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1990/06/18 毎日新聞朝刊
[安保30年目の変質]/6 迫られる自衛隊の定員削減
 
 海上自衛隊のディーゼル潜水艦一隻で、米海軍の戦艦「ミズーリ」(五八、〇〇〇トン)や最新鋭イージス艦など主要艦艇三隻を次々に“撃沈”させてしまった――。いま海上自衛隊幹部の間でこんな話が半ば誇らしげに語られている。
 この春、中部太平洋で日、米、カナダ、豪州それに新たに韓国を加えて行われた環太平洋合同演習(リムパック90)の戦いぶりを、集中コンピューターで解析した結果が五月下旬に出てわかったらしい。
 むろん“撃沈”といっても、高性能レーダーで「敵艦」を識別、コンピューター操作でミサイルや魚雷を発射する模擬電子戦だ。しかし、隊員の練度の高さに加えて、ハイテク技術を駆使した海上自衛隊の艦艇や対潜哨戒機P3C部隊の活躍は、米側の舌をまかせるものであったという。
 自衛隊は、前身の警察予備隊時代を含めことしで創隊四十年。日米安保体制による核の抑止力に依存する一方で、陸・海・空とも近代装備導入を競いあってきた。来年度から始まる次期防衛力整備計画(次期防)では、通信、指揮網の整備など後方支援体制の充実に努める方針だが、自衛隊制服組の間には要撃戦闘機のコントロールも可能な空中警戒管制機(AWACS)や、戦闘機の航続距離を飛躍的に延ばす空中給油機、さらには電離層を利用して現在の十倍近い三千キロまで電波が届く超水平線(OTH)レーダーなどを要求する声が強い。
 緊張緩和が大幅に進み、軍拡から軍縮の時代に転換しているというのに「専守防衛」の自衛隊にこのような装備がなぜ必要なのか――。国会では当然ながら、防衛費凍結・削減論が高まっている。
 しかし、防衛庁の認識は、とくに極東は欧州と異なり(1)二大陣営の対立の図式がない(2)朝鮮半島、カンボジアなどの不安定要因(3)中国の存在――といった要素があり、デタントが直ちに波及することはない、というものだ。
 他方、防衛庁も防衛力整備を必要とする論拠を、これまで前面に掲げてきた極東ソ連軍の「潜在的脅威」論から、限定的かつ小規模な侵略に対処し得る「基盤的防衛力構想」論に、ウエートを移しはじめた。さらに野党の追及をかわす決め手として、防衛庁内局はひそかに、長い間の懸案である陸上自衛隊の「定員削減」案の検討に入った。
 陸上自衛隊の定員は現在十三個師団十八万人。別に四万七千人の予備自衛官の枠がある。だが、定員不足は慢性的で陸上自衛隊の実人員は現在十五万五千人。好景気に若年層の人口減などで、今後もその充足率が上がる可能性は少ない。どうせ足りないのなら、自主的に「定員削減」を打ち出した方が世論受けもよい、との思惑がある。
 だが「装備の近代化に対応した部隊編成を」と定員削減を求める内局に対し、陸上自衛隊幕僚監部は「緊張緩和に対するポーズに使われては迷惑」「合理化というのなら、削減分を補完する新たな政策を示してほしい」と強く反発、決着はつかなかった。
 五月二十五日、陸幕の松島防衛部長が、内々陸幕で検討してきた「定員問題に関する試案」を西広次官に説明、了承を求めた。
 その陸幕試案は要約すると、(1)有事を想定した現在の十八万人の定員枠は維持するものの、平時は十六万人体制とする(2)部隊編成も均一の充足率を保つ有事体制から、部隊によって充足率を必要に応じて変動させる平時体制にする(3)即応予備制度を新たに設け、その特別予備自衛官は二万人とする――という趣旨。一見、「削減」案に譲歩しているように見えるが、実質的には予備自衛官を充実強化する内容だ。
 西広次官は説明に耳を傾けたが、評価はしなかった。同席した大森計画官がその意を体して「もっといろいろ詰めてみなければならないポイントがある」と述べて打ち切った。しかし、「即応予備自衛官の創設など、このご時世に参院野党多数の国会で認められるはずがない」というのが内局の判断。以来、陸上自衛隊定員削減案はとん挫したままだ。
 「いまは平和な時代だが、われわれは時流に流されず、無理をしてでも、乱世を考えなければならない。治にいて乱を忘れずだ」――。
 志摩陸上幕僚長はさきに兵庫県伊丹市の中部方面総監部を視察、隊員を前にそう訓示した。
 一方の西広次官は「このような時期だからこそ、次期防でも防衛庁の『見識』を示さなければならない」と幹部たちに力説する。
 内外の関心が高まる中で、海部首相ほか関係閣僚による安全保障会議が十九日から開かれ、次期防策定に向けての審議はスタートする。まず国際情勢、続いて軍事情勢の分析から行われるが、デタント下で、二十三兆円を上回るとされる日本の新たな防衛力整備計画には、国会や国民世論だけでなく、アジア近隣諸国などからも、より厳しい目が向けられるだろう。
(政治部・石原 進)=つづく
 
 
 
 
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