日本財団 図書館


1999/05/25 毎日新聞朝刊
[社説]防衛指針法成立 踏み出した「冷戦後」安保−−平和戦略欠いた国会審議
 
 日米防衛指針(ガイドライン)関連法が参院本会議で、自民、自由、公明3党などの賛成多数により可決、成立した。
 1996年4月の日米安保共同宣言で、日米安保条約の再定義、ガイドラインの見直しを表明してから、ほぼ3年。これにより安保再定義と新ガイドラインの中でうたわれた対米協力に乗り出すための法制度が整ったことになる。
 冷戦時代の日本の安全保障・防衛政策は、国土防衛を中心にしてきた。しかし、今回の関連法は、日本が内容的には日本周辺で軍事活動中の米軍への後方地域支援にまで、地理的にはアジア太平洋地域にまで、それぞれ踏み出すことを意味する。
 日本周辺での紛争や危機に対処する一方、そうした紛争を未然に抑止するために、憲法の枠内での法制度は必要だろう。
 とはいえ、そうした役割拡大がいま必要なのか、憲法の規定を逸脱する点は本当にないのか、国民の権利を侵害することはないのか、などを幅広く論議し、修正すべき点は修正を求めることが国会に課せられた責務だった。
 衆参両院を通じ、審議結果はどうだったか。
 関連法の衆院審議が本格化したのは3月中旬だったが、4月下旬には早くも衆院を通過し、参院に送られた。参院での審議は衆院よりもスピードアップし、わずか1カ月足らずで成立という経過をたどった。
 衆院段階で自自公3党による修正協議がまとまり、法案成立への道筋がつけられたこともあって、参院審議は消化試合の印象さえ残した。沖縄での公聴会開催で参院らしさを出そうとしたものの、肝心の沖縄県民からは「アリバイ作りではないか」「ガス抜きということか」と冷淡な反応しか返ってこなかった。
◇歯止め、縛りで一定の成果
 とはいえ審議を通じて一定の成果もあった。
 周辺事態の定義に関して、政府が「日本の周辺で武力紛争が発生している場合」など6類型の定義を国会に提出する場面があったが、これは野党が「定義があいまい過ぎる」と追及した結果だ。
 さらに政府が、自治体や民間企業への協力依頼に関して11項目の具体例を国会に提出したのも「自治体や輸送関係の民間企業には政府から対米支援を強制されるのではないかとの不安感が広がっている」といった野党の主張を受けてのことだ。
 野党から言われて、対応策を小出しにする政府の手法は批判されてしかるべきだ。国会として関連法が持っていた「あいまいさ」、「不明確さ」に一定の歯止めや縛りをかけた点は評価できる。
 もっとも、突っ込み不足も残った。
 対米支援の基本計画に対する国会の関与に関しては、自自公合意により「自衛隊活動などに限って原則的に事前承認、緊急時は事後承認」に修正された。しかし、参院の審議を通じても緊急時とはどんな事態かは明確にならなかった。
 また、対米支援について日本の独自判断として「ノー」ということがあってしかるべきだが、安保条約に基づく事前協議制度の活性化に関する論議も不十分のままに終わった。
 今回の日米防衛指針関連法の審議は、自衛隊の役割拡大という意味で、92年の国連平和維持活動(PKO)協力法の時と似通っていた。
 ただし、その時と比べた場合、大きな変化があった。国会での安全保障・防衛論議が大きく様変わりしたということだ。
 PKO協力法に対して、当時、野党第1党だった社会党は「海外派兵そのものだ」と批判、牛歩戦術などを駆使して反対した。
◇政府、与野党で知恵を絞れ
 ところが今回、公明党は早々と自自両党との連携に走った。野党第1党の民主党は「政権担当能力」を強調し、審議日程を引き延ばすなどの抵抗策はとらなかった。
 理由としては、東西冷戦は終結したとはいえアジア太平洋地域にはなおも不確実さが残っていること、朝鮮半島情勢が不安定であることのほか、日米安保条約が果たしている役割や国際貢献の必要性への理解などが挙げられる。過去のイデオロギー論争、神学論争から脱却し、地に足の着いた安保・防衛論争が展開される時代になったとも言える。
 とはいえ、全体の審議を通じ、より大事な視点が政府、与野党に欠落していたと指摘せざるを得ない。
 それは、21世紀を見据えながらアジア太平洋地域の安定と平和を確かなものにするために、日本としてどんな平和戦略を描いていくか、という点だ。
 ところが、実際はそうでなく、与党の一部から「ガイドラインの次の目標は、日本として集団的自衛権の行使に踏み込むことだ」といった“勇ましい発言”が出始めている。
 集団的自衛権の行使は、従来の政府の憲法解釈を変更することを意味する。安易に選択していい道ではないだろう。
 私たちは、関連法の衆院通過に際して日米両国が今後、取り組むべきことは周辺事態の発生を防ぐ努力であり、そのためにも多国間の安保対話の枠組みをアジア太平洋地域に構築することだと主張してきた。
 これは、政府だけの仕事ではない。与野党の関係なく協力していくべきことだ。一緒に知恵を絞っていくことが、この地域での日本の役割であることを忘れてはならない。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION