日本財団 図書館


2003/04/18 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2003]有事法制、実態あいまい
◇損失補償の基準なし−−国民保護
◇住民の協力拒否困難か−−私権制限
◇日米協力の枠組み不透明−−反撃要請
 日本有事を想定し、政府の対応を定めた有事法制関連3法案が18日、衆院武力攻撃事態特別委員会で実質審議入りする。最初に提出されたのは1年前の前通常国会。継続審議を重ね、3回目になる今国会で、政府・与党は連休明けの5月中旬までの衆院通過を目指す。歴代政権が悲願としつつ、手をつけられなかった有事法制。安保政策の節目になる法案だが、欠陥だらけとの批判も強い。この法律で何がどうなるのか、焦点を探る。
【鬼木浩文】
 (1)有事の認定
 A国と米国が交戦状態に入った。日本は現行の周辺事態法に基づき、自衛隊が公海上で燃料や水などを米軍に提供した。A国は「米国に対する後方支援は我が国に対する攻撃とみなす」と主張、緊張が高まった。
 武力攻撃前でも、相手が日本攻撃の意図を明らかにして武力攻撃につながる可能性が高い場合、政府は「武力攻撃事態」(与党修正案は「武力攻撃予測事態」)とし、自衛隊に防衛出動待機命令を出す。現行法でも防衛出動待機命令は出せるが、有事法制は首相を長とする対策本部設置、対処基本方針策定などが決められている。基本方針にはあらゆる省庁の対応などが盛り込まれる。
 内閣官房のある幹部は「今の自衛隊法は自衛隊の行動しか規定していない。武力攻撃事態法案は、有事の早い段階から政府が一体になって対処するという姿勢を明確にできる」と強調するが、形式的な違いにすぎないとの見方もある。
 (2)私権制限
 B国のゲリラ部隊が武装工作船で日本海沿岸に向かう、との情報が入った。防衛庁長官はX県内の原発を中心に防備を強化する必要があると判断。自衛隊に防御施設構築を命じた。農業Yさんを訪れた県職員と自衛隊部隊が「畑にざんごうを掘らせてほしい」と要請。知事名の命令文書を示し立ち入り検査に入った。
 自衛隊法改正案は、防衛出動前でも、知事が防衛庁長官の要請で土地使用や立木の移転・処分ができるとした。物資保管命令や立ち入り検査に従わないと罰則がある。「すぐ収穫なのに」。Yさんは掘り返される畑をぼうぜんと眺めることになる。
 損失補償の規定はあるが、補償額の算定基準などの規定はない。戦闘で家屋が壊れた場合は補償対象にならない。
 思想信条の自由をタテに拒めるか。政府は「信仰の自由は内心の自由にとどまる限り絶対的に保障されるが、外部的な行為は公共の福祉による制約を受ける」との見解を示す。自衛隊の部隊を伴った県職員が命令文書を提示して要請すれば、法的には拒否は困難になる。ただ、知事が防衛庁長官の要請を拒否して混乱する可能性もある。
 (3)避難・誘導
 P3C哨戒機が領海内に侵入したC国の工作船を発見した。首相は国会には事後承認を求めることとし、部隊に防衛出動を命じた。大半は海上自衛隊の護衛艦などにより撃沈したが、ゲリラ部隊の一部は半潜水艇などでZ県に上陸、自衛隊と交戦状態に入った。
 戦闘地域からは住民を避難させる必要がある。警報発令や住民避難・誘導、被災者救援が想定されるが、これらの国民保護法制は「(有事法制制定後)2年以内を目標に整備」とされている。
 内閣官房幹部は「基本となる武力攻撃事態法案を成立させないと、省庁間や国と地方の調整が進まない」と説明する。国民保護法制を作るため、まず有事法制が必要だ、というわかりにくい逆転現象が起きている。
 「法制整備前でも市町村が避難住民を誘導する」と政府関係者は言う。自然災害時の避難計画などを援用するとみられるが、災害と有事は通信状況も違い、情報伝達が徹底されない懸念も残る。
 (4)日米共同対処
 D国が弾道ミサイルを日本に発射した。通常爆弾で、核や生物・化学兵器は搭載されていなかったが、数百人の国民が死傷した。日本は米軍にD国のミサイル発射基地への攻撃を求めた。
 専守防衛の日本は敵地攻撃能力を持たず、反撃は米軍頼り。武力攻撃事態法案は米軍の行動を円滑にする物品や施設、役務提供などを基本方針に盛り込むとした。
 現行の日米地位協定は平時の協力を定めたものだし、周辺事態法は日本の平和に重大な影響を及ぼす周辺の事態についての規定。「日本有事」の際の日米協力を決めた法制度は、今はない。
 だが、国民保護法制と同様、共同対処の法制度は「2年以内を目標に整備」と先送りに。米軍は外国の法律にしばられるのを嫌っており、2年以内にできるか不透明だ。
 日本領土内での戦闘に発展し、米軍が日本の中で軍事行動するような場合、米軍が民家を壊し、後で補償が問題になるような恐れもある。森本敏・拓殖大教授は「自衛隊の米軍に対する協力内容を定め、米軍の行動を規制する日米地位協定有事版が必要」と言う。
 (5)国家の関与
 戦闘は沈静化に向かった。避難住民から「そろそろ自宅に帰りたい」との声が出たが、自衛隊の指揮官は「鎮圧の確認にまだ時間がかかる」と判断、政府は当面、防衛出動継続を決めた。
 武力攻撃事態法案は、自衛隊の防衛出動に原則として事前の国会承認が必要とした。「対処措置を実施する必要がなくなったとき」は閣議で対処基本方針の廃止を決定し、国会に報告すると規定している。
 イラク戦争でブッシュ米大統領は、常に前線司令官の判断を重視する姿勢を見せた。防衛庁幹部も「戦闘が終わったかどうかの判断は現場でないとできない」と言う。だが、民主党などは文民統制(シビリアンコントロール)の観点から国会の議決で自衛隊を撤収させる規定を盛り込むよう主張しており、論戦の焦点の一つになりそうだ。
 (この記事には表「有事法制関連3法案」があります)
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION