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第3章 海洋管理ネットワークシステムの検討
3−1 海洋管理ネットワークシステムのコンセプト
 第1章および第2章の内容を踏まえれば、EEZおよび大陸棚の実効的な海洋管理を行うために、なによりもまず「海洋を知る」ことが不可欠であり、したがって、海洋情報の収集と管理が大きな課題となる。
 昨年度事業では、「海洋モニタリングネットワーク」を構築して海洋に係わる様々なデータを収集・管理することを、ソフト・ハードの両面で提言したが、その内容は以下のように整理できる。
〔ソフトウェアの整備〕
○人材の育成・整備
 海洋調査を担う人材が不可欠であり、「海洋の専門家」を育成するための制度および機関の整備・運用を進める。
○研究支援体制の整備
 「海洋の専門家」の指揮のもと、電気・電子工学、制御工学、機械工学、化学分析技術、生物分析技術等異分野の技術者による研究支援体制を構築する。
○機関の連携
 海洋調査を行う関係機関が連携することにより、広大なわが国のEEZを効率的に調査する。
〔ハードウェアの整備〕
○船舶・ロボット等による調査・観測
 大学の漁業練習船などが減船される施策と並行して新たな分野、すなわち、先端的な機能を有する調査船やAUV等を新たに投入するとともに、既存の調査船・測量船・練習船等を合理的、効果的に運用する一元的な運用メカニズムを構築する必要がある。
○係留系・漂流ブイによる観測
 海洋調査において海洋現象の時系列的変動を把握する定点長期連続観測は重要であり、拠点となる大型モニタリングステーションや、広範囲に展開可能な中層フロートを活用する必要がある。
○海底ケーブルによるモニタリング
 EEZ内の各プレート境界域およびテクトニクス的に活発な海域における海底下の現象を把握するために、海底のリアルタイムモニタリングネットワークを整備する必要がある。
○人工衛星による観測
 広大な200海里水域の海面状況を観測する手段として海洋調査のための専用衛星を保有・運用する必要がある。
○分析・解析基盤
 海洋調査において、「データ品質管理」をはじめとして、各機関が統一したレベル(マニュアル)で実施できるような分析・解析基盤を整備・運用する必要がある。
○情報収集・加工・提供基盤
 海洋調査によって得られたデータを、インターネットなどを介して一元的に管理し、ユーザーの求めに応じて高精度のデータを使い易い形で提供する機能を整備する必要がある。
 
 本節では、これらの内容を踏まえて、海洋管理ネットワークのコンセプトについて、本年度の委員会および小委員会における議論をもとに再整理した。その内容は以下のとおりである。
 
(1)組織・人材のネットワーク(ソフトウェア)
1)海洋調査の効率的な実施
 わが国で実施されている海洋調査は、一部のケースを除いて、各調査実施機関がそれぞれの業務・研究目的の遂行のみに限定して行われている。現在、JODCが情報管理業務として行っている国内海洋調査計画(NOP:National Oceanographic Program)では、これらの調査実施機関が行う海洋調査の情報(調査期間、調査海域、調査項目等)を収集してホームページ上で公開している。
 これを一歩進めて、国や独立行政法人、大学等主要な海洋調査実施機関の実施する海洋調査について、調査計画の立案段階から調整を行い、例えば海洋管理上重要な海域については、重点的に海洋調査を実施するよう調整を行う(重要観測点の設定)ことや、ボランタリー調査船(VOS)の依頼・調整等を一元化するなど、関係機関をネットワーク化した統合的な国内海洋調査計画(INOP:Integrated NOP)を立案すべきである。
 
2)海洋調査・研究の支援体制の構築
 わが国の200海里水域は、単に面積が広いというだけではなく、冬季に流氷で覆われる氷海域から亜熱帯のサンゴ礁海域まで、さらに立体的に捉えれば、浅海域から1万メートルの深海に至るまで、多種多様な環境が存在する。このような複雑系ともいえるわが国の200海里水域を知るためには、海洋物理・海洋化学・海洋生物・固体地球・生命工学等の海洋に係る研究分野の連携はもとより、電気・電子工学、制御工学、機械工学、化学分析技術、生物分析技術等、海とは直接かかわりを持たない異分野の支援が不可欠である。したがって、産業会や学会等を通じて異分野交流を進めるとともに、技術支援や人材支援等の研究支援体制を構築することが重要である。
 
3)データの収集・管理システム
 収集されたデータをEEZおよび大陸棚の管理に利用するためには、膨大なデータを迅速かつ正確に処理し、ユーザーに使いやすい形で提供することが重要であり、リアルタイムデータとディレーモードデータの双方を適切に管理することが必要である。
 前者については、時々刻々と変化する海洋空間の状況を把握するために不可欠なデータであり、人工衛星や海底ケーブルを利用したデータ伝送により、観測現場から瞬時にデータを収集することが可能となっている。後者については、過去から現在における状況の変化を捉えるために不可欠なデータであり、収集されたデータをいかに品質管理するかが重要となる。
 現在、わが国の海洋データは、主にリアルタイムデータを気象庁が、ディレードモードデータをJODCが収集・管理するが、特に後者については収集された様々なフォーマットのデータの品質管理を行い、利用しやすいデータに加工することが重要な業務になるが、現在のJODCの体制では人員の数や質の両面で十分とは言いがたい。
 このような海洋データの品質管理に携わる人間は、データの解釈ができる専門的な知識を有していることが望ましく、そのような意味では、JODCの組織を拡大するか、海洋情報研究センター(MIRC)のような民間の支援機関の機能・能力を強化し、人員の数と質の両面で充実した品質管理体制を構築することが必要である。そのためには、専門的な知識を有する研究者を配置するだけではなく、新たな担い手を育てることも重要である。
 
4)人材の育成
 海洋研究に携わる科学者・研究者の人口は定かではないが、現状で絶対的に不足していることは間違いなく、将来の科学者・研究者を育成することが重要である。著名な科学者の多くは、幼少の頃の自然体験がそのきっかけであったというケースが多く、初等・中等教育において、海と触れ合う機会を提供する体験学習も含めた海洋に関する教育を、義務教育のカリキュラムに盛り込むことの重要性を認識する必要がある。
 また、海洋調査を行うためには、科学者・研究者だけではなく、海洋調査船を運行する船員、海洋調査に関する機器装置類の扱いに長けたオペレータ、それら機器装置類の開発を行う技術者などの協働体制が不可欠であり、これら人材の育成にも目を向けるべきである。
 
(2)海洋管理のための基盤整備(ハードウェア)
1)洋上における管理拠点
 わが国のEEZおよび大陸棚のうち、日本海や東シナ海は沿岸国との中間線確定問題があり、特に生物資源管理などについては二国間あるいは多国間の連携が必要であるが、太平洋側については、硫黄列島(南硫黄島)の有する200海里水域が一部アメリカとの中問線を有する以外、わが国が主体的に海洋管理を行うべき海域である。これらの海域は本土から遠く離れ、例えば本土に基地を持つ船舶や航空機では迅速な対応が困難という問題がある。
 第2章でも触れたが、アメリカでは太平洋におけるEEZ管理の拠点として、海洋漁業局の太平洋諸島支局を新たにハワイに設置し、即応体制を整える施策を打ち出している。わが国においても、南鳥島や沖ノ鳥島、小笠原諸島、硫黄列島などの遠隔離島周辺のEEZおよび大陸棚の管理を担う組織の整備を行うとともに、これらの海域において何らかの対応が必要になった場合に即応可能な管理拠点を整備することが必要である。
 メガフロート技術を応用した移動式の洋上プラットフォームのような洋上基地を設置することは技術的に可能であるが、直ちに着手できるという緊急性の観点から、まずは離島そのものを管理拠点として活用することが現実的であろう。
 
2)高速・大容量の通信インフラ
 広大なわが国のEEZおよび大陸棚を管理するために必要なデータを収集することは、膨大なデータが生み出されることを意味し、これに対応した高速かつ大容量のデータ通信に耐えうる情報通信基盤が必要である。海におけるこのような情報通信インフラとして期待されるのは、従来から利用されている人工衛星、および近年注目を集める海底ケーブルである。
 人工衛星については、すでにインマルサット、N-STAR等の情報通信衛星が海洋分野でも利用されており、海上における広域通信の基盤として期待できるが、データの伝送量に制限があることや通信料金が高いなどの問題を抱えている。
 一方、海底ケーブルは、国際通信ケーブルとして使用されてきた海底ケーブルを地震観測等に活用したVENUS計画などを契機に、海底ケーブルを利用した観測ネットワークの検討が内外で進められている。高速かつ大容量、双方向の通信が可能というメリットを持つが、人工衛星に比ベカバーできる空間に制限がある等の問題を抱えている。
 したがって、それぞれの長所を活かしながら海洋情報収集のための最適な情報通信システムを構築することが必要である。
 
3)船舶による調査能力の強化
 現在、わが国には70隻近い調査船があるといわれ、その数だけを見れば世界第3位で海洋調査大国といえるが、それらの船舶のうち千トン未満の船舶が多く、広大な200海里水域すべてをカバーすることは不可能である。現在は、船舶の保有機関がそれぞれの業務目的の遂行のみに限定した運用を行っているのが現状である。
 また、東京水産大学と東京商船大学に代表される国公立大学の統合や独立法人化にともない、大学が保有する研究船・実習船・漁業練習船等の減船が検討されるなど、わが国の海洋調査能力の低下が懸念される。
 人工衛星によるリモートセンシングや観測ブイによる自動計測等による海洋観測が普及しても、船舶による海洋調査の重要性が減ずることはなく、むしろ機動性を有する船舶による海洋調査の重要性はますます高まると考えられる。
 したがって、わが国の関係機関が保有する船舶を総動員して海洋調査にあたるとともに、先端的な計測・分析装置を搭載した調査船や氷海域や荒天海域でも運航可能な調査船などを新造することや、防衛庁保有の調査船を海洋調査に投入することなどが必要である。
 
表3−1 主要国の海洋調査船保有席数
順位 国名 保有隻数 EEZ面積(千km2)
1 アメリカ 105 7620
2 ロシア 86 4200*
3 日本 68 4470
4 イギリス 19 94
5 中国 18 964
6 ウクライナ 13
ドイツ 13
8 カナダ 12 4700
韓国 12 449
10 フランス 9 34
ノルウェー 9
注:保有隻数は検索結果によるもので、実数を表すものではない。
EEZ面積は既知のもののみ記載している
*Ship & Ocean Newsletter No.41付録による
出典:Research Ship Schedules & Information (http://www.cms.udel.edu/ships/index.htm)
 
4)統合的な観測システムの開発・整備
 現在の海洋観測は、人工衛星や航空機等によるリモートセンシングにより広範囲を平面的に捉えたデータと、船舶やブイシステム等による現場観測により限定された範囲を立体的に詳細に捉えたデータを組み合わせることで成立している。
 特に、現場観測システムとしては、前述の船舶に加え、ブイシステムやAUV、海底ケーブルシステム等を組み合わせ、それぞれの特徴を活かして広大なEEZおよび大陸棚の現状を把握するシステムを構築することが必要である。
 ブイシステムについては、現在利用されている係留系、中層フロート、漂流ブイはもとより、自己移動型、定点保持型などの先端的なブイシステムを開発し、順次調査に投入することが必要である。
 AUVについては、東京大学生産技術研究所や海洋科学技術センターなどを中心に開発が進んでいるが、長時間活動が可能な安定した電源の開発や自律航行のためのソフトの開発等を推進し、早急に実用化を目指す必要がある。
 海底ケーブルシステムは、現在VENUS1計画の成果をもとにARENA1計画が推進されているが、プレート境界域に位置するわが国の地震観測・予知システムとして重要なインフラになるとともに、係留系の接続やAUVのデータ回収・電源供給ステーション、さらにはハイドロフォンアレイによるクジラの追跡や深海底微生物の培養システムのインフラとして利用するなど、総合的な海洋管理のためのインフラとして期待できることから、国としても重点的に取り組むべきものである。
 なお、ハイドロフォンアレイは、海上の船舶航行を監視するためのインフラとして活用可能である。アメリカでは、冷戦時代にSOSUS(Sound Surveillance Under the Sea)と呼ばれる海底ケーブルを利用した潜水艦探知網を整備したが、冷戦体制崩壊以降は、このシステムの一部を民間に開放し、音響トモグラフィによる海洋観測やクジラの追跡観測などが行なわれている。
 わが国でも防衛庁が同種のシステムを整備しているといわれるが、国防上の機密保持に触れない範囲でこれらのシステムを開放することに加え、商用(通信用)の海底ケーブルを国家的な安全対策のインフラとして開放することも一案である。
 ただし、アメリカの水中音響を利用したこの種の海洋観測では、クジラヘの影響を回避するため事実上凍結されているものもあることから、今後、海洋物理、海洋生物、水中音響、海産哺乳類等の専門家による十分な議論を行うことが必要である。
 
1 VENUS計画およびARENA計画については後述
 
 
5)データ空白域を埋める観測システム
 現状では、わが国の広大なEEZおよび大陸棚すべてにおいて網羅的に海洋データを収集することは困難であるため、当面は管理上重要な海域に重点をおくことが考えられるが、一方で、海洋管理に資する海洋の基礎的なデータについては、できる限り広範囲で取得しておくことが望ましい。
 現在、冬季の北西太平洋や日本海、オホーツク海などは、海象条件が厳しいために調査船等による観測はもとより、人工衛星によるデータ収集も完全には対応できない状況にある。
 したがって、このようなデータの空白域において常時観測が可能な自動昇降型のブイシステムやAUV等の観測システムを実用化し、かつ必要数をそろえる必要がある。また、音響トモグラフィなどの水中リモートセンシング技術を実用化することも有効であり、上記の海底ケーブルの整備とあわせて取り組む必要がある。







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