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2002/04/17 毎日新聞朝刊
[社説]武力攻撃事態法 あいまいな法制許されぬ
◇国民が納得のいく議論を
 政府は16日、有事3法案を決定した。日本が武力攻撃を受けた場合に、首相が強い権限で国内を指揮し、自衛隊が円滑に行動できるようにするための法案である。戦争状況を想定して備えることは、憲法上の具体的な根拠に乏しく、戦後の日本が法整備を避けてきた分野である。そこに踏み込む以上、日本が危機にひんした時に、制約を受けかねない基本的人権をどう守っていくか、自衛隊の暴走をいかに防ぐか、冷静かつ納得のいく議論が求められる。
 3法案は、武力攻撃に対処する基本理念、首相の権限、国民の協力について定めた「武力攻撃事態における国の平和と独立並びに国民の安全確保法案」▽安全保障会議の機能を強める安保会議法改正案▽防衛出動の前から自衛隊が陣地を構築し、家屋を壊したり立ち木の伐採なども認める自衛隊法改正案――からなる。
 いわゆる有事法制の整備は、1977年に福田赳夫内閣が研究を始めて以来、政府が懸案としてきた。日本が攻められた時、自衛隊が国会の承認に基づいて防衛出動し、防御に当たることは自衛隊法で規定済みだ。ところが、そうした事態の下で人権や財産権、公共上の規則を平時のように守れば、自衛隊にとっては制約となる。制服組が内々に独自案を作ったのが「三矢研究」(63年)であり、いざという時は超法規的に行動するぞと本音を漏らしたのが、栗栖弘臣統合幕僚会議議長の発言(78年)だった。
 世界有数の軍事力を持ちながら有事法制がなく、そうした下で国民の権利を守る法制もない状態は、法治国家としてふさわしくない。その意味では「今から50年前に出来ていないとおかしい。当然やるべきことをしていなかった」という中谷元・防衛庁長官の発言に一定の説得力はある。
◇なぜ大規模攻撃対処か
 しかし、長年かなわなかった法案が国会提出にまでこぎつけたのは、こうした筋論より、米国での同時多発テロと、昨年12月の不審船事件を追い風にした。国民も、政府が大規模テロや不審船対策に真っ先に取り組むものと考えていたに違いない。だが、今回出されたのは、旧ソ連を脅威としていた冷戦期のような、大きな武力侵攻に対処する仕組みが中心だ。
 政府自身、今の国際情勢を「大規模な攻撃を受けるようなご時世ではない」と認めながら、こうした事態へ対応する法整備の理由を説明してほしい。国民保護の法制も後回しだ。「四半世紀の悲願」という防衛庁と自民党国防族の主張だけでは、国民は納得しない。
 首相が地方自治体と指定公共機関に指示する権限と、国民の協力に関する規定は、基本的人権の尊重を根本原理とする憲法との関係で問題をはらんでいる。
 緊急事態に、大統領や首相に強い権限を与えることは、憲法で定めている国が多い。自衛権行使の明文規定もない日本の憲法では、そうした非常権限を想定していない。武力攻撃事態法案は、土地の使用など自治体への指示を知事や市町村長が従わない場合、首相が代執行でさまざまな措置をとるとしている。これでいいのか。
 首相が指図できる指定公共機関にNHKを明示した。言論・報道の自由、国民の知る権利が侵される恐れがある。法案が「その他の公共的機関」とあいまいに規定した対象に民放や新聞、雑誌、出版も加えるとすれば、「憲法の範囲内」を掲げてきた法整備の原則が覆ることになる。
 法案は「国民は必要な協力をするよう努める」とも規定した。物資の保管命令に従わない場合は6月以下の懲役となるし、罰則はないが医療や輸送関係者らに従事命令が発せられる。必要な協力とは何か不明確である。内容を具体的に示すべきだ。
 運用に関しては、さらにあいまいである。法制発動の前提となる武力攻撃の定義だ。法案は「我が国に対する武力攻撃をいう」と定めているが、テロや生物化学、サイバーテロなど新時代の攻撃も含むのか、武力攻撃そのものの定義を明らかにしなければ、国会は法案を審議できないだろう。抽象的な言葉のままでは、事態を認定する首相以下、政府の判断に国民が不安と疑念を抱きかねない。
◇周辺事態拡大の恐れ
 それは、武力攻撃事態には「おそれのある場合を含む」としている点とも絡む。99年に法整備された日本の周辺事態との境目が不明確になることだ。政府は「ダブる場合もある」と認めるが、例えば、台湾海峡が緊迫した場合、即日本有事と認定される可能性が生じる。そもそも、周辺事態の概念自体が極めてあいまいであり、現行法では該当しない日本有事の地域や事態が、新たな法制によって一気に拡大する恐れがある。日本の安全保障政策、外交方針の転換につながる問題だけに、慎重かつ明りょうに議論すべきである。
 テロや不審船の対応にも、法案は「必要な施策を講じる」としている。既に政府は「大規模なテロは武力攻撃に当たる」と、与党へ内々に説明している。
 しかし、テロへの対処には、警察や消防も含めたあらゆる機関や組織が、官民を問わずに当たることが求められるだろう。それを、自衛隊の行動の中で位置付けることには、大きな問題がある。
 不審船の問題も、まず治安の維持、警察活動で対処するのが公海上のルールだ。東シナ海で追跡と停止のため、海上保安庁が銃撃しただけでも、中国は「武力行使」と異を唱えた。自衛隊の出動体制を整えるための国内の法制と同次元で検討されるべきではない。
 国民の保護などを含め、法制は遅滞なく議論されるべきだが、一方で整備を2年以内と法案に明記し、期限を区切って審議するやり方はよくない。国民が十分理解しなければ、首相の命令も実効が伴わなくなる。
 
 
 
 
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