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1995/12/02 読売新聞朝刊
[新防衛計画の視点](3)任務の多角化 組織縮小の不安映す(連載)
◆自衛隊、PKOなどに活路
 東京都小平市の陸上自衛隊調査学校。六十一人の自衛官が英会話や軍事英語の研修中だ。来年二月からは、一部が中東ゴラン高原の国連平和維持活動(PKO)でトラック輸送業務などにあたる。
 新防衛計画大綱の一つの大きな特徴は、PKOや各国との安保対話といった「より安定した安保環境構築への貢献」、大規模災害やテロといった「各種事態への対応」を国の防衛と並ぶ自衛隊の役割と位置づけたことにある。
 既に、カンボジアPKO以来、PKOや国際救援活動に参加した自衛官は延べ二千五百人を数え、将来予想される東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラムへの自衛官参加などにも防衛庁は熱心だ。軍備管理分野では来年、化学兵器禁止機関に自衛官を派遣することが固まっており、自衛隊にも新たな任務への違和感はあまり感じられない。
 この伏線には、新大綱の土台となった防衛問題懇談会(首相の私的諮問機関)の報告書を巡る論議があった。報告書は「受動的な役割から脱して、能動的な秩序形成者として行動すべきだ」とPKOや安保対話の意義を強調しているが、一部委員は「報告は防衛体制や装備に絞るべきだ」と主張、これを取りまとめに携わった渡辺昭夫青山学院大教授らが「これは国家レベルの話だ」と押し切って盛り込んだ経緯がある。
 防衛庁は当時、懇談会の方向性を支持したが、庁内には国際的な軍縮機運に押されて自衛隊の定員削減や装備縮小だけに焦点があたることへの危機感があった。「防衛だけをやっていれば良い時代は終わった」(防衛庁幹部)ことを認めたうえで、組織の士気を維持するために「自衛隊がプラス思考を持てる役割」(衛藤征士郎防衛庁長官)を見つけるしかなかったという側面は否定できない。
 「防衛を着実にこなせる実力をつけることで、PKOなどにも対応できる」
 自衛隊の幹部は、本来の任務である防衛がおろそかになるとの懸念をしめす部下をこう説得したという。
 災害やテロ対応は、阪神大震災や地下鉄サリン事件における自衛隊の活動が評価されたことを受けたものだ。かつて自衛隊を国土建設隊に再編することを主張していた社会党が災害対応を充実させるよう働き掛けたことも追い風になった。
 七月の読売新聞の世論調査では、自衛隊の印象を「良い」と答えた人が過去最高の五五%で、「悪い」の一三%を大きく上回った。野坂浩賢官房長官が新大綱と同時に発表した談話で、「自衛隊に対する期待が高まっている」と強調したのも、こうした自衛隊のイメージの変化を踏まえたものとも言えそうだ。
 しかし、自衛隊の多角化が必ずしもすんなりと受け入れられているわけでもない。十一月七日の安全保障会議では、深谷隆司国家公安委員長(自治相)が、大綱原案の「(自衛隊は)無差別テロ等の事態に備える」との表現について、「警察が所管する国内治安と自衛隊が出動する範囲には違いがある」と指摘。自衛隊出動がなし崩し的に拡大する恐れがあるとして原案から「等」を外させた。
 自衛官の身分のまま国際機関へ派遣できる国際機関派遣防衛庁職員処遇法。今国会で成立した「防衛外交」に不可欠な法律だが、外務省は「自衛官は一般の公務員とは違う特異な存在」として、外相との協議を派遣の前提とするよう主張、結局、派遣目的を軍備管理や人道援助の分野に限定することで決着がつくなど、政府部内でさえまだまだ戸惑いは隠せない。
 「ハード(装備)を優先していたのが旧大綱の欠陥。今後は人材を含めたソフトがむしろ重要になる」
 愛知和男・元防衛庁長官の言葉通り、新大綱に盛り込まれた情報収集機能の強化や人事・教育訓練の充実などで新たな可能性をものにできるかどうか、真価が問われるのはこれからだ。
(政治部・田中 隆之)
 
 
 
 
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