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1990/09/05 毎日新聞朝刊
[試される国際国家・中東危機と日本]/6 平和のツケ
◇にぶい国会対応 早期召集にも及び腰
 イラクのクウェート侵攻から一カ月。この間、国会審議はほとんど行われなかった。政府の貢献策決定を受けて、ようやく臨時国会の早期召集に向けて与野党間の水面下の動きが始まったが、時期のメドは立っていない。これは異常なことである。
 「日本(の国会、行政機能)は、憲法解釈を中心にできている。過去の政府見解や国会答弁に手足をしばられて、にっちもさっちもいかなくなっている。これまではマアマアですんできたが、これは一種の平和ボケだ」
 後藤田元官房長官は、政府の貢献策決定の前日に開かれた自民党総務会でこう慨嘆した。後藤田氏は中曽根内閣の“番頭”として、ソ連による大韓航空機撃墜事件、イラン・イラク戦争への対応、さらに深刻化する日米経済摩擦などの「危機」処理にあたった。その経験から、従来の行政機構の限界を克服するために、さまざまな内閣機能強化策を打ち出した。それでも、日本がかつて経験したことのない今回の中東危機に直面して、「一体どうしたらいいのか」という焦燥感とイラ立ちが、その発言ににじんでいた。
 臨時国会をただちに召集することに政府・自民党サイドには「貢献策を具体化するための法案の準備が間に合わない」との声がある一方、野党側にも「いかに初めての経験といっても、従来の質問や政府答弁から踏み出すことはきわめて難しい。ヘタをすると政府・自民党の土俵に乗せられる恐れがある。十分な準備が必要だ」(社会党幹部)とちゅうちょする。早期召集の表向きのかけ声とは裏腹に、腰が引けているというのが実情だ。
 これまで日本の安全保障政策の焦点は、日米安保条約と自衛隊を憲法の中でどう位置づけるかという論議であった。それも仮定の論議が多く、抽象論になりがちだった。今回のように自衛隊の海外派遣の是非が、具体的に突きつけられることはなかった。
 貢献策決定後の自民党総務会でも、この点をめぐって応酬が展開された。“ハト派”を代表する河野洋平党外交調査会長は慎重論だ。
 「わが国が国際的役割を果たさなければならないのは当然だ。しかし、経済支援に限るべきで、自衛隊はそう簡単に出すべきではない。かつて戦争で被害を受けた国々の不安の声を忘れてはならない。一部に『自衛隊にカネをかけてきて、こういう時に出さないとはなんだ』という意見もあるが、カネをかけて使わないことが、国民にとっては幸せなんだ」
 これに対して“タカ派”の議員集団で知られる「国家基本問題同志会」の亀井静香座長はこう反論する。
 「これまでの『戦後』と、今の状況は違う。派遣の前提とされる国連平和維持軍(への参加)となっても、武力紛争を想定している。仮に戦闘になったら逃げ出すことはできない。政府はこれまで憲法の解釈で何とかやりくりしてきたが、もう限界だ。これ以上(憲法の拡大解釈を)やったら、憲法自体の権威が失われる。国民に率直に(改憲を)提示して、審判をあおいだらどうか」
 改憲論については、自民党内でも「一時の興奮で勇ましい発言をすべきではない」(河本派首脳)との声が支配的で、「参院の与野党逆転が九〇年代も続く以上は不可能」(党首脳)との判断もある。
 それでもなお「いかに国際的に理解を得られる『応分の負担』をするかは、将来にわたって、日本の国益に大きく影響する」(小沢幹事長)ことは確実だ。小沢氏は海部首相に対して、「国連の平和維持軍への自衛隊派遣は現憲法下でも可能。何もしないというのも一つの結論だが、そうなれば国際社会で孤立する」と力説した。
 冷戦構造の崩壊の中で、日本の「平和憲法」が見直され、自衛隊の存在意義が問い直されていた。それが中東危機を契機に、自衛隊の海外派遣、改憲論にまで火がつく振幅の大きさ。しかも、国家の危機管理、安全保障、憲法解釈が何の整理もされないまま、現実だけが先行することへの危機感の希薄さ。
 「日本は欧米と違い、水と安全はタダで手に入ると思い込んできた」(社会党幹部)ことは否定できず、今回の「政治」の混乱は、そのツケが回ってきたことの反映でもある。その責任は重い。
(政治部・小田原吉伸)=おわり
 
 
 
 
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