぎた場合は切り合せで間に合います。巾方向を間違ったり、通り前を間違った時は、或いは一番棚下の海具を取替える事も起きましょう。この様な大きな失敗は無くとも上りの立ちはどの船もどの船も多少の切合せが出来ている様でした。“なぜ”は板の性質、材料の良し悪しで長さ70尺×巾6〜7尺×厚2寸の矧合せた棚板は、曲り具合や延びが微妙に違う様です。特には下棚のおもての様に蒸し曲げなどの有るものは様々です。見習工の我々は面白くてこれ等の取付時は、補導員の目を盗んで見に行ったものです。但し一般の職人は自分の誇りも有りますから、昼休みのメシ時に、ソッと見ている人も有ります。型受けの方法は前に書きましたが、舳登りの開きをピタリと合せることが一番大変の様です。下棚の登りは乗盤の高さの1割位が平均と書きましたが、之も聞いた丈の話で五分をプラスする職人もあれば八分をプラスする職人もあるのです。板の曲がりの実体は材質に依って多少異って、同じ型の船でも、舳に嵌込まれる延びも違って来るのです。肋骨形が固定され、どうにでも曲げられる小、中型鋼船の外板とは勝手が違い、現図展開方法も、こゝでは利用出来ない筈です。でも乗盤でもでも材料に依って1隻1隻形の違う事も有るのですから尚更。鋼板は溶接という便利な方法が有りますが、木材は之が有りませんし、接手が増える毎に船体はやはり弱くなって参ります。
 延びは外板のネジレで出て来ますが(一般曲りの延びではなく棚板の上縁と下縁の延びの違い)外面の(外板)の曲りと糸に依る型受との違いです。ですから舳登りの開きもなるべく延びの平均する様にと舳登りの長さとやゝ同長の点を基としての開きの計測を行いますが・・・。この登りの合せ作業時は、その船の責任者はどの人も冷汗をかいていたのではないでしょうか、私などは教えられた通りやっても尚且つ、心臓がドキドキし通しでしたから。
 
木組みの雛形
 
 
 之は少々図があやしいのですが、要は1材から環様の木作りの接手と2枚の板を造り出したもので匠としては尊敬するが、この造船場では己に大量生産の場であり、広い協調と単独作業でも人並以上のスピードと技を要求していて、左の様な細かな匠は必要なかったと云えましょう。
 
 秘伝を一般の船大工さんが残さない・・・という事は“メシ食いあげ”に関連すると先に書きましたが、私の居た造船場は、日給月給制で月々の収入を補償し且つ、勤務成績で精勤手当や、暮盆の手当も付き月間通して仕事が出来て、雨降り大工と呼ばれずに済んだ様で、この造船場は聞く所に依れば、知人や保障人が居て始めて入所技能試験の様のものを受ける事が出来るので、之に合格しなければ、船大工として採用されなかった・・・と他造船場で育った棟梁さんは申します。どの職場も昔はその様に日給の職人が殆んどで、戦争が始り、仕事が多くなり、大戦に突入して始めて、月給になった人も多かった筈です。今のパートさんは日給又は時給で働き易くなった・・・とは申せ、やはり月給で雇われる方が地位も安定している様な気になる筈です。試験?で入所した大工さんは他のヤードより優れている筈だから今迄書いた様な事は、全て憶えており、伝えたり、書いたりすることもできる筈ですが、諸先輩の大工さん方は大事な秘伝は何も残さずに逝ってしまわれました。今残る船大工さんに改めて憶えておる秘伝、しきたりは是非、伝えて欲しいものと尚々お願いする次第です。
 
大工道具のこと
 大工道具は今の考えと違い“大工の魂”だから大切にもし且つなるべく良いものを無理をして揃えたものです。尤も、良い道具は切味も良く、使い易く、長持ちしますので能率も上り、結果的に自分の経済も補けてくれる訳です。手元に見習工時代の道具の表が有ります『造船工に対する必要なる道具の名称及び所要数量』というもので、かぞえますと約70種×190ヶ・・・位です。
 職人でない人が書いたので抜けている大事なものもあり、2〜3を加えて並べました。今では百万円以上となる・・・当時でも一度に揃えられるものではありません。賃金(日当)が家大工さんより相当に高かったのは、この為かなー・・・など想像します。又、之等道具の消耗は、材料が大きい丈に家大工さんの比では有りません。鋸、ノミ、鉋、錐、砥石・・・道具凾は見習工の私も2ヶ必要となります。ですから、一般職人は勤務先に2ツ、自宅にも2ツ・・・とかの様に有って必要に依り、自宅から持参したものです。
 今の一般大工さんは自家用車に電動工具を積んで5kmも10kmも我が家の前と同じ・・・、昔の事の感想を聞いても返答には困る事でしょう。
 
名称 寸法(尺) 数量
曲尺 (指金) 1
斜角定規 大、小 2
木製六折吋尺 1
墨壺 1
ガンガリ鋸 1.3尺、1.0尺 2
ガンガリ鋸 細1.6尺、細1.5尺 2
通鋸 大、中、小 3
両刃鋸 1.0尺、0.9尺、0.8尺 3
サクリ鋸 0.7尺 1
引廻鋸 1.2尺、0.8尺 2
金切鋸 1
1.8寸、1.6、1.4、1.2、0.6、0.4 6
ソリ鉋 1.6寸、1.0、0.8 3
キワ鉋 左、右 1.4寸 2
メチガイ鉋 0.4寸 1
底取鉋 1.0寸、0.8、0.7、0.6、0.5、0.4 6
サキトリ鉋 左 右 2
小穴ツキ鉋 0.4寸、0.3 2
小鉋 1.0寸、0.8 2
外丸鉋 1.6寸、1.4、1.3、1.2、1.1、1.0、0.8、0.6 8
丸ソリ鉋 0.8寸 1
内丸鉋 1.4寸、1.3、1.0、0.6 4
ギンナ面鉋 0.3寸、0.25 2
ゴマガラ面鉋 0.3寸、0.25、0.2 3
サワ面鉋 0.6寸 1
ヒョウタン面鉋 1.0寸 1
ノミ 0.1寸、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0 10
突のミ(薄ノミ) 1.4寸、1.2、0.8、0.4、0.2 5
丸ノミ(外丸) 1.2寸、0.8、0.6、0.4、0.3 5
丸ノミ(内丸) 0.6寸、0.4 2
ダメキリノミ 1.8寸、1.4、1.2、1.0、0.8 5
両鍔ノミ 0.2寸、0.15、0.1、0.05 4
片鍔ノミ 0.2寸、0.15、0.1、0.05 4
丸鍔ノミ 0.25寸、0.15、0.05 3
樋のみ 1
ナラシノミ 1
桧皮ノミ 0.2寸、0.1、0.05 3
先ノミ 1
カエキノミ 1
ポンコチノミ 5厘ヨリ3分
ポンコチ 大、小 2
頭錐 0.2寸、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0、1.1、1.2 11
長錐 3分8ヨリ4分8マデ
ツボ錐 5厘ヨリ3分
ミツメ錐 大、中、小 3
先錐 5厘ヨリ3分
四ツ目錐 大、中、小 3
玄能 500匁、200匁、180匁、80匁 4
ハンマー 1封度 1/2封度 2
目フリツゝ ガラス釘用、鋸目立用 2
鋸目立金敷 1
釘〆 胴海用、磯舟用 2
丸釘〆 0.5寸丸、0.4、0.3、0.1 4
ボールト鋸 2分ヨリ8分
木棯子廻 7/32"×6"、5/16×12" 2
ボールト抜 0.5寸、0.4、0.3 3
クルック 1
バリ(釘抜) 箱バリ、割バリ 2
鋲起シ 0.5尺 1
目通シ 1
コッパーハサミ 1
コワシテコ 1
パテコテ 1
クツ引 1
自由金 大、小 2
小刃
タガネ 平、細
スパナー
寸法取
合砥石 1
中砥石 1
荒砥石 1
金剛砂砥石 1
穴パス 0.5尺 1
丸パス 0.5尺 1
ブン廻シ 0.6尺 1
目立ヤスリ 1
ヤットコ 1
コーキンタガネ 1







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