2003/06/06 毎日新聞夕刊
有事3法成立 広がる戸惑いと不安・・・手探りの自治体 民間機操縦士「テロの標的に」
有事法制関連3法が6日成立し、戦後日本の安全保障政策は大きな節目を迎えた。北朝鮮などの脅威に対処する「第一歩」を評価する声がある一方で、輸送機関で働く人たちは「矢面」に立たされる不安を口にする。国民保護法制の整備まで首相の指示や代執行が凍結されるとはいえ、住民避難や消防活動など現場の対応を迫られる自治体には戸惑いもみられる。
【平井桂月、澤圭一郎、山下修毅】
■自治体
在日米軍司令部などがある横田基地を抱える東京都福生市など5市1町。有事法制が成立しても国民保護法制は未整備で、当面は国の動きを見守る構えだ。
5市1町のほとんどは「危機にさらされた時の法整備は必要」(立川市)▽「市民の生命財産の安全確保が第一」(福生市)▽「枠組みができたことは歓迎する」(昭島市)などとして法成立に理解を示す。
ただ、住民の避難誘導や消防活動などを担う自治体の具体的な役割についてはイメージがわきにくく、5市1町の幹事市を務める武蔵村山市も「国の動きを見ていくしかない。今後、国や東京都を通して説明会が開かれると思うが、住民の避難誘導など細かい話はその後になるのだろう。まだ、具体的に何かを検討するところまで進んでいない」と話している。
■輸送機関
一貫して法案に反対してきた航空や陸海運などの労働組合は危機感を募らせている。武力攻撃事態法の「指定公共機関」になれば、有事の際に物資輸送などを担わされることになるからだ。
「有事になれば自衛隊法103条で業務従事命令の対象になるだろう」と全日本海員組合教宣部副部長の藤丸徹さん(53)は話す。大量の物資輸送ができる船舶は、確実にその運送力を期待される。「どのくらい危険にさらされるのか。決して多くない船乗りに、ますますなり手がいなくなってしまう」と苦悩を語った。
民間航空のパイロットや客室乗務員などで組織する航空労組連絡会の村中哲也副議長は、航空自衛隊に大量・高速で人員、貨物を運べる輸送機はなく、民間機にその役が回ってくると指摘する。「有事に絡めばテロの標的にもなりかねない。乗客の命を危険にさらすことに加担はできない」と反発している。
◇「審議尽くす要望反映されず残念」−−稲嶺知事
沖縄県の稲嶺恵一知事は6日の定例記者懇談会で「基地問題を抱える立場から十分審議を尽くすよう要望したが、反映されず大変残念だ」と嘆いた。「超法規的ということ自体が問題。港湾や空港使用も、人道的な緊急の場合を除き自粛を求めてきたが、今後も県民の生命、財産を守る立場を貫く」と強調した。
◇研究開始時の当事者らに聞く
四半世紀にわたる曲折の末、成立した有事法制。福田赳夫内閣時代の77年、法制研究に携わった竹岡勝美(かつみ)・元防衛庁官房長(79)と、翌78年に雑誌で「自衛隊が超法規的行動に出ることはありうる」と発言したために辞任した栗栖(くりす)弘臣(ひろおみ)・元統合幕僚会議議長(83)に話を聞いた。
◇「国土戦場にせぬ」が願い−−竹岡勝美さん
「有事」とは、数十万人の外敵が制空、制海権を確保して上陸侵攻し、国が焦土と化す国土戦だ。周辺諸国に仮想敵もないこの時期に、国民に国土戦を戦えと迫る立法が適切であったのか。治安問題に過ぎぬ北朝鮮の工作船や米国へのテロが、国民の危機意識をあおることになった。
国土が戦場になるというのに、自衛隊員以外の1億の国民は戦うのかどうか、まったく明らかにされなかったのはなぜか。原発が52基もある狭い国土で、どう戦い、勝つ成算はあるのか、その戦術論もなかった。
「自衛隊は抑止力であり、国土を戦場にしてはならない」。これが当時の私たちの願いであり、有事法制はあくまで「研究」にとどめた。国民を挙げて戦うには、国家総動員法や国民皆兵制度が問題になる。政府の見解を明らかにすべきであろう。
◇やっとここまで、の気持ち−−栗栖弘臣さん
26年ほどかかって、やっとここまで来たかという気持ちだ。これまで国民、マスコミ、政治がそっぽを向いていたが、北朝鮮の工作船やミサイル問題という外圧で、目が覚めた。多少とも独立国らしくなりつつある、その第一歩だ。
現在、日本が侵略される恐れはないが、将来、可能性がないわけではない。その時に、法律を作るのでは間に合わない。有事法制は国ができると同時に取り組むべき話であり、危機が発生した時に作ったら、世界は「日本が戦争準備をした」と言って指弾するだろう。
しかし、この法制はあまり役立たないだろう。武力攻撃事態への対処方針は安全保障会議や閣議を経るが、戦争が始まる時にそんな時間はない。奇襲攻撃に対する準備がない。平時の思想だけで考えた法律だ。
◇国会前で反対運動
国会前には6日午前10時ごろから、有事法制に反対する市民グループなどが続々と集まり始め、「ストップ!有事法制」などと書かれた横断幕やプラカードを手に反対運動を繰り広げた。
全国の学生や反対署名に賛同する市民らのグループ「ストップ・ウォー・ワールドアクション」も約60人が、法案可決反対を叫んだ。実行委員の新井拓さん(28)は「日本が戦争できるようにする法案に、なぜ9割もの議員が賛成するのか理解できない」と話した。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
|