日本財団 図書館


1996/05/03 毎日新聞朝刊
再燃する憲法9条論争 自衛隊の「舞台」拡大が狙い−−防衛庁
◇装備は充実「あとは運用」−−法整備が争点に
 戦後政治の対立軸だった自衛隊の違憲・合憲論争は、1994年6月、村山富市社会党(当時)委員長を首相とする連立政権が誕生し、同党の自衛隊合憲、日米安保堅持への政策転換で事実上終結した。今年4月の日米安保共同宣言によって集団的自衛権行使問題が新たな論争の火種になりつつある中、自衛隊はその実力を「国際平和を誠実に希求」する憲法9条の理念実現に結び付けるため、政治の責任が一層問われる時代に入った。
 政府は、9条が国家の自衛権までは否定していないとして、「必要最小限度の実力の保持」は認められるから自衛隊は「9条2項で禁じている戦力に当たらない」との見解だ。しかし「必要最小限度」は「その時々の国際情勢、軍事技術の水準など諸条件で変わり得る相対的なもの」として、明確には示していない。
 旧ソ連の極東戦力が増強の一途をたどった70年代、政府は際限なく膨らむ防衛費に歯止めをかけようと、脅威に対処するそれまでの「所要防衛力構想」から、「力の空白を作らない」程度の「基盤的防衛力構想」に転換。76年に策定した旧防衛計画の大綱の基本理念に据え、昨年決定した新大綱にも引き継がれている。
 だが、今年度予算の4兆8000億円以上の防衛費は、先進国の中で英仏をしのぎ上位にランクされている。今年量産体制に入る支援戦闘機F2をはじめ、ミサイル攻撃に対応するイージス艦、空中警戒管制機(AWACS)の導入など装備面の「相対的な実力」は年々強化されている。
 一方、湾岸危機・戦争を契機に成立した国連平和維持活動(PKO)協力法による海外派遣、阪神大震災や地下鉄サリン事件など大規模災害、テロ行為に対する出動など、新防衛大綱は自衛隊の新たな役割を打ち出した。防衛庁は「日陰者扱いだった自衛隊に対する国民の理解と期待が高まっている」との思いを強め、従来のハード(装備)に加え、ソフト(運用)充実の時代ととらえる。
◇背景に自社対立解消
 ソフトの充実には、日米首脳会談で約束された極東有事を含む防衛協力の在り方の再検討、有事や危機管理に自衛隊を円滑に運用するための法整備が対象となり、今後、政治レベルの争点になりそうだ。
 国論二分の時代の果てには、自民、社会両党による55年体制下の対立と妥協の産物だった政府見解が累々と残り、9条解釈をめぐる国民意識の変化とともに、「かつて来た道」への回帰を危ぐするムードは薄れつつある。
 しかし、アジア諸国は大国・日本の一挙一動に依然として神経質だ。アジア太平洋地域を視野に入れた新安保体制が模索される中で、自衛隊がどのような存在であるべきか、国民的論議が求められる。
(本谷夏樹)
◇日本国憲法第9条◇
 (1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
◇「極東」の範囲◇
 大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている。この区域に対して武力攻撃が行われ、あるいは、この区域の安全が周辺地域に起こった事情のために脅威されるような場合、米国がこれに対処するためにとることのある行動の範囲は、その攻撃または脅威の性質いかんにかかるのであって、必ずしも前記の区域に局限されるわけではない。(1960年2月26日の衆院安保特委で政府統一見解)
◇日米安保条約◇
 第5条(抜粋) 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 第6条(抜粋) 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
◇冷戦以後の国際情勢と安保政策◇
89年 11月 ベルリンの壁崩壊
90年 8月 イラク軍がクウェートに侵攻
10月 東西ドイツ統一
91年 1月 多国籍軍がイラクなどに空爆開始
政府90億ドル追加支援決定(総額130億ドル)
4月 ペルシャ湾に自衛隊掃海艇派遣
12月 ソ連崩壊
92年 3月 ボスニア・ヘルツェゴビナ独立、内戦ぼっ発
6月 国連平和維持活動(PKO)協力法成立
9月 自衛隊カンボジアPKO派遣
93年 1月 米露首脳会談。第2次戦略兵器削減条約(START2)署名
5月 自衛隊モザンビークPKO派遣
9月 イスラエルとPLOが暫定自治原則宣言に署名
10月 エリツィン露大統領来日
94年 6月 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が国際原子力機関(IAEA)
脱退を通知
村山連立政権発足
7月 社会党が日米安保条約容認
第1回東南アジア諸国連合地域フォーラム
8月 首相の諮問機関「防衛問題懇談会」が報告書提出
9月 自衛隊ルワンダ難民救援隊派遣
10月 北朝鮮のエネルギー支援に関する米朝合意
95年 2月 米「東アジア戦略報告」発表
3月 朝鮮半島エネルギー開発機構発足
11月 沖縄米軍基地縮小に向けた日米特別行動委員会(SACO)発足
新「防衛計画の大綱」決定
12月 新「中期防衛力整備計画」決定
96年 2月 自衛隊ゴランPKO派遣
4月 日米物品役務相互提供協定締結
普天間飛行場返還などSACOの中間報告
日米首脳会談で日米安保共同宣言を発表
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION