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1997年12月号 論座
国家総動員もどきの「指針」 実施の法整備はできるのか
田岡俊次 朝日新聞編集委員
 
 日米の外交・防衛担当閣僚が九月二十三日にニューヨークで合意した新しい「日米防衛協力の指針」(ガイドラインズ)をめぐる論議は、適用地域の問題や、自衛隊が米軍支援のために海外で果たす役割(掃海、臨検、洋上補給など)に集中しがちだ。それらも大事な問題ではあるのだが、この「指針」によって一般の日本国民が外国で戦う米軍を支援するためにどのような義務を負うのか、という観点は、いっそう重要と思われる。
 この「指針」は大前提として「日米安全保障条約及びその関連取り決めに基づく権利及び義務並びに日米同盟関係の基本的な枠組みは、変更されない」としている。ところが「指針」は他方で、「日本周辺地域での事態」に際して、米軍の後方支援を行うため「中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」ともいう。官民こぞって、外国で戦闘する米軍を支援するわけで、まるで“国家総動員体制”だ。昭和十三年の国家総動員法のような経済や言論の統制まで含んではいないが、当時の日本は日中戦争の二年目で、悪戦苦闘のさなかだった。今度の「指針」は、日本が攻撃を受けたり、どこかで戦争をしているわけでなくても、外国における外国の軍事行動を官民の力をあげて支援するための法令や制度をつくることを、事実上約束している。一応は「立法上、予算上または行政上の措置をとることを義務づけるものではない」としているものの、同時に「具体的な政策や措置に適切な形で反映することが期待される」というのだから、何もしないと、アメリカが例によって「日本の約束違反だ」と騒ぐのは必定だ。
 他方、日本が強く求めていた「非戦闘員退避」(邦人救出)への協力については、「両国政府は、自国の国民の退避及び現地当局との関係について各々責任を有する」と米側の原則を貫いたうえで、「適切であると判断する場合には・・・協力する」となった。外務省は米軍の協力を得るのに成功したかのように吹聴し、日本のメディアもそれを口移しにした報道が多いが、もし契約書に「適切と判断する場合には、代金を支払う」となっていれば、カネは払ってもらえないと覚悟したほうがよいだろう。仮に朝鮮半島で戦乱が起き、外国人の退避が必要となれば、米軍がまず七、八万人といわれる米国市民を退避させるのは当然だ。中型輸送機C130(四発ターボプロップ)で運ぶとすると約八百便、専用列車で釜山などへ退避させるなら一列車に千五百人か二千人ずつ乗せるとして四、五十便だから、一週間か十日はかかるだろう。そのすぐ後に米軍が日本人を運ぶのを「適切」と判断してくれるとしても、そのころには大勢は決し、最も危険な時期は去っていることが考えられる。
 もっとも、「権利、義務は変更されない」のが大前提で、日米安保条約には、外国での邦人救出は入っていないから、アメリカが六月の「中間とりまとめ」で「協力できない」と言ったのは当然でもある。なんとか「協力」という言葉を入れてもらったのが精いっぱいというところだ。
担当省庁に相談せずに対米協議
 アメリカが巧みな表現で義務を負うのを避けたのに対し、日本は安保条約や地位協定にない米軍支援を行うことになった。安保条約第六条は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」というもので、日本は基地を貸し、地位協定で定められた免税や移動の自由などを認めさえすれば義務を果たしている。だが、この大前提とは裏腹に、実質的にはアメリカはこの「指針」で新たな「権利」を獲得し、日本は新たな「義務」を負う結果となった。
 「指針」そのものは一種の「政策提言」のようなもので、これを実行するためには、日本の国内法令、行政措置が必要だが、「指針」にいう「政府、自治体、民間の能力」は、外務省、防衛庁の権限には属さず、多くは他省庁の扱う分野だ。他省庁は外務・防衛当局者が、必要な法案づくりや措置の権限を持つ担当省庁とほとんど相談もなしに米国側と協議を進めたことに対して、当然ながら強い不満を表している。政府は「指針」関連の有事法案を来年一月からの通常国会に提出したい意向だが、国内法令や実情、経緯に精通する担当省庁の協力がなければ、法案をつくることは困難だ。
「空港や港湾の確保」だけでも甚大な影響
 「指針」で最も影響を受ける中央官庁は運輸省だ。「約七割は運輸省マター」と防衛庁も認めている。
 運輸省関連の主要な協力項目は、(1)民間空港、港湾の一時的使用の確保、(2)米軍の人員、物資の積み下ろし、保管の場所と施設の確保、(3)民間空港、港湾での物資、燃料の提供、(4)国内での人員、物資、燃料などの輸送、(5)交通量増大にともなう海上運航調整、空域調整、(6)国連の経済制裁に協力するため海上保安庁の巡視船による外国船舶の検査(臨検)、(7)米軍施設・区域(基地など)の周囲の海域の警戒、などだ。空港、港湾の管理者が地方自治体であることも多く、自治省・自治体のマターでもある。
 しかし、(1)の「民間空港、港湾の使用確保」だけでも大変である。今日でも米軍機、軍艦、輸送船は、民間空港・港湾の管理者の許可を得て出入りすることができ、長崎空港では昨年だけで三百三十八回も米軍機が着陸している。「指針」で新たに「確保」(ensure)としているのは、こうした通常の出入りではなく、優先的、強制的に米軍が使用できるようにするという趣旨だ。ところが空港建設にあたっては用地買収などの際に、地権者や地元自治体、周辺住民と「空港の運用時間は何時から何時まで」とか「軍用には使用させない」などの協定があることが多く、それに違反するような「使用確保」の法令をつくると、訴訟になったり、将来の拡張工事の重大な障害となる恐れが大きい。
 米軍は、成田の新東京国際空港の使用も求めたといわれる。やっと第二期工事に明るい展望が開けはじめたときだけに、運輸省はこれには猛反発を示している。「中核派が成田は軍用飛行場になると宣伝するので、われわれは、そんなことはありえないと、必死で打ち消し、軍用に使わない、という国会答弁を三十三回も繰り返してきた。米軍は中核派と同じことを言うのか」と、運輸省幹部は怒る。さすがに米軍も成田、羽田だけは要求から外した、ともいわれるが、それも秘密だから、周辺住民への説得力を欠く。米軍は全国十一カ所の民間空港の使用を要望し、防衛庁にリストを提出している、ともいわれているが、それがどこなのか、十月中旬の時点では、運輸省が問い合わせても回答しないという。
 九四年三月に概要が韓国で明らかにされた「米韓連合作戦計画五〇二七号」は、第二次朝鮮戦争が発生した際には、米軍は人員四十万人以上、航空機千六百機以上、艦船二百隻以上、(空母五隻を含む)を韓国とその周辺に集結する、としている。千六百機のうち空母五隻に計約三百五十機、現在韓国と日本にいる米軍機がヘリコプターを含めて約四百機とみて、残り八百五十機程度を日本と韓国の飛行場に新たに収容する必要が出るだろう。その半分の約四百機が日本に来て、一カ所で約五十機を収容するとしても、計八カ所の飛行場が必要となる。在日米軍基地にも自衛隊基地にもそれほどの余分な収容力はないから、一部の民間空港がほとんど米軍機に占拠され、民間機の運航停止や減便が起こる事態も考えられる。港湾の埠頭やコンテナヤードも米軍が優先あるいは強制使用するとなると、船会社にも地域の経済活動にも打撃を与えるだろう。
 運輸省は国民の足の確保、経済活動のための輸送確保を任務とし、また航空会社、船会社、陸運会社など監督下の業界の保護育成や調整をしてきたから、国内の定期便各社に許した発着枠を変えたり、外国との航空協定を停止するようなことに、もともと難色を示す。
 荷揚げ・荷積みや米軍の人員・物資の輪送などの役務提供を、企業や従業員が断ったらどうするのか。自民党国防部会が七月三日に明らかにした「日本周辺有事での対米協力に必要な法整備の検討項目」によると、「強制措置(罰則等)に関する立法措置」を考えている。橋本首相は国会答弁で「罰則は考えていない」と述べているが、まず徴用や補償の制度をつくり、将来は第二段階で罰則を追加することもありえよう。
 これらは運輸行政の根幹にかかわる政策の転換だが、運輸省によれば、外務省は運輸省とほとんど協議をしないままアメリカ側と協議し、運輸省が問い合わせても回答しなかったり、執拗に説明を求めると切り張りした資料を送ってきた、という。日米防衛協力の指針は、外交、防衛マターである以上、外務省や防衛庁にアメリカと話し合う権限はあるが、同時に実施のための制度や措置は関係各省庁の権限に属する。日本の官僚は国家行政組織法と縄張り意識にもとづき、権限には敏感で、自分たちの施策が他省庁の権限に触れそうな場合、相議(あいぎ)を重ねたり、異存がないことを確かめるものだ。一つの案件がどの省のどの課の職務権限にかかわるかを予測するのが官僚の重要な能力とされる。うっかり仁義を切り忘れると、「当方は聞いておりません」と協力を拒まれたり、後で問題が生じた場合「独断でおやりになったことゆえ、貴省が処理なされるのでしょうな」と責任を問われたりするからだ。
 これが官僚社会の慣行で、うっかり一つの課に連絡を忘れても悶着が起こるのだから、今回のように他省庁の行政の根幹にかかわり、企業や利用者、周辺住民への影響が大きな問題で、意図的に連絡・協議しなかったとなると、運輸省が怒るのも無理はない。内閣安全保障室を幹事役に関係省庁(外務、防衛、運輸、厚生、通産、法務、大蔵など)の局長でつくる緊急事態対応策の関係局長会議が開かれるはずだったが、それが開かれたのは「指針」の「中間とりまとめ」が六月七日に出たのち、七月に入って以降のことだ。本来ならこんなに大事なことはまず国内の省庁で協議したあと、対外協議に入るべきだろう。それが逆になったのは、外務省、防衛庁が日本の他省庁より、米国務省や米軍に親近感を抱いていることの証明ともいえよう。
病院を米軍の負傷兵に明け渡せるか
 「指針」に頭を痛めているのは運輸省だけではない。協力項目の例のなかには、「日本国内における傷病兵治療」もある。たとえば朝鮮半島での戦闘で負傷者が多数出た場合、日本に運んで治療するわけだ。厚生省は「どれほどの数になりそうか、外務省に聞いても答えがないので、当方は考えようもない」という。今のところ厚生省は、阪神大震災後につくった「災害拠点病院」制度で対応するという。これは、基本的には被災地から患者をヘリコプターで輸送し、被災地の外の多数の病院に分散するシステムだが、軍隊は負傷兵といえども掌握しておきたいから、日本に送ると各地に拡散していくのでは米軍も困るだろう。また米軍の軍医、看護婦も来るし、言葉の問題もあるから、やはり何カ所か病院を接収して米軍病院にしたいだろう。
 朝鮮戦争中には日本各地に米軍病院があり、ベトナム戦争中にも一部が東京都北区の王子などに残っていたが、今は沖縄に米海軍病院があるだけで、ほかは小さな診療所程度。自衛隊も大きな病院は東京都世田谷区池尻の中央病院だけだ。このため自民党国防部会の法整備検討項目には、「緊急事態に政府が諸施設を医療用に強制使用する法的措置」が入っている。
 日本が攻撃されて、自衛隊に多数の負傷者が出た場合なら、一部の病院を自衛隊専用にすることは国民の理解を得られるだろう。だが、外国で戦って負傷した米兵が日本に送られてきそうだ、というときに、日本人の患者をほかの病院に移し、米軍専用に病院を提供するような法令をつくろうとすれば、医師や患者から反発が起きるのは確実だ。この問題には厚生省だけでなく、大学病院を持つ文部省、公立病院を持つ自治体と自治省もからんでくる。
 九四年に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核疑惑が焦点になり、アメリカは核施設の攻撃を考え、第二次朝鮮戦争になることも覚悟したが、このとき、米軍は九十日間で自軍の損害は五万二千人、韓国軍には四十九万人の損害が出ることを覚悟していたと、元ワシントン・ポストの高名な外交記者ドン・オーバードーファー氏が近著『二つの朝鮮』で述べている。米陸軍の参謀用マニュアルでは、人的損害のうち通常は死者が一七%、負傷者は七〇%、捕虜・行方不明が一三%程度だから、米軍の負傷者は約三万六千人の計算だ。この場合、「損害」とは戦力を喪失した人数を指すから、負傷者の大半は入院を必要とする。仮にその半分でも日本に送ったり、日本経由で本国へ送るとなると、日本の病院は大変なことになる。
 米軍基地に急造の施設をつくって収容することも、厚生省の一部では考えられている。米軍の軍医、看護婦は日本の免許を持たず、彼らが日本で診療するのは本来は違法だが、「米国人を米国の医師などが治療するのだから特例として許可できる」と厚生省はいう。それでも手が足りず、日本の医師、看護婦を動員する必要も十分考えられる。だが日本人医師、看護婦は日本人患者を治療する本来の業務があり、自発的に米兵の治療に出るかどうかは保証の限りではない。一方、医師、看護婦を強制的に徴用する制度はこれまた猛反発が必至で、厚生省は避けたいところだ。
 新たに米軍施設・区域を提供することも指針はうたっているが、これには自治省、農林水産省、環境庁、国土庁、建設省、運輸省などの権限がからんでくる。とくに建設省は、「協力項目の例」にある「米軍施設・区域内における事務所、宿泊所等の建設」にあたる建設業界の監督官庁で、建設業者にほかの作業を中断して、米軍基地建設にあたらせるための法令をつくるとすれば、これまた大変だ。それらの補償措置は当然、大蔵省のマターだ。米軍への物資提供は通産省の分野だ。
 警察庁は「協力項目の例」にある「米軍施設・区域の警備」「日本国内の輸送経路上の警備」の一端をになうことになる。自衛隊も、法改正をして米軍基地警備にあたれるようにするとしても、「周辺事態」になれば日本に波及した場合に備えての待機も必要だし、自分の施設をはじめ多くの目標の警備もせねばならず、米軍のための警備に専念はできない、と防衛庁はいう。
 もしも、この「指針」で日本側がもっぱら想定しているような朝鮮半島有事となり、米軍が日本を作戦基地、補給基地として戦うとなると、北朝鮮が日本を攻撃するのは軍事的にも国際法上も当然だ。日本に届く弾道ミサイルはまだない。ノドン1号は九三年五月末に最初の発射実験を射程約五百キロで行ってのち、四年以上たっても二回目のテストをしていない。ミサイルは少なくとも数回、普通は数十回のテストをして、欠点を洗い出し、是正しないと量産、配備には移れない。四年以上も二回目のテストがないことは開発の中断、少なくとも停滞を示している。日本を攻撃しうる航空戦力もないから、万一、戦争となって北朝鮮が日本を攻撃するとすれば、現実には特殊部隊によるしか方法はない。
 北朝鮮特殊部隊は八万人とも十万人ともいわれるが、より抜きの精鋭がそんなにいるはずはなく、外国で活動できる精鋭は約二千人ともいわれる。特殊部隊は激しい訓練を受け、特殊な装備も持っていて、日本国内の過激派とはまったく異なる。仮に一割の二百人、十人ずつ二十班が来たとしても大騒ぎだ。警察を特殊部隊と戦闘する準軍事的任務につけるためには、装備、訓練、編制、自衛隊との指揮・調整システムなどを根本的に変えねばなるまい。
 すでに自衛隊法には「指針」と類似の規定がある。外部からの武力攻撃があったか、その恐れのある場合、首相が自衛隊に「防衛出動」を命ずるとか「治安出動」「災害出動」の命令が出た場合にも、知事、市町村長、警察、消防、国と地方公共団体の機関が自衛隊と協力することになっている(自衛隊法八六条)。また、防衛出動が命令されると、自衛隊は知事に要請あるいは通知して病院を管理し、土地、家屋、物資を収用し、医療、建設、輸送の業務にあたっている人々に命令を出せる(同法一〇三条)。また海上保安庁を防衛庁長官の指揮下に入れることができる(同法八〇条)。だが、これらを行うための政令など細部の規定はつくられていない。国民や他省庁、自治体の抵抗感が強すぎるためだ。
 自衛隊法でいう不動産や物資の収用とか業務従事命令は、日本が攻撃された際の話で、もしそうなれば、罰則がなくとも大部分の国民は協力するだろうし、「防衛出動」という一応はっきりした根拠もある。だが、地理的範囲すら不明確な定義の「日本周辺事態」でも、これと同じことを米軍のためにするとなると、だれがどんな定義にもとづいて認定するのか、という問題が出る。事実上は米大統領か国防長官がそう判断し、在日米軍司令官が協力要請を日本に行い、日本がそれに応じる、という順番になるのだろう。
難航すれば国際情勢が変わる公算も
 防衛庁には、今回の外圧を利用して、従来できなかったこれらの有事法制整備を行いたいという意向も見える。
 「指針」には「日本に対する武力攻撃」の場合の共同対処の項があり、そこにも「中央政府、地方公共団体、民間」の権限と能力の活用が盛り込まれている。だが、日本に対する大規模な武力攻撃の可能性がほとんど消えた今になって、なぜ有事法制なのか、という疑問には、防衛当局者も説得力ある答えを示せずにいる。
 九四年に北朝鮮の核疑惑で米国が経済制裁、核施設攻撃を考えた時期に、日本政府はひそかにこれに対処するための時限有事立法を考えた。このときには、アメリカはかなり本気だったから、日本の準備にも合理性はある、と私も考えていたのだが、カーター元米大統領の訪朝、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の発足、米朝協議で情勢は一変した。すでに北朝鮮はワシントンに代表部の候補地を決め、米国は日本に対して北朝鮮への食糧援助を求めている。こんな時期に、朝鮮半島有事をもっぱら念頭に置いた「指針」で合意し、それに従って「協力計画」(これをつくるのは「朝鮮半島の事態に関してのみ」と防衛庁当局者は言う)をつくると発表しても、アメリカのメディアがほとんど無関心だったのは当然だろう。日本人が少なからざる負担をして助ける相手の韓国では、メディアはかえって対日警戒心をあおるありさまだ。
 他省庁の官僚たちは外務省・防衛庁が事前に十分国内で協議もせず、自分の省庁の権限に属することをアメリカと約束したことにそもそも不満であるうえ、国際情勢から見て、そんな必要があるのか、と疑問を示している。国内法制をつくるには、法令や解釈、経緯、実情を知る担当省庁の力がぜひ必要であり、外務省、防衛庁には運輸や厚生、地方自治などに関する法案を書いたり、制度をつくる知識、経験はもちろんない。
 元米国防次官補リチャード・アーミテージ氏は九月二十四日、東京での講演で、「日本においても非常に大きな変化が起きている、首相の権限は非常に強大になった、官僚の権限は落ちた」などと述べた。日本がアメリカの意向にすぐ従わないのは官僚のせい、官僚の力が落ちてアメリカ式のトップダウンの決定になれば、日本はより従順に言うことを聞くはず、との認識が、米国人一般にはある。だが、官僚の力の根源は実務的知識であり、「指針」実施のための法制化には、官庁の権限問題以前に、実務的な難問が多い。七八年の「指針」でも、「極東有事の際の協力」が入っていながら、外務省は調整できず、米国に迫られて八二年に二回、関係省庁の課長級会議を開いたものの、他省庁が難色を示して棚上げになった。今回は内閣安全保障室が中心で、閣議も協力を申し合わせたから、前回より進む要素はあるものの、実務的な困難さは以前と変わらない。
 今回も法案や制度づくりが難航するうちに米朝が国交を樹立し、北朝鮮援助が本格化し、日本にとっても北朝鮮との国交が主要テーマとなり、「指針」関連の法律や制度づくりへの熱意が失せる、という結末もありえよう。
◇田岡俊次(たおか しゅんじ)
1941年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。
朝日新聞社入社。防衛担当記者、編集委員を経て、現在、軍事ジャーナリスト。
 
 
 
 
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