2−3 海洋管理のため課題
2−3−1 主要分野別の課題
(1)生物資源
EEZおよび大陸棚における生物資源の管理は、最も重要な分野別課題の一つである。しかも、食料安全保障としての観点からもその重要性はきわめて高い。わが国は幸いにして内水面や内湾・内海という生産性豊かな海域に恵まれているが、同時に、黒潮と親潮が交錯する世界三大漁場の一つである三陸沖海域がEEZ内に存在する。
また、周辺国との間で境界線が最終的に合意してはいないものの、日本海と東シナ海における共同資源管理のための暫定水域や中間水域がある。こうした水産資源としての生物資源管理は、海洋管理としてさらに次のような課題を抱えている。
その第一は、漁獲可能量(TAC)・漁獲努力量(TAE)制度の高度化である。TACは対象魚種が既に8魚種になっているが、対象魚種の拡充とその資源量の評価のための科学的データの充実、漁獲データの信頼性向上による管理の推進が必要である。
第二は、そのTAC・TAE制度の高度化を支えるための信頼性の高い水産資源調査技術の確立、漁海況予報の精度向上など科学技術の開発が管理の実効性のうえで不可欠である。
第三に、EEZ内における外国漁船操業への義務の履行誘導、強制、協調などが必要であり、その裏返しとして、わが国の漁船団による太平洋や日本海、東シナ海における沿岸国のEEZ内漁業操業の相互管理が関係してくる。
他方、生物資源管理として生物多様性や生態系の保護・保全といった観点は、環境行政として主に環境省を中心に取り組まれているが、現在は沿岸域を対象とした議論・施策が中心であり、EEZおよび大陸棚における生物多様性や生態系の保護・保全については、十分な対応がなされていない状況にある。
また、水産行政との連携については十分な体制が構築されているとはいい難い状況にあり、特定種の増養殖による種の多様性への影響や沿岸域における過密養殖・過給餌養殖による水底質の汚濁・汚染など、漁業による環境への影響については、今後生物資源管理における最重要課題となり得る。
なお、水産資源に関係する生物資源管理の上で見逃すことができないのは、漁業権制度の見直しである。沿岸域や領海はもちろん、それを超えるEEZ内における資源探査活動においてさえ、漁業者との合意形成は問題となっている。これについては、やはり、当事者・関係者を交えた透明性のある議論、第三者機関による裁定方式、などの導入がもっと議論されて良いが、ここではその重要性を指摘するにとどめる。
(2)非生物資源
1)海底資源
第1章で整理した海洋管理施策の現状調査で、経済産業省からの回答には含まれていなかったが、海底資源として最初に掲げられるのが海底石油・天然ガス資源である。わが国の周辺海域では、残念ながら領海内においては新潟県沖の油・ガス田が、領海外の海域では福島県沖のガス田の開発生産がなされているだけで、現在判明している資源の賦存量は少ない。しかし、70年代から東シナ海における尖閣列島周辺海域においては資源の賦存可能性が国際機関により指摘されているため、探査・試掘活動が未着手とはいえ、無視できない状況にある。
さらに、東シナ海における日中の想定等距離線近隣海域での中国側による探査・試掘活動が活発化し、一部は中国本土への輸送パイプラインが敷設されている状況にあることを認識しなければならない。
また、北方のサハリン沖油・ガス田開発において原油・天然ガスの輸送が海底パイプライン方式になるとすれば、日ロ両国の管轄下の海域をまたいで敷設されることになるので、海洋管理の上で注視する必要がある。現実には、タンカーによる輸送方式になる可能性が高いが、その場合は、輸送途上における不慮の事故とそれによる大規模流出油事故の危険性は完全には否定できないので、前述のように、両国にまたがる汚染対策という国際協調による海洋管理が欠かせない。
一方、石油・天然ガス以外の資源としては、かつてはマンガン団塊とコバルトリッチクラストが注目されていたが、今日では、EEZ内の海山斜面でのコバルトリッチクラストの賦存可能性が指摘されている。また、最近注目を集めているメタンハイドレートについては、前述のように昨年度報告書でも詳しく取り上げたが、本州・四国の太平洋側EEZ内での賦存可能性が非常に高い。
こうした海底資源管理については、国内の鉱業関係法令・制度の領海外適用という管理政策の内外に対する明確化を基礎とした海洋管理が推進されねばならない。その意味でも、国連海洋法条約の批准に伴い制定した「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」を見直し、大陸棚の海底および海底下における資源管理を柱とした法制整備と管理政策の推進が求められている。
2)海水資源
海水資源は、地球上に存在する水の約97%が海水であり、水の世紀といわれる21世紀においては、その管理問題は避けて通ることはできない。もちろん、現状では、渇水対策として取り組まれている海水淡水化事業や、水深約300メートルから700メートル程度から汲み上げている、いわゆる海洋深層水の資源的利用があるのみだが、将来、海水溶存物質であるリチウムやウランの抽出が経済的に成り立つようになれば、その利用に関する管理も要請される。
また、海水淡水化と組み合わせて、製造された淡水から水素を製造する構想も検討が始められており、海水そのものを資源として利用する事業が今後立ち上がるようになれば、これらに対する管理政策も必要となる。
(3)海上交通・船舶輸送
海洋管理のうえで、領海やEEZなどの社会的な境界とは無関係に行われるのが国際的な海上交通と船舶輸送などの人間活動である。その意味で、人類が海洋を利用し始めてから今日至るまで、海運に係る海洋管理は最重要課題であったし、今後もそうあり続けることは言うまでもない。
現在、IMOを中心とした国際的な海難防止、海洋汚染防止の枠組みの中で、新造タンカーはダブルハル1化が義務付けられており、今後は現存するシングルハルタンカーのダブルハル化の促進が進められることとなっているが、経済的理由からダブルハル化が遅れている外国船籍のタンカー等のいわゆるサブスタンダード船対策も海洋管理上の課題である。さらに事故によって座礁し放置された船の早期撤去問題なども、船籍、便宜置籍船問題、船員教育問題なども絡んで管理上の課題と言わざるを得ない。
もちろん、このような取り組みは海洋汚染防止の観点から重要であることは言うまでもないが、実際には経済合理性が成立しなければ推進されにくい性質の問題であることも事実である。今後、海上交通や船舶輸送は、港湾、税関、荷役労働も含めた全体システムとして合理的な管理体制を構築する必要がある。
1 座礁などで船体にある程度の損傷を受けても原油や重油などの積荷が流出しないようにタンカーの船体を二重構造にすること。1992年のMARPOL条約の改正によって、5,000DWT(載貨重量トン)以上の新造タンカーはダブルハル化が義務付けられている。
(4)海洋環境の保護・保全
海洋管理の最重要分野の一つが「環境」にあることは多言を要しない。「(1)生物資源管理」は、海洋環境の保護・保全と密接に関係する分野であるが、ここでは特に「海洋汚染防止」という観点で論を進める。
国連海洋法条約では、海洋環境の保護・保全が沿岸国の義務として規定されているが、これを達成するためにはEEZおよび大陸棚の環境の現状を正しく理解することが不可欠であり、海洋資源の経年変動や海洋環境のバックグラウンド観測を充実させることが必要である。
また、前述の資源開発や船舶輸送における事故発生にともなう海洋汚染の予防、防除、影響予測、その他の活動はきわめて重要である。政府は平成7年に「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画」を閣議決定し、その後平成9年のナホトカ号油流出事故の教訓を踏まえて全面的な改訂が行われ、関係省庁が連携して大規模油流出事故への即応体制を整備した。
しかしながら、油流出事故はわが国単独では解決できない数多くの課題を抱えていることから、NOWPAPのように、日本海や東シナ海、オホーツク海といった特定海域の沿岸国が協調して海洋汚染の防止に努めるネットワークを強化する必要がある。
さらに、近年では種の多様性や生態系の保護という観点から、バラスト水に含まれる海洋生物による環境影響問題も急速に浮上してきており、IMOにおいてバラスト水の排水に係る国際条約が採択される見通しである。この条約はわが国の主導により検討が進められているが、同条約発効後は、排出海域の設定やバラスト水排水の適正な履行監視など、海洋管理の運用面における数多くの課題が残されている。
(5)国民への説明と人材の育成
海洋管理の課題として重視すべきものの一つが、海洋問題に関する政策、事業、国民経済および国民生活にかかわる意義等の啓発を含む海洋教育の推進である。それは、次代を担う海洋研究者の育成、海洋科学の振興、環境教育の浸透、海洋技術の継承体制の確立など、いずれの視点から言っても急務といってよい。
現状のままではわが国の海洋技術は衰退の一途をたどるとの懸念が各方面で議論されており、小中学校、高校、大学などの教育機関における海洋教育の充実は、海洋管理とりわけ国民人一人もその担い手であることの認識共有化のうえで、その果たす役割は極めて重要である。国民の海洋管理に関するCo-Manager意識の向上、Stewardshipの定着化の上での必要性は改めて強調する必要はないであろう。
他方、水族館や博物館、民間企業、研究機関、NPOなどの非教育機関による海洋教育の重要性が今日ほど高まっている時代は他にない。教育機関も含めてキャンパス外へ教育活動を拡大していく活動を、海外ではOutreachと呼んでいるが、今やEducation & Outreachという用語が各種プロジェクトのキーワードとなる時代になっており、その重要性と意義は対等な関係にまでなってきている。わが国の海洋管理の重要性を納税者である国民に説明することは政府の義務でもあり、また、そのような活動を通じて人材を育成することは、わが国の海洋政策における最重要課題であるといえよう。
(6)その他
このほか、海洋性レクリエーションや海域利用間の競合と調整など、海洋管理上の課題は枚挙にいとまがないが、これらの課題に関する議論は別の機会にゆずることとしたい。
2−3−2 互換性データの整備とバックアップ・ロジスティックスの重要性
海洋管理を実効性あるものにするためには、目的用途別に整備される海洋に関する情報、データが相互互換性を有し、共通の利用基盤の上に整備されることが肝要である。いってみれば神経系統が共通的に働かなければ、全てのシステムが有効に稼動しない。
したがって、そのための関係省庁の連携が必須であって、各省庁が単独で実施する海洋調査・観測活動の調整や最適化システムの構築などが重要課題である。また、海洋調査・観測の技術の継承、伝承も共通的なかたちで取り組まれなければならない。
ここでとりわけ重要なのは、海洋管理に支障をきたさないようにするためのバックアップシステムおよびロジスティックスである。システムがダウンした場合、管轄が異なるがゆえにまったく支援、補給、修正、補完ができないままにおかれるようなことになってしまっては、海洋管理は円滑に実施されない。
海洋管理政策の実施にあたってはその実効性を担保する必要があるが、社会経済的ツールのほかに、ハードウェアとしてのインフラ整備も重要である。「海洋をよく知る」ためのツールだけでもいくつかが想定できるが、例示するとすれば、次のようなものがあげられる。
―3次元リアルタイムモニタリングネットワークの構築(海洋観測ネットワークシステムの高度化・応用)
―(国、地方自治体、研究機関等の保有する)海洋調査船の増強と効率的運用
―海洋観測衛星(リモートセンシング)の充実(宇宙利用との連携)
―観測データの互換利用可能性の充実(データの共有化・標準化、データ加工・流通の充実)(既述のとおり)
これらのほかに、海中GPS/海洋版GISの整備、海底土質・地層調査システムの整備、水中音響を利用する大規模海中モニタリングシステム(音響トモグラフィー等)などが掲げられる。「海洋を賢く利用する」「海洋を適切に守る」という視点からはさらにいくつものツール、ハードウェア、インフラの整備が必要となってくるであろう。これらについては、今後、順次論議が尽くされて整備されていくことを期待したい。
最後に、海洋管理のためのインフラ整備で欠かせないのが人員の確保、そして所要予算の確保である。これは、海洋管理の重要性を国家的政策の最重要課題の一つとしての位置付けがなされなくては実現困難である。重ねて、海洋管理の重要性を訴えておきたい。
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