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1990/06/16 毎日新聞朝刊
[安保30年目の変質]/5 供給渋る米国
 
 「日本に兵器製造を通じて供与した先端技術が、民生用に転用されて米国の産業界を苦しめている。例えばF15戦闘機の機体製造技術が、ボーイング767旅客機の胴体など日本側開発部分に使われたように・・・」
 五月十二日から二週間、訪日して官庁、民間企業を調査して回った米議会技術評価局(OTA)のウィリアム・W・ケラー上級アナリストらは、米国からの対日軍事技術供与の弊害を説いた。
 調査対象になったのは防衛庁、外務、通産両省、それに経団連、三菱重工業、東芝、日本電気、三菱商事など有力兵器関連企業。今春「日本は技術応用の達人」としたリポートをまとめ話題をまいたOTAだが、今回のような大掛かりな調査を行ったのは初めてだ。
 日本が経済ばかりでなく、軍事技術でも米国を追い抜きつつあることに、いま米国は強い警戒感を抱きつつある。これに対し、経団連は「(米国の技術供与を受けて)ライセンス生産しているのは戦闘機など特殊用途のものばかり。汎(はん)用の民生品に活用できるはずはない」と反論する。
 だが、OTAの突然の調査は、九一年度からスタートする次期防の主力兵器開発で、米国がライセンス生産を大幅に制限する可能性をうかがわせるに十分だった。
 六月五日。東京・大手町で行われた経団連防衛生産委員会のパーティーの席で、日産自動車の渋谷裕弘常務はグラス片手にやや緊張した表情でこう語った。
 「OTAの動きが気になります。MLRSに響かなければよいが」
 MLRSとは、同社が米LTV社からのライセンスを受けて生産する予定の多連装ロケットシステム。次期防の目玉の一つである。日産としても五千億円を超えるといわれるこのMLRSの主契約者となることにより、兵器市場に本格的に名乗りを上げようとしているのだ。パーティーではかたわらで新委員長に就任した飯田庸太郎三菱重工業会長が「デタントの下でも防衛関連業界の発展拡大を」と気勢をあげたが、渋谷常務の心中は複雑だったようだ。
 兵器のライセンス生産は、日米安保の枠組みの中でこれまで揺らぐことなく行われてきた。短SAM(地対空短距離ミサイル)などで欧州メーカーが何度アプローチをかけても、この兵器の日米枢軸は変わらなかった。F86F戦闘機から始まり、最近の地対空ミサイル「パトリオット」に至るまで、日本は米国のシステムエンジニアリング技術などの供与を受けて兵器生産に取り組んできた。
 米国関係者の間では「このまま進むと日本は兵器市場での米国の最大のライバルになる可能性がある」と警戒視する声が高まっている。こんな例があるからだ。
 八七年七月。米カリフォルニア州ポイントマグで行われた三菱重工業の国産地対艦ミサイルSSM―1の試射では、八発のミサイルがすべて標的に命中。米側関係者の顔色が変わった。米国製でさえ百発百中とはいかないのに、日本製は簡単に的中したからだ。
 米国の対日警戒感は、先の次期支援戦闘機(FSX)開発ではっきり現れた。日米間の激しいやりとりの末、米国は日本からCCV(姿勢を変えずにカニのように機体を上下左右に移動できる電子制御技術)など高度技術を吸い上げる一方、日本に対して技術の開示、転用を拒む取り決めとなった。
 日米間では“表舞台”の民生用分野で、半導体などの経済摩擦が火を噴いている。しかし“裏舞台”である防衛分野でも激しい技術戦争が展開されている。軍事技術と民生用技術は、境界線が低くなる一方であり、二つの舞台が一体化する日は遠くない。
 米国が軍事技術摩擦から、対日ライセンス供与を拒否する事態も考えられなくはない。これに備え、民間サイドも動き出している。
 今年三月、三菱グループは西独ベンツグループと広範な提携関係に入ると発表した。ベンツグループの中には西独一の兵器メーカーであるメッサーシュミット・デルコウ・ブローム(MBB)がいる。東西冷戦構造の最前線にあって養ってきた技術力は多目的戦闘機トルネードなどに結実している。
 「もし米国がライセンス供与をストップした場合、欧州との共同開発も考えられなくはない」と三菱重工業は、この提携が日独協力に転化する可能性を秘めたものであることを示唆する。
 両グループの提携ではいまのところ防衛分野は除外されている。また日本には武器輸出三原則がある。日欧提携が直ちに実現する環境にはない。しかし日米安保体制の変質は、日本の防衛産業の、新たな展開を引き出しそうだ。
(経済部・木下 豊)
 
 
 
 
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