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2002/12/05 毎日新聞朝刊
[クローズアップ2002]イージス艦派遣決定 「間接支援」の象徴、色濃く
 
 海上自衛隊の最新鋭護衛艦イージス艦が今月中旬、インド洋に派遣される。米国のイラク攻撃をにらみ、対米支援強化のシンボルとしての意味を政府・自民党は込めている。だが、高度な情報収集・分析能力と米軍との情報共有機能に加え、高い迎撃機能も併せ持つイージス艦は、憲法が禁じる集団的自衛権行使に抵触する懸念がある。これまで二の足を踏んできた政府は、憲法論議のハードルをどう乗り越えるつもりなのか――。
 「イージス艦を出すことと米軍のイラク攻撃は連関していない」
 石破茂防衛庁長官は4日、強調した。しかし、11月19日に海上自衛隊の派遣期間を延長した際にイージス艦派遣を見送ってから2週間で政府が派遣を決めたのは、米軍のイラク攻撃に対する「間接支援」のシンボルとする思惑が色濃い。
 現在、海上自衛隊が活動しているアラビア海では、米軍のイージス艦も警戒監視活動に当たっている。米軍はイラク攻撃の際、これらイージス艦をペルシャ湾に移動する見通しだ。米国側から派遣要請はないものの、手薄になるインド洋をイージス艦で穴埋めしてくれれば、というのが米の本音とみられている。
 8日のアーミテージ米国務副長官来日に続き、16日には日米安全保障協議委員会(2+2)が開かれる。このあとに派遣を決めれば「米国の圧力と見られかねない」(外務省筋)との懸念もあった。外務省幹部は「松竹梅のうち大一番の時に松(イージス艦)を外し竹梅(輸送艦や護衛艦)を出すと言えばどう評価されるか」と言う。
 外務省は、年明けの派遣決定を想定していた。しかし、防衛庁はイラク情勢が緊迫化する前の派遣決定にこだわった。政府関係者の一人は「またつぶされる可能性があると考えれば、世論が静かなうちに出そうと思うのは当然」と語る。
 一方、派遣の方針は小泉純一郎首相、福田康夫官房長官、山崎拓自民党幹事長の3人で11月初旬に固まり、米側に非公式に伝えられていた。派遣「決定」を12月上旬とすることで3者が腹合わせしたのは11月下旬。山崎氏は26日夜、東京都内の日本料理屋で首相と2人きりで会談し、この方針を説明。首相は山崎氏に一任した。アーミテージ氏の8日来日の際に伝える「土産作り」も理由の一つだった。4日の与党幹事長会談、5日には3党首会談、という段取りが設定された。
 こうした中、表向き反対姿勢を崩さない公明党が「慎重姿勢から容認に転じた」という一部報道に一時態度を硬化。「時間を置くとこじれかねない」と案じた山崎氏は3日に国会内で福田氏と会談し、「決定の1日前倒し」を確認した。
 「党首会談が開かれれば公明党は反対を表明する。すると自民党内の反対論も勢いづく。後始末に手間どりアーミテージ氏の来日に間に合わなくなる事態を恐れたのだろう」。公明党幹部の一人はこう推測した。
【鬼木浩文、上野央絵】
◇公明連立重視し“黙認”
 イージス艦派遣決定に公明党は4日の常任役員会で反対を決めたが、徹底抗戦の姿勢はない。同党幹部は内々には小泉首相や山崎氏らに「黙認」のサインも送っていた。派遣反対は長年連携を深めてきた野中広務元自民党幹事長が派遣に猛反対したことに配慮した側面が強かったようだ。
 「首相は防衛庁長官を呼んで、派遣を指示します。よろしくお願いします」。4日夕、神崎武法公明党代表に福田氏から電話が入った。神崎氏は「出す場合は集団的自衛権に抵触しないようにやってほしい」とクギを刺したが、派遣容認の流れはできあがっていた。
 先月12日の記者会見で冬柴鉄三幹事長は「国民のコンセンサスが、イージス艦派遣が自衛隊艦船や自衛官の安全のためにベターだというのであれば考慮してもいい」と発言した。冬柴氏は21日、自民、保守の幹事長とともにベーカー駐日米大使と会談。28日の中央幹事会で「情勢も変わった。防衛庁(の考え)に耳を傾け議論すべきだ」と柔軟姿勢をみせた。
 冬柴氏の変化に不満を抱いた野中氏は1日の講演で「公明、保守両党がイージス艦派遣を認めるのなら私は彼らとの友情を捨てる」とまで言い切ったが、これに公明党幹部は「論理が飛躍しすぎている」と語った。公明党は支持母体の創価学会が「平和・護憲」を標ぼうしていることもあり、議員の大半は派遣に拒否反応が強い。だが「連立離脱ということにはならない。小沢さん(一郎自由党党首)のようになってしまう」(幹部)の発言に象徴されるように、現在の小泉政権と歩調を合わせることも党幹部の至上命題だった。
 神崎代表も、周辺に「米国のイラク攻撃に直接的な支援ができない以上、致し方ない面もある」と漏らした。
【中川佳昭】
◇情報共有「集団的自衛権」抵触か
 イージス艦派遣が問題視される理由は、数百キロ四方から飛んでくるミサイルなどの目標物を一度に200個以上探知できる高い情報収集能力にある。海上自衛隊と米海軍との間には情報を共有するデータリンクのシステムがあり、イージス艦の取得した情報が米軍の戦闘に利用される。
 政府はデータリンクについて「一般的な情報交換は実力の行使に当たらないから集団的自衛権の行使ではない」と説明する。憲法問題が生じる情報交換とは「方位何度何分、角度何度で撃て」と指示するようなことだ、という極端な例しか示さない。イージス艦から提供された情報をどう使うかは米軍次第だ。福田氏は「その後をどうするかが問題」とグレーゾーンを認めつつ「(日本としては)集団的自衛権を行使するなんて考えていない」と繰り返す。
 政府は表向き(1)インド洋で活動中の海自補給艦などの警護に高い防空能力を生かす(2)冷房設備などの居住性が高い――などを派遣理由に挙げる。しかし、イラク攻撃が始まれば、イージス艦の情報で米軍が反撃する場面も想定され、集団的自衛権の行使に一歩踏み出す公算も出てくる。
 98年に制定された周辺事態法は「日本周辺の地域紛争」を、昨年のテロ対策支援法は「国際的なテロとの戦い」を想定している。どちらも米軍の戦闘行動を支援する意味で集団的自衛権行使につながる疑いは残るが、政府は「米軍の武力行使と一体化しない限り合憲」と強引な解釈で押し切ってきた。自衛隊を合憲とするため積み上げたガラス細工の9条解釈を壊したくないからだ。
 イージス艦派遣をめぐる論議を受け、従来の国対国の戦争を前提とした集団的自衛権解釈の限界を指摘する声もある。軍事アナリストの小川和久氏は「集団的自衛権の問題とは切り離し、世界平和のために行う国際共同行動として理論構築すべきだ」と語った。
【平田崇浩】
 
 
 
 
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