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3−2 海洋モニタリングネットワークシステムの検討
 ここでは、わが国のEEZおよび大陸棚における「海洋を知る」ための観測基盤として、海洋モニタリングネットワークシステムを整備することを前提に、その概略イメージを検討する。
 
3−2−1 システムの概要
(1)取り扱うデータ
 EEZおよび大陸棚の管理を目的としたネットワークにおいて、モニタリングの対象となるデータは、以下のように整理できる。
(1)海洋に関するデータ
○大気データ(気象・大気組成・大気降下物質等)
○海面データ(海象・海面高度・水温・水色等)
○海水データ(水質・流れ等)
○生物データ(プランクトン、浮魚、底魚、海産哺乳類等)
○海底・海底下データ(地形・底質・地質・地震・地殻変動・熱水・深海底生物等)
(2)人間の社会活動に関するデータ
○船舶情報
○流出油、廃棄物、漂流物等
 
(2)対象海域
 わが国のEEZの管理を考えた場合、447万平方キロメートルにおよぶ広大な面積と複雑な海底地形を有するEEZおよび大陸棚すべてをカバーするシステムを構築することは非常に困難であると言わざるを得ない。
 したがって、ここで検討する海洋モニタリングシステムは、EEZおよび大陸棚の中で管理上重要な場所から重点的に整備を行い、順次全域に展開していくことが現実的と思われる。以下に、モニタリングの対象海域を示す。
1)対象範囲
 わが国の領海、EEZ、大陸棚および周辺海域をモニタリングの対象とする。
2)重点海域
 以下に、重点的にモニタリングすることが想定される海域の例を示す。
(1)地震・津波等の災害対策上重要なプレート境界域
(2)生物資源の管理上重要な海域(主要な漁場、湧昇域、外国人漁船の操業海域など)
(3)海底資源の開発が行なわれている、あるいは想定される海域
(4)外国海洋調査船の出没海域
(5)その他特定のイベントが想定される海域(海底火山活動、熱水鉱床など)
 
(3)必要な機能
1)リアルタイムでデータの送受信が可能な大容量かつ高速な情報通信基盤
(1)大容量通信
 広大な水域をカバーする観測網では、取得されるデータ量も膨大になり、大容量のデータ伝送が可能なシステムが必要となる。
(2)即時性
 時々刻々と変化する海洋現象を把握するためには、データの即時性が重要であり、リアルタイムでデータが取得できることが望ましい。
(3)双方向性
 環境の変化に応じた観測パラメータの調整や機器の操作ができれば、より高度な観測が可能となる。
 
2)大気から海底下までのデータを取得可能なモニタリングシステム
(1)海洋に関するデータ
 海洋に関するデータについては、1)の情報通信基盤を通して海洋管理に必要なデータを収集・利用・管理することになる。広大かつ変化に富むわが国のEEZおよび大陸棚の海洋データを単一の観測システムで収集することは不可能であり、以下に示す観測システム(観測プラットフォーム)を組み合わせて効率的に運用することが求められる。
 人工衛星、航空機、陸上施設、船舶、ブイシステム、AUV、海底ステーション等
 
(2)人間の社会活動に関するデータ
 人間の社会活動に関するデータについては、主にEEZ内を航行する船舶の監視が中心となり、現在改正SOLAS条約により整備が進むAIS等をべースとした監視システムの運用が求められる。
 そのほか、海面の油汚染や漂流物、海中・海底の廃棄物等に関するデータも対象となるが、これらのデータは、(1)のシステムを利用することにより取得可能である。
 
3)拠点の整備
 わが国のEEZのうち、沿岸国とEEZを接する北方四島や南西諸島などの島嶼地域や、遠隔離島である小笠原諸島や南鳥島、沖ノ鳥島、大東諸島等が有するEEZは、本土から離れているため、実効的な管理を行なうための拠点が必要である。
 また、これらの海域・海底環境に関する知見を獲得するためには、従来の船舶による観測・研究だけではなく、本格的な観測施設・実験室・研究施設等を離島に整備することや、必要に応じて洋上基地を設置することなども検討する必要がある。
 
4)データの収集・管理システム
 2)の観測システムにより収集された膨大なデータについて、収集、品質管理、保管、配信等の管理をだれがどのようにして行うのか、また、その財源をどのように確保するのかなど、検討すべき課題は数多く存在するが、昨年度報告書の第2章においてこれらの課題については言及しているため、詳細検討は別の機会にゆずる。
 
3−2−2 システムの概略検討
(1)構成要素
1)情報通信基盤
 海洋モニタリングシステムにおいて、海中では電波が利用できないため通信手段は限られる。基本的には、従来から海洋における船舶通信やテレメトリー調査などに利用されているインマルサット、N-STAR、ARGOS、GPS衛星などの人工衛星と、地震観測等に利用されている海底ケーブルが情報通信基盤として位置づけられる。
 また、船舶の航行管理システムは、GPS衛星と陸上局の組み合わせで運用される。以下にそれぞれの特徴を示す。
(1)人工衛星
 人工衛星システムについては、現在最も普及しているインマルサットやARGOSは、EEZおよびその周辺海域全域をカバーすることが可能であるが、情報量に制限があること、通信料が高いなどの問題を抱えている。
(2)海底ケーブル
 海底ケーブルシステムは、大容量の通信に対応できる能力を持ち、ブイシステムやAUVのデータを中継するインターフェイスとしての機能を有するが、物理的に200海里水域全域をカバーすることが困難であること、ケーブルの敷設に関する経済的・環境的障害が存在するなどの問題を抱えている。
(3)陸上局
 今後、AISを活用した次世代型航行支援システムの構築に向け、海上交通センター、灯台等の整備が進められるが、広大なEEZおよび大陸棚の管理に対応するための陸上局の増設・機能強化などが必要となる。
 
 これらの内容を踏まえ、ここでは海洋リアルタイムモニタリングの情報通信基盤として、大容量通信が可能な海底ケーブルシステムを中心に据え、これに人工衛星やAIS等を運用する陸上局を組み合わせたシステムを提案する。
 
2)モニタリングシステム
 海洋調査に利用される各種モニタリングシステムは、データを取得するセンサー(光学式、音響式、電気伝導度式など)、あるいは海水や生物のサンプルを取得するサンプラー(ロゼット採水器やプランクトンネットなど)、これらを搭載するプラットフォーム(船舶やブイ、曳航体など)から構成される。センサーやサンプラーについては、海洋観測の目的に応じて最適なものを選択することとなるためここでは詳細には触れず、主に観測システムの運用を担うプラットフォームについて整理する。
(1)船舶
 わが国の関係機関が保有する海洋調査船・測量船・練習船等を総動員するとともに、ボランタリー観測船(VOS)として漁船・商船等も活用し、これらを効率的に運用する。また、現在建造が進む地球深部探査船「ちきゅう」をはじめとして、わが国の海洋管理に必要なデータを収集する新たな調査船を適宜新造し、調査能力の拡充を図る。さらに、現在は水温の速報値のみがJODCに提供されている防衛庁についても、国防上の機密保持に触れない範囲で国が定める海洋調査計画に参加させる。
 
(2)ブイシステム
 現在開発が進む荒天時でも観測可能な自動昇降型ブイや、赤道域に展開されているトライトンブイのような大型ブイ、ARGO計画で利用される中層フロート、気象庁等で利用される漂流ブイなどを、海域の特性に合わせて採用する。
 また、平成5年度から平成9年度にかけて科学技術振興調整費により開発が進められた「革新的ブイシステム」の成果をもとに、特定の海域に自ら移動して一定期間観測を行う自己移動型・定点保持型のブイシステムなどの採用も検討する。
 なお、自動昇降ブイや大型ブイ等の係留系については、海底ケーブルの近傍ではこれに接続してデータの収集や電力の供給を行うことが可能である。
 
(3)海底ステーション
 海底・海底下における諸現象の観測を行うために、各種観測機器を搭載した海底ステーションを設置する。現在、海洋科学技術センターを中心に検討されている海底ケーブルネットワーク計画「ARENA」や、アメリカで実施・計画されている「H2O」、「NEPTUNE」等のプロジェクトでは、ROVを利用して観測機器の追加やケーブルの接続等ができる高度な海底ステーションが開発されており、このような高度な機能を有する海底ステーションを採用する。
 また、統合国際深海掘削計画(IODP:Integrated Ocean Drilling Program)等で掘削された掘削孔を利用する孔内計測システムも、海底ステーションとして位置づけ運用することが考えられる。
 
(4)AUV
 現状では、広大な200海里水域をカバーするには海洋調査に携わる科学者・技術者等の人材が不足していることから、無人観測が可能なAUVのような自律型の観測プラットフォームを実用化し、有人船による観測が困難な海域(例えば、荒天海域や海底火山など)を中心に活動させることが考えられる。
 
(5)人工衛星
 広大な200海里水域の海面情報を把握できる点で、人工衛星によるリモートセンシングは海洋観測に不可欠である。現在、わが国の海洋観測に利用されている衛星には、国産衛星の「みどりII(ADEOS-II)」「もも1号(MOS-1b)」、アメリカやフランスが運用する「NOAAシリーズ」「SeaStar」「Jason-1」などがある。
 ただし、現在の観測衛星は複数の高価な観測機器を搭載するために1基あたりのコストが非常に高く(数百億円)、トラブルが発生した場合の代替機の手配等でも問題が生ずるため、単機能あるいは機能を絞り込んだ安価な衛星を複数機運用することで、コストの低減やトラブル時のリスク回避等を図るなどの工夫が必要である。
 
(6)航空機
 海洋観測プラットフォームとしての航空機の利用は、総務省通信総合研究所において研究開発が進められる航空機搭載3次元合成開口レーダ(Pi-SAR)と、海上保安庁で研究開発が進められている航空機搭載レーザー測深システムがある。特に前者は、上記の人工衛星ほどの広範囲をカバーすることはできないが、油流出事故などが発生した際には、特定エリアを重点的に観測できるという機動力を有するメリットを持つ。
 
(7)洋上基地・離島
 広大なEEZおよび大陸棚の中でも特に重要と思われる海域や、本土から遠くはなれた遠隔離島の管理においては、何らかの問題が発生した場合の即応体制を整備するため、人間が滞在可能な大型洋上基地を必要に応じて整備する。この場合、新たに洋上プラットフォームや大型ブイを設置するだけではなく、離島そのものを洋上基地として位置づけ、離島上に管理事務所、各種観測施設や情報通信施設、航空基地等を整備することが考えられる。
 なお、海上保安庁の海洋短波レーダーや総務省の遠距離海洋レーダーは、陸上に設置されたレーダーで海面の流向流速を計測するリモートセンシング技術であり、陸地が広義でのプラットフォームになる。







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