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1999/04/28 毎日新聞朝刊
同盟新時代・ガイドラインが意味するもの/上 周辺事態、困難な個別認定
◇混乱の懸念は消えず−−高まる有事法制論議
 日米防衛指針(ガイドライン)関連法案が27日、衆院を通過した。今国会中に成立の見通しとなったことで、日本の外交・安全保障の基軸である日米安保体制は新たな段階を迎える。朝鮮半島や台湾海峡問題などアジア情勢が不透明度を増す中で、日米同盟の強化は、この地域にどんな影響をもたらすのか。法案の問題点や小渕政権の課題を探った。
 200X年X月X日午前8時、首相官邸で安全保障会議に続き、臨時閣議が始まった。
 数日前、米国から「朝鮮半島を分断する非武装地帯の北側に、戦車部隊が集結している」との情報が寄せられていた。戦車部隊は同日未明には北緯38度線を越えて南進、その直後、「ミサイルが発射された」との連絡が入った。
 閣議は、この事態を日米防衛指針(ガイドライン)関連法に基づく「周辺事態」と認定、「基本計画」決定が目的だった。関連法が初めて適用されるケースだけに、閣議室は緊張ムードに包まれた。
 「南進が事実としても、その意図がはっきりしないうちは周辺事態とは言えない。もっと慎重に事態を見極めるべきだ」
 「確かに『日本周辺の地域で武力紛争の発生が差し迫っている』という類型は満たしているが、法律に例示された『放置すれば日本に対する武力攻撃に至る恐れのある』状態なのか」
 周辺事態の認定に異議を唱える閣僚が出た。閣議は長引き、基本計画が決定されたのは午前11時を回っていた。
 首相は対米支援に入るよう関係省庁に指示。関係閣僚は地方自治体に空港・港湾施設の利用について協力を求め、民間企業にも必要な協力を依頼し始めた。そのころ、ある閣僚は閣議後会見で「38度線付近での緊迫した動きは、すべて偵察衛星などによる米国の情報だ。日本として独自に考える材料はなく、これでは周辺事態の認定を米国がやっているようなものだ」と不満を漏らした。
 防衛庁では防衛庁長官ら幹部が集まり「後方地域」の設定に頭を抱えていた。後方地域が設定されなければ、防衛指針関連法で新たに自衛隊の任務となった後方地域支援、後方地域捜索救助の活動に入れない。だが、「武力行使と一体化しない」とされる後方地域の範囲をめぐって幹部間で意見が分かれ、庁議は翌日未明まで続いた。
 
 衆院日米防衛指針特別委での審議、専門家の見方を総合して想定すると、防衛指針関連法が初適用される日の政府の対応はこんな様子になる可能性がある。
 周辺事態について、政府は6類型の典型例を含む統一見解を示した。しかし、特別委では「現実的には個々の具体的な事例ごとに判断せざるを得ない」(高村正彦外相)と繰り返しており、民主党特別委メンバーは「あいまいさを残したままの“出たとこ勝負的”なもの」と批判。さらに、自由、民主両党の意を受けて「準有事」を例示したことは、公明党関係者も「クセ球」と呼び、混乱に拍車をかける可能性がある。
 一方、防衛指針関連法案で生み出された「後方地域」という概念は、自衛隊の活動が戦闘に巻き込まれないことを、理屈の上で納得させるための知恵だった。
 野呂田芳成防衛庁長官が「後方支援はロジスティックサポート(兵たん)の訳。後方地域支援は防衛指針の英文ではリア・エリア・サポートで、後方地域という活動地域に着目した概念。やる内容はほとんど同じだが、地域概念が違う」と答弁するなど、政府は後方地域支援と、国際的には武力行使と一体化しているとみなされる後方支援の区別を、しきりと強調した。
 しかし、国内的には説明がついても、「国際社会では通用しない」(共産党の小泉親司参院議員)との指摘は説得力を持つ。後方地域での活動が戦闘行為に加担していると見なされて攻撃対象になり、撤退を余儀なくされる事態も予想されるからだ。
 国連平和維持活動(PKO)協力法では、自衛隊幹部から「武器使用規定などが不十分な法律では部隊を出せない」という声が上がった。現地に派遣された指揮官は部下に「責任は全部取るから、命だけは落としてはならない」と指示したという。今回も「防衛指針の精神から逸脱しかねない」と話す幹部がいる。
 
 冷戦時代は「神学論争」とも呼ばれた安保・防衛論議。日本は「国家の危機管理」問題で、長い間、思考停止状態だった。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)のテポドン発射、工作船事件で国民に関心が高まり、現実味を帯びたのは事実だが、特別委の審議は相変わらず「神学論争」に入り込みそうな局面が多かった。
 日米安保体制を堅持する以上、日本の安全保障は米国抜きでは語れない。法案成立の見通しとなり、防衛庁幹部は「対米支援の法的根拠を定めたのは、日本の安保政策上、大きな前進」と評価している。だが、自衛隊には「法案成立後は、これを軸に米軍など多国籍軍への協力に転用するなどの方策を取るべきだ」(幕僚長OB)と、法案成立は防衛協力のベースが整ったにすぎないとの見方も出ている。
 一方、自民、自由両党を中心に「本来は周辺事態より先に日本有事に対する法整備を行うべきだ」という意見は根強い。野党サイドにも「むしろ、法体制を整えることが自衛隊の活動を抑止する」との考え方があり、防衛指針法案成立後は有事法制の議論が一気に高まりそうな雰囲気だ。
【末次省三】
 
 
 
 
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