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1990/11/04 読売新聞朝刊
[社説]自衛隊の海外派遣 隣人に分かってもらいたいこと
 
 今国会での国連平和協力法案の成立は困難な情勢だが、自衛隊の海外派遣を可能にするこの種の法整備は必要だ。そこで近隣諸国に理解してもらいたいことがある。
 自衛隊の派遣について、近隣諸国で日本の軍事大国化につながるとの懸念が語られている。日本が敗戦に至るまで、近隣諸国にどんな仕打ちをしてきたか、隣人たちの心情は分かり過ぎるほど分かる。だが、今日の国際環境に照らせば、近隣諸国の懸念は根拠がないと言わざるを得ない。
 そもそも、この法案には、世界が冷戦後の国際秩序を目指す中で、イラクのクウェート併合という平和秩序の破壊行為をみて、平和秩序確保のため日本が国際社会の一員としての責務を果たす目的があった。
 湾岸の現況は通常の国際紛争ではない。明々白々の秩序破壊者に対する国際社会の秩序回復行動だ。そのための国連決議の実効性を確保する役割を担うのが多国籍軍だ。国連決議は多国籍海上部隊への協力を呼びかけてもいる。日本がカネだけでなく、ヒトでも協力するのは当然だろう。
 なぜ自衛隊なのか。組織的訓練を受けた自衛隊による協力が効果的だからだ。だが、戦闘任務ではない。輸送、通信分野などの協力だ。国連決議やその実効性を確保するための国際行動への協力だ。日本の軍事大国化につながらないのは明白だ。協力を理由に軍備を増強するわけでもない。
 「軍事大国としてアジアの盟主を夢見ているのでは」(韓国日報)というのは誤解だ。日本は軍国主義で自滅した。戦後、平和と自由貿易の恩恵で今日の繁栄を築いた日本が軍国主義の道を歩むはずがない。
 フィリピンのデイリー・インクワイアラー紙は日本がかつて軍事占領では達成できなかった今日の繁栄を将来、軍事的冒険によって犠牲にすることがあるだろうかと対日恐怖心の克服を説いた。
 自滅の道を選ぶほど日本の民主主義は弱体でない。有権者は平和こそ国益という点で一致している。協力法案にさえ根強い反対があるのは、平和のための協力を理解しないか、湾岸危機を対岸の火事とみるからだろう。残念ながら、国際社会の平和回復努力に積極的に参加しないでも、日本の平和だけは守れるとの短絡思考だ。
 近隣諸国にとっても、湾岸危機は対岸の火事ではない。産油地帯支配のイラクの野望を阻止しなければ、輸入原油の七割を中東に依存する先進七か国は大打撃を受け、アジア経済に深刻な影響を与える。
 シンガポールのストレート・タイムズ紙は日本の国際的軍事役割は国連の多国間及び平和維持メカニズムを通し、自衛権に基づく軍事役割は日米安保の枠組み内で果たすべきだとし、それが日本だけでなく東アジアをも守ってきたと書いた。
 まさに日本が軍事大国の道を嫌って選択した日米安保の堅持で両国は一致しており、日本の軍事大国化はあり得ない。
 近隣諸国が無用の誤解や懸念を抱いたのは残念だ。それにつけても、必要なのは日本と近隣諸国が国際情勢についての率直な対話を常日ごろ、緊密にすることだ。
 
 
 
 
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