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湖沼環境の基盤情報整備事業報告書?豊かな自然環境を次世代に引き継ぐために?

 事業名 湖沼環境の基盤情報整備
 団体名 日本水産資源保護協会 注目度注目度5


(6)放流の歴史
 中禅寺湖では、1906(明治39)年に支笏湖(北海道)から始めてヒメマスの卵40万粒を移入、放流して以来、その増養殖が行われてきた。
 
(1)放流の動機
 ヒメマスを中禅寺湖に放流した動機は、1)ヒメマスが深い淡水湖に適する習性を有し、中禅寺湖の形状が支笏湖と十和田湖に酷似していること、2)味は美味で、その色彩形状なども日本人の嗜好に適すること、3)群遊性を有し、他のます類に比して漁獲しやすいこと、などのようであった(田中、1967;奥本ら、1989)。
 
(2)放流の歴史
 中禅寺湖は、宮内省の所管であったことから、同省と農商務省が中心となり、日光養魚場(現在の養殖研究所日光支所)、地元漁民及び学識経験者らの協力と努力によって養殖事業が行われ、今日の基盤が築き上げられた。その後、時代の変化とともに、この湖が公有水面になって、1963(昭和38)年に、現在の中禅寺湖漁業協同組合が設立され、中禅寺湖の漁業、特に湖の特性を活かしたヒメマスを中心とする、さけ・ます類の増養殖とその漁場管理とを行うようになっている(奥本ら、1989)。
 ふ化放流については、最初、ふ化後直ちに湖水に放流したらしく、他の魚による食害がかなり大きかったが、生産量は良好だったようである。しかし、地元民は保護を考えなかったため、乱獲により生産量が減少したと伝えられている。
 その後、中禅寺湖で繁殖したウグイが、ヒメマスの稚魚を捕食することに気づいたため、ヒメマスの稚魚を3〜4ヶ月間池中飼育を続け、ウグイの襲撃を避けることができる体力をつけ、また湖中に餌となるプランクトンが増加する時期を待って地点を定めて放流された。放流地点については種々議論されたが、結局は地獄川河口から放流するのがよいとされた(田中、1967)。
 
(3)中禅寺湖の放流数
 ヒメマスが始めて移殖されてから今日まで約80年となるが、その間の移殖経過を見ると、各地から搬入されている。その内訳は、支笏湖(北海道)からは220万尾以上、その中の約84万尾(38%)が1906年と1908年に、十和田湖(青森県・秋田県)からは800万尾以上、その中の約630万尾(79%)が1908〜1919までの11年間に、1917年を除いて毎年放流が行われた。他には、沼沢沼(福島県)から約274万尾が1930〜1933年(約183万尾)と1947年〜1950年(91万尾)に、丸沼(群馬県)から約62万尾が1916年に、また、1929年〜1930年には湯ノ湖(奥日光)から約3万尾がそれぞれ移殖、放流されている。
 さらに、原形であるベニザケが1934〜1937年(約166万尾)と1941年(約183万尾)にウルモベツ(千島列島)から、また、1956年にはフレーザー河(カナダ)から約10万尾それぞれ移入されている。
 このように、各地からの移殖によって今日の成功をみたと言えるが、自家生産、即ち中禅寺湖産は、最初に移殖してから3年後の1909年に行われた。しかし、安定した自家生産がえられるようになったのは1963年からで、移殖後、実に50年余年を経てからということになる。
 
(4)ベニザケの移殖放流
 ヒメマスの原形であるベニザケが、ウルモベツ(千島列島のエトロフ島)から、1934〜1937(昭和9〜12)年に約166万尾、1941(昭和16)年に約183万尾)、また1956(昭和31)年にはフレーザー川(カナダ)から約10万尾がそれぞれ移入されている(奥本ら、1989)。
 ベニザケの移殖放流の歴史については、田中(1967)が詳細に報告しているので、以下に示す。
 
 『原種といわれるベニマスの種卵を昭和9年度より千島列島のエトロフ島ウルモベツより谷茂平氏に依頼、年々20〜100万粒を移入放流したところ、成績すこぶる良好で成魚の漁獲は時期によって処分に困惑し、冷凍機などのない時だけに燻製として処理したほどであった。このベニマス卵を移入しなかった当時は、秋の産卵期においてもわずか14万粒内外の産卵数であったが、放流3年目の秋からは、一躍100万粒を突破するにいたった。このベニマス卵を永久に継続の予定で予算を計上したが、大東亜戦争が始まるとともに移入は困難となり、湖の生産も食糧不足とともに乱獲もはなはだしく、とみに減退した。一旦減産すると、復元は容易でなく、千島列島がソ連下に置かれた今日、移入は難しく、日ソ漁業交渉で来日されたイシコフ漁業相、チフビンスキー氏、モイセフ氏など各代表団が日光を訪れた際、苦衷を訴えて依頼したが、遂に目的は達せられなかった。後日来日されたカナダの副大統領ハウ氏が釣に来場されたのを好機に、早速フレザー河産のベニマス卵を依頼したところ、快く承諾、昭和31年10万粒を飛行機で送ってくれたのである。至極優良卵で、到着時わずか100粒の死卵があったのみで孵化浮上もよく、約4ヶ月の池中飼育の上、地獄川から放流した。3年後に於いて生産量も復元され、支笏湖からの移殖と相まって、100万粒の採卵を得るようになった。
 ベニマスの固定化については、何代位で定着されるかは、科学的資料を持たないので明言はできないが、中禅寺湖に於いては体型、肉質、肉色、鱗、アルビノの消滅等から見た場合、3代を以って固定化されると思われる。』







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